第三章
第13話 邂逅
それは当たり前の様に起こる。まるで、産まれた時からそうであったように。なんの前触れもなくごく自然に、生きる為呼吸をしたように。
うっすらと聞こえる嫌な音に重い瞼を開く。数回の瞬きの末、身体を起こしまだ薄暗い部屋で音の在り処を探していると部屋の外がやけにばたばたとうるさかった。
伸し掛るような気怠さの中布団から出てドアノブに手を伸ばした時だった、ドアは勢いよくこちらに開いた。
腕と頭の真ん中にじんわりと走る痛み、目が醒める感覚の中この部屋を開けた人物は目の前にいた。
「ごめん!痛かったよね!?」
竜胆さんは目をまん丸くして僕に話し掛けた。
「うぐ...だ、大丈夫です...」
「ほんとにごめん...ノックぐらいすればよかった、でもそう、ゆっくりしてられなくて!」
「な、なにかあったんですか?」
竜胆さんは大きく頷いた。
「前線が突破された!かなりまずいの」
「へ...?」
「戦車が数台、奇襲みたい。私達はあっちへ向かうんだけど、空木くんには地下に行って欲しくて。今から案内する」
「ち、地下ですか?その、僕はそちらに行かない方がいい...ですよね...?」
「空木くんが来たら.......。うーん、萩はなんていうだろう?確かに、きみを守ることは皆できるけど」
非常に真剣な剣幕で竜胆さんは話した。
僕にはまだ様々な全貌が分かっていない。例えば_爆撃の範囲とかそういったものが。相手の狙いや様々が分からない。知らないのだ。
「もし、キョウちゃん...に会えるなら、会いたいと思う?」
「ほ、本当のことは知りたいです...キョウさんなのか、見たらわかるかもしれないですし」
「そうしたら着替えてて!花月に聞いてくる!」
借りている部屋着から着替えながら時計を見る。AM4:52と示されていた。随分と早い朝は始まった。
5時半、僕らを乗せた車は町田市街に突入した。
酷い有様のその繁華街を、ミニバンの窓から見つめていた。
「報告よりも規模が広い...」
萩さんはまだ眠たげな表情をしながら言った。
「黎明隊14班までの攻撃が視認されているようですね」
「あいつらは地球を自分の物だと思いすぎだ、宇宙の神から報復をうけりゃいい」
萩さん含む柊さん、花月さんの空気感は独特なものであった。柊さんは怒っている様子であるがすごく落ち着いても見えたし、冗談を言う余裕があるようだ。花月さんはこういう状況は本当にただの想定内といった雰囲気であった。萩さんはこの惨状を目にしても特段変わった様子はなく、兎に角三人ともただ当たり前を過ごしているに過ぎない。そういったやり取りをしていた。
一方竜胆さんは深刻な面持ちであった。
瞳に宿る力強さは兵士のようであった。
「空木くん、恐い?」
突如竜胆さんは落ち着いた声色で言った。
「もち、ろん、その、こわいですけど...キョウさんとか...他の人も...僕本当のことが知りたいです」
「うん、大丈夫。きっと今にわかるよ、きっと」
優しく微笑んだ竜胆さん。それは彼女の祈りのように聞こえた。それが合図かのようにすぐ、車は停車した。
「黎明隊への接触は引き続き柊に任せる、竜胆も柊と行動するんだ。空木くんとね。花月は」
「黎明隊外部、そして父の捜査にあたらせてください」
「気持ちは分かるけれど、今回は俺も譲れないよ」
「譲るとかそういったことは問題ではありません。互いにしなければいけないことがあるだけでしょう」
花月さんの言葉に萩さんと柊さんの表情は曇る、どこか切ないような、柊さんは顔を顰めた後に口を開いた。
「今しなければいけないことは花月が一番わかっているはずだろ。一人で行動しないでくれ」
花月さんは無表情のままであった。
「空木君もいるんだ、花月が居てくれた方が心強い」
「私は...空木さんのことも含め、もう失いたくないだけです」
その言葉に先程までの萩さんと柊さんの表情は変わった。竜胆さんはただそれを黙って見つめていたが、僕に気を使ってくれたのか僕の腕を引くと、三人から隔てるような位置に立った。
「花月、俺らだって同じ思いだ。二度とあんな...だからわかるだろ、頼むよ。たしかにあんたは強い。でも死なないわけじゃないだろ。俺は、俺らは花月に危険な思いして欲しくないと思っている」
「まだ私達は悔しい感情しか味わっていないでしょう。少なくとも、少なくとも私はそうです!」
風が穏やかに流れ、花月さんの長いツインテールの毛先が揺らいでいる。萩さんの長い前髪が揺れ暗い表情を露わにする。
「花月、今日はお化粧する約束していたでしょ、でも警報が鳴った。予定は潰れちゃった」
沈黙を破るよう竜胆さんは声を上げた。
「次の予定、まだ決めれてないじゃん。あたし楽しみにしてるの」
その一言を聞いて皆が気まずい表情を浮かべた。竜胆さんだけが微笑んでいることは背中越しに分かった。
「らしくないよ、なんて家族歴が一番短いあたしが言うことじゃないけど。皆がこんな喧嘩するの誰も望んでないでしょ?」
三人は再び会話をし始めたところで竜胆さんは僕に耳打ちをした。
「私がここに来る前に、一人亡くなった子がいるの。皆と、仲が良かった女の子が」
「そ、そうなんですね...」
「うん、こうやってね、時々思い出しちゃうみたい」
