再会②
準備をして所定の場所に着けば、ただいまより握手会を開始します、というスタッフの声が聞こえる。ざわめきが耳に届いていた。ふぅ、と息を吐き、気持ちを切替える。
ただの大学生から、アイドルへ。
開場すればすぐに女の子が入ってきた。持っているグッズを見て、あぁ、僕のファンじゃないな、と判断する。多分他のメンバーの列は並んでいるから、さきに空いているこちらに来たのだろう。
賢いなと思う。星哉だって、そうする。
ニコッと笑って手を握った。こういうのには慣れている。だから、求められる姿を返すだけだ。
どうせじきに暇になるだろうと思う。並んでいるところに時間がかかって、その分空いているところが待たされるのは当然だ。
だからこそ、自分のファンではなくても落胆はしない。来てくれるだけでもありがたいことだと思う。もちろんはじめは落胆もしたけれど、落ち込んでいたって結果は変わるわけではない。仕方がないことだ。
だって人気がないんだから。
並んでくれる女の子達に、笑いながら来てくれてありがとう、と伝える。女の子たちはそれに返すように短い時間で一生懸命応援しています、と伝えてくれる。それだけで十分。
本当は、女の子が苦手だ。
男子校育ちだから、というのは間違いなくあるだろう。六年間ろくに女の子と接してこなかったし、大学に入っても最低限しか話していない。部活にも入っていないから複数人数で活動する時以外は関わらないし、そもそも大学だって男子が圧倒的に多い。だから、相変わらず、どんな顔で話せばいいのかわからない。
加えて、星哉には奏という幼なじみがいる。
この幼なじみが、中高の間唯一と言っていい関わりのある女の子だったのだが、彼女がまた星哉の母親に似たような、きつい性格をしているのだ。しかも星哉のことをライバル視でもしているのか、妙に張り合ってくるところがあって、どうにもそれが苦手だった。だが母親はどうにも奏のことを信頼しているらしく、わりと会う機会があったのがいけなかった。そのおかげで、更に苦手になってしまったのだ。
それでも、いくら星哉が女の子が苦手であっても、こうやってファンとして会いに来てくれるのは嬉しいものだ。それに、親しくないから安心ができる。深く触れあおうとしなければ、彼女たちは星哉に牙を剥いてこない。アイドルとファンという、絶対的な壁のある距離は、安心できた。
じゃあ、またね、と女の子に手を振る。紫のワンピースを着ているあの子は、きっと星哉よりもメンバーの達紀のファンなのだろうな、と思う。あの子も多分、空いてたから来ただけ。
今日もこんな感じで終わるんだろうな、と思いながら、星哉が次に入ってきた人の方へ目線を向けた時だった。
「え」
入ってきたのは、男性だった。男性の、不人気なアイドル、しかも有料の握手会に男性が来ることは珍しい。
そもそもアイドルの男性ファンというのは絶対数が少ないし、加えて星哉たちのグループのコンセプトは「王子様」だ。女性がターゲットであることなんて、火を見るより明らかだ。
だが、それ以上に、星哉の目線を引き留めたのはその頬だった。
見覚えのある傷跡がある。髪は染められて暗めのブラウンになっているし、成人男性らしい精悍な顔つきになっているが、記憶の中の顔と照らし合わせてみれば面影があった。
思わず、口から音が零れる。
「陽太……?」
「え」
知らない、低くなった声が耳に届いた。
「本当に、星哉、なのか?」
こくりと星哉は頷いた。言葉になんてならなかった。
話がしたい。どうしてここに来たのか、星哉だとわかっていて、ここまで来てくれたのか。今何を好きで、何をしているのか。
だが、この場は、握手会だった。星哉にとっては仕事の場だ。いくら並んでいる人は少ないだろうとはいえ、ここを詰まらせてしまえば公平ではなくなってしまう。星哉だけの問題になるならまだしも、ほかのメンバーに迷惑をかけるかもしれない。
「あ、握手で、いいんだよね」
「そりゃあ、握手会だもんな」
何言ってるんだよ、とでも言いたげに陽太は笑った。その笑顔は昔と変わっていなくて安心する。
そっと手を握った。女の子とは違う、ゴツゴツした感触の手は熱かった。
「ファンです。応援してます」
その言葉を聞いた途端、全身がざわめき立つような感覚がした。思わず手に力が入る。
他の、ファンの子とは違う。同じ言葉のはずなのに、急に心臓がうるさくなった。笑顔が零れる。
「ありがとう……!」
あっという間に時間はやってきて、スタッフが二人を引き離した。いつもは少し長いくらいに感じるのに、制限時間の1分を、初めて星哉は恨めしく思った。
ファンだと言ってくれても、握手会には1回しか来てくれない、なんてことはありふれている。せっかく会えたのに、陽太とはこれきりかもしれない。思わず星哉は言った。
「今日の七時、ハチ公の前! 待ってるから……!」
陽太は瞬きをしたあとニット笑って、ぐっと親指を立てた。それを確認して、星哉は次のファンの方へ向いた。
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