マンボウ
その後、マンボウは噓みたいに大人しく退散した。
嘘を鵜吞みにした事実がある手前、手ぶらで帰すのに引け目を感じたので、朝に漁師から貰った品物を右から左にそのまま横流ししてやった。
マンボウは私の手元のそれを覗き込むなり、
「クラゲじゃないですか!大好物なんですよ!」
そう言ってホクホク顔を作り、という形容をしたものの
確かにそういったものを好んで食すとは何処かで聞いた事のある話だ。その心の
ネトネトとした液に浸された座布団をどう洗濯しようか、胡坐をかきながらそれと向かい合い考えていた時、私はふとその粘つきからクラゲの事を連想した。
マンボウがそれをツルツルと食べている所を好き勝手に幻視して、
——待てよ?
「クラゲが大好物」。
何て事のない一文に、私は何処かで引っ掛かりを感じた。
そう、私にとってそれは既知の情報だった。
何処で知ったのか?
マンボウについての知識は、
しかしあれは徹頭徹尾が出まかせであって——
——我々の『最弱伝説』に纏わる逸話は常々誤謬ばかり
「常々」?
それは「普段」や「普通」の意であり、「必ず」を意味しない。
そう言えばあの箇条書きの中に一つ、マンボウが否定の言葉を発さなかった部分があった。
怒りのあまりに言葉を失ってしまったのかもしれないと考えていたのだが、あれは真実であったが敵への弱点の露呈となる為に明言を避けたのではないか?
その時私が問うた噂は何についてだったかと言えば、
——魚を呑み込むと骨が喉に詰まる
消化器官だ。
そうか、私は一人得心が行く。
クラゲのような柔らかい物ばかり食べているから、骨のような硬いものだと嚥下が上手くいかないのだ。
いや、だからといって、別にどうこうという話ではない。
単なる気付き、また一つ賢くなったというだけだ。
取り立てて問題になるようなことは何も——
そう言えば、
前にウミガメが個体数を減少させているというニュースを小耳に挟んだ事があった。
その原因とは、「誤飲」である。
波間に揺れるビニール袋を、同じく透き通るように
扉が叩かれた。
またしてもあの、僅かばかり柔らかくくぐもった
私が扉を開けると、そこに棒が、いやマンボウが浮いていた。
恐らくは電磁力によって傍に持ち上げられたビニール袋は、消化系の体液らしきものでしとどに濡れてくしゃくしゃに丸められており、中身は失われているようだった。
「訴えます」
私はその頭脳をハードディスクのように熱を帯びるほど回転せしめ知恵を一滴残らず絞り出した。
そこに恣意や作為はなく、不幸な事故である事を機智に富んだ物言いで伝えようと努めた。
私は優秀であるが故にそれを不可能な仕事と結論付けなかった。我が海馬に宿りし記憶の四畳半の中で真っ先に指に触れた新鮮な単語達でパズルを瞬時に組み上げて見せた。
「Oh,
「つまり?」
「つまり、マンボウです。
「滅ぼします」
それ以上の見るに堪えぬ不毛な仔細は省く。
あの袋の中身が何だったのか、今はもう誰も知らない。
(海面の日、水面の月 了)
海面の日、水面の月 @D-S-L
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