「部長」「美食家の彼女」と読んできた方へ——この作品は次元が違います。★503、1話完結・8498文字。
妻と娘を除雪中の事故で失い、山林の私有地をひとり守り続ける男・五島弘樹。無断でマツタケを採るファミリー、勝手にキャンプを張る若者たち——彼は誠実に対話を試み続けます。そして「これくらいいいだろう」という些細な悪意が積み重なるとき、喪失で空白になった心が静かに歪んでいく。
「血が飛び散るわけでも怪異が暴れるわけでもない」——それでも「間違いなくホラー短編の名作」と言い切るレビューが複数集まるのは、人間の心の変化の描写があまりにも説得力を持っているからです。復讐に刃物も毒も使わず、使うのは人間の欲望だけ——という一文が全てを言い表しています。
本作は、山中を進む男の心情を記した物語です。
主人公である五島弘樹は、亡き妻と娘の仏壇に手を合わせた後に山へ向かいます。
物語が進むにつれて示される、ラジオの音、除雪の足音、食卓の習慣。
もはや彼には失われた日常。
しかし、それが五島の心の寄す処だと示されます。
ここておいて読む者は知るのです。
彼のとって価値あるものはもはやこの世にないことを。
その日、五島は私有地の管理のために山に入ります。
そこには、不法に侵入した者たちがいます。
無法な山菜泥棒に対しても、酔った若者たちに対しても、彼はぎりぎりまで対話を行います。
彼は誠実で忍耐強い。
冷静に道理を説きます。
だからこそ、その善良さが踏みにじられる場面の痛みが読む者へ強烈に響くのです。
里山は、自然だけの産物ではありません。
人の手で守られ、手間をかけて維持される財産です。
そこに住む方々の記憶が染み込んだ生活の場所です。
まして五島にとっての山は、喪われた家族の記憶と結びつく大切な心の寄す処なのです。
その場所を外から山に来た人々は、蔑ろにします。
自分の欲のために踏みにじります。
自然は、みんなのもの、などと嘯くことすらするのです。
でも無法はそれだけでは終わりませんでした────
無法な者たちがさった後の山中。
立ち入り禁止の看板の前。
文字の消えた文字の空白を前に立つ五島。
この場面は圧倒的です。
その行間の強さは、類まれです。
家族の喪失で空洞になった五島の心に〝熱〟が戻ってしまった瞬間です。
その瞬間の恐ろしさと熱さは、読む者にも共感されてしまうのです。
最後に五島によって記された二文字。
平凡な二文字。
それは怖い。強い。そして熱い。
〝空白〟という題名の意味が、最後まで読む者に響くのです。
筆力に圧倒される傑作短編です。
間違いなく、ご一読の価値があります。
お勧めします。
山の描写もリアルで、川や山菜、私有地が荒らされる切なさ
弘樹さんの奥さんや娘さんを亡くした喪失感にも、やるせない想いが強く伝わってきました。
看板を立てても柵や網を作っても入ってくる侵入者は
アメリカの山男でもそうですが、広いほど私有地に、密猟者や不法侵入者が後を絶たないみたいですね。
それに田畑でも、不法投棄や盗難などの被害がニュースでよくあります。
優しくて人の良さそうな弘樹さんの、心の変化
赤い二文字にゾゾゾ⋯⋯
彼には小鳥や小川のせせらぎ、澄み切った空気を感じるトコロ
ある意味解放された、ココロ。
この先危険立ち入り禁止に続く【赤い二文字】に
不法侵入者はトラップとは思わないでしょう。
『空白』は、山に掲げられた何気ない「立ち入り禁止」の裏に隠された喪失と狂気の物語です 📚👻
山という閉ざされた空間と、「立ち入り禁止」という何気ない言葉が、物語の中ではじわじわと重みを増していき、読み手の想像力をじっと見つめ返してくるような構成になっています 🌫️🌲
印象的なのは、恐怖の“音量”が決して大きくならないところです。血が飛び散るわけでも、派手な怪異が暴れるわけでもないのに、人の心の中に生まれた“空白”が、何よりも恐ろしく感じられるように描かれている 🤔💔
失われたものの大きさ、その後に残る虚無感、それに耐えきれず少しずつ歪んでいく心――そうしたものが、説明しすぎない筆致で淡々と積み重ねられていくのがとても巧みでした 🖤🕯️
怖さと同じくらい、やるせなさと哀しさが残る一編でした 🏞️😨
なんとなく読み始めた本作ですが、気がつけば夢中になってページをめくっていました。
私有地に勝手に入り込んできた人間によって、愛する家族を理不尽に奪われた弘樹。
彼が抱える孤独と寂しさが胸に迫り、自然と感情移入してしまいます。
その悲しみがやがて狂気へと変わっていく過程にさえ、共感を覚えました。
これは、誰にでも起こり得る話なのではないか――家族を奪われ、ひとりぼっちになってしまった時、自分は今までどおりの自分でいられるのか?
そんな問いを投げかける物語です。
読み終えた後には、家族をより一層大切にしたいという思いが湧いてきます。
秋の夜長のお供に、ぜひ手に取ってみてはいかがでしょうか。
異世界ファンタジーとホラーの書き手、朱さんの代表作です。それに相応しい、とても良質のモダンホラーだと思います。
ストーリーは、私有地である山で妻子をひき殺されてしまった男が、四十九日を契機に山に戻ったところ、マナーの悪い若者らが川沿いを荒らしているところに遭遇し、注意したものの暴行を受けたことにより、感情が静かに暴走し始める、というものです。
そして復讐を誓った彼が、とった行動は?
朱さんが、京都府北部の山間で実際にお聞きになったお話が元になっているとのこと。その分、リアルな人間の狂気と言ったものが伝わってきます。また一つ一つのシーンの書き方がとても丁寧で上手です。確かな筆致で、マナーの悪い若者らがキャラ付けられ、また主人公が無意識に柵の上に跨って呆ける様子など、なんとも胸にジトーっと迫ってくる描写が見事です。
心霊など一つも出てこない、だけど静かに燃え始める人の狂気に、一度読み始めたら離れられなくなる、握力の強いお話だと思います。
まだお読みになられていない方は、是非どうぞ。