再会①

 小さく息を吐いたあと、衣装を纏う。きらびやかな衣装に対して、楽屋の鏡には、暗い顔の星哉自身が映っていた。


 大学入学と同時に周りに合わせるように染め、そのまま同じ色で染め続けている地味な茶髪は、自分では似合っているんだか似合っていないんだかもう分からない。前髪はきちんとセットして、目が大きくて王子様キャラ向きだね、なんて褒められる顔は見えるようにしているが、こんな暗い表情では、かっこよくも見えないだろう。意識して笑顔を作ってみる。虚しくなってすぐにやめた。


 スカウトされてから、また二年。驚くほどトントン拍子にアイドルになってからは一年半。現実としては大学3年生で、医学部生としては前半の最後の年。


 星哉は一向に、アイドルとして人気が出ない。


 所属するグループ――ネクストプリンスなんて付けられているこの五人組アイドル自体も、伸び悩んでいる、らしい。もちろん体感として、来てくれるファンが増えたな、とか伸びていないなというのはアイドルにだってわかる。だがきっと、そんな勘だけでは無い。

 次世代の王子様がコンセプトに作られたグループなのだが、時代柄にあってないのかもしれないな、なんて先日プロデューサーが話しているのを聞いた。コンセプトを切り替えるか、という会話も。大変だなと思う。

 アイドルはある意味人形だ。大人の思惑通りに動くことを求められる人形。得意分野だな、と星哉は自嘲する。だから他の誰が文句を言っても、星哉は大人の手のひらの上でくるくると踊るだけだ。


 だが、グループ全体として時代にあっていない、と言われることを差し引いても特に星哉は人気がない。


 メンバーカラーの青も、小さなライブハウスの中ですらいつもあまり見つけられない。今日だって、あまり見かけなかった。単独でペンラを持っている人も少なければ、イベントで星哉個人を目当てに握手しに来てくれる人なんて尚更いない。


 頑張って、いるのに。


 少なくとも星哉自身はそう思っている。歌だって、踊りだって、他のメンバーと遜色なく練習しているつもりだ。もちろん星哉はたまたまスカウトされた存在で、今まで歌もダンスもろくにやったことはなかった。メンバーの中にはアイドルになりたくて、ずっとダンスレッスンやボイストレーニングをしてきた人もいるのだ。そんな人たちには当然、太刀打ちできるわけがない。

 だけど、必死にくらいついてやっている。

 それでも他のメンバーより劣っているのはもう、仕方がないことだろう。持って生まれたものが違うと言ってしまうのは短絡的かも知れないが、努力だけでは変えられないものがあるのも事実だ。特に年月なんて、超えようがない。


 アイドルというのは、様々に仕事がある。

 ステージ。それを成功させるためのレッスン。ステージにお客さんを集めるために、まずは興味を持ってもらわないといけないからそのためのSNS戦略。配信に動画撮影。

 時代は変わる。もはや、テレビ一強の時代ではない。一般人でもふとしたきっかけで大人気になることはできるし、反対に簡単に炎上する。逆にきっかけがなければ、飛ばないまま消え去っていくことだって多い。そうならないために、さまざまなところにきっかけを、ばらまかなければいけない。


 それは、星哉にもわかっている。


 だが、勉強も厳しい中で、レッスンも、ステージも、配信も、動画撮影も、全てを頑張ることは更に厳しい。医学部は必修科目が多い。むしろ必修科目しかない、と言ってもいいくらいだ。そして、学校にもよるが、ひとつでも単位を落とせば、留年する。


 やめてしまおうかなという考えがちらついて、ゆっくりと首を振った。ここ最近よくあることだ。だがそれでも辞めていないのは、どちらかというと意地に近い。


  母親に言われるがまま、ではなく、初めて自分でやりたいと始めたことなのだ。ここで辞めてしまえば、結局自分はだめなんだと思ってしまいそうで怖い。そうしたらきっともう、なにも自分ではやれなくなってしまいそうだ。


 だから、ぎりぎりのところでなんとか足を踏ん張っている。

 人気も、ないのに。


 いやな方向に結論が向いてしまって、これから握手会があるのに、そんなことを考えている場合ではないと星哉は首を振った。無理矢理思考を切り替える。


 どうしたって、長くともあと三年間の話だ。

 もとより星哉には、大学の間しか、アイドルをやるつもりがない。医者になればそれどころではなくなる、というのは学生の身でも重々承知している。もちろん、医学部という環境にいながら夢を追いかけ、医者になった後でも夢を叶えて生きている人がいるのは知っている。でもそんなのは、あくまで一握りの人間の話だ。


 そして、おそらく星哉はその一握りの人間にはなれない。


 笑顔を作って、握手会の準備をした。今日は一体、何人が来てくれるのだろうか。その中で更に、星哉の、このグループの中でも星哉が好きです、と言ってくれるファンは、いるのだろうか。


 考えても無駄だ、そんなこと。


 深く息を吐いた。お願いしまーす、というマネージャーの声に従い、星哉は楽屋を出た。


 

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