僕と竜胆さんは三人を眺めていた。皆は先程より落ち着いているように見えた。特に花月さんだ。確かに以前も命令を聞かないと耳にしたことがあるような。しかし穏やかな花月さんをそうさせるのはなんなのだろう。その彼女の死なのだろうか。きっと皆背負っているものが大きすぎて、自分の大きさが分からなくなってしまうのだろう。
結局花月さんは萩さんと同行することになった様だった。僕はお荷物であるため、柊さんと竜胆さんが一緒に来てくれる。初めて出会った日を想起させた。
「そういえば、僕をその、迎えに来てくださった時も竜胆さんと柊さんでしたが、何で決めているんですか?」
「萩が決めるんだ。パワーバランスってやつだな」
「大体あたしたちが戦場に出ても、おかしなくらい戦えるのって柊と花月だからね〜!でも花月はフツーの人間だから撃たれたらやばい、だから大人数で行動しないの」
「花月さんもなんですね...萩さんが指揮をしてって、感じで...」
「そんな感じだ」
「竜胆さんも普通の人間ですよね?」
「そうだよ、たまたま射撃できるっていうのとー、運動神経もそんな悪くないから前線に出させてもらってるんだ」
相変わらず二人はまるで戦場にいる様子ではない。大きな欠伸をしたり伸びをしたり正直いってピリピリとしていないのだ。二人を見ていると慣れというものがいかに怖いのかというものを考えさせられた。しかし、竜胆さんはまだしも柊さんは弾丸を通さない身体をしているわけで、そういった意味ではそもそも恐怖を感じること自体がないのかもしれない。花月さんもなにか特別な体質なのだろうか?普通に暮らしているときはわからないことが他にも沢山あるのだろう。
「そういや空木は芙蓉って覚えてる...知ってるか?」
「ふよう?ですか?いや、全く...」
「まあそうだよな」
「柊がよく言ってるそのフヨウ〜って黎明隊のなんなの?空木くんとも知り合い?」
「うーん。昔話になるが、まだ俺があっちにいた頃シオンと一緒に幾つもルールを破ったんだ。その中に入っては行けない部屋ってのがあってな。そこにいたのが空木と芙蓉だ。」
「えっ僕、その方と一緒に生活を...?」
「俺らがそうだったから、そうなんだろう。最も空木は覚えちゃいないというより、覚えていたくても忘れちまったんだ」
「それが薬の副作用...ってことですか...」
「なんだか、本当に大人って自分勝手!じゃあそのフヨウも空木くんのこと覚えてないの?」
「副作用ってもんは人によって発現するかわからないだろう?少なくとも_あいつは覚えている。俺も芙蓉のことを詳しく知っているわけじゃねえがあいつ副作用なのか体質なのかわからんが、異常に色々なことを覚えているんだ。そして空木を探している」
「ええっじゃあ空木くんからすると覚えてない人に探されてる状態なの!?」
「ええ、大変こまります、名前も顔もなにも覚えてないのに!」
「ちなみにもっと困ることを言うと野郎だ」
野郎か!嬉しくない、なんとも嬉しくない言葉だ。しかし、空木良定。ここで美少女が僕のことを探している方が恐ろしいではないか。寧ろ野郎であることに感謝をするべきだ!まったくどんな人か検討もつかないがそもそも何故僕は探されているのであろう?知らないだけで僕はとてつもない可能性を秘めた子供なのだろうか?ラノベみたいな展開を現実で求めるべきではない。そもそもひとつ屋根の下で少年少女で暮らしている今の状況はそこら辺のなろうよりずっと面白いぞ...!
「実は、俺たちは空木を奪還するときにミスを犯した。本来なら空木は今センターに戻っているはずだった」
「え...?」
「あたし、間に合うと思ったんだけど...結局教室に着く前、キョウちゃんが飛び降りたでしょ?やっぱり...空木くんを意図的に逃がした」
「黎明第一小隊隊員、杏がキョウと同一人物と思われる。小隊長は芙蓉、副隊長はシオンだ。」
「た、隊長命令で僕を...?」
確かにあの時キョウさんは誰かと喋っていた。了解って言葉は脳内を反芻したから。誰かの名前も呼んでいた、それがフヨウという名だったかは思い出せずもどかしい。
「シオンは確かにやりかねない、組織に背くこと平気で行うだろう。だがあの時シオンは小隊と別行動をしていた。そのせいで時間を食うことになったからな、だから芙蓉の指示だ。確定的に」
「柊と黎明隊第一実力者の決闘でしょ〜!見たかったなあ」
「別に結局戦っちゃいない、明らかに俺の方がチビで不利だしな」
「で、でも本当に僕を回収するつもりがあったなら下校時でも...登校時でもいいわけですよね、他に意図があったんじゃ...」
「無いと思う、そもそも騙してた必要が無くなっちまうからな。争っている局面でないといけなかった。そうしたら俺たちを叛乱を働いた敵だと教えられるからな」
「本当はフヨウがキョウちゃん、もとい杏くんに回収させる予定で事は進んでたけど...実際フヨウは上を裏切った...」
「ピンポン大正解〜」
ふと顔を上げると知らない顔の少年が笑顔で立っていた。先程まで横並びに歩いていたはずの柊さんはいつの間にか僕の前におり、竜胆さんも睨むように彼を見つめていた。
「よぉ、随分殺気を殺して近付いてくるんだな。ヒヤッとしたぜ」
「別に殺してるわけじゃないんだぁ?ただ死んでるだけー。でも驚かせちゃったなら謝ろう、ごめんねぇ、君達がお探しの
飄々と喋る少年は芙蓉で間違いなかった。黎明隊の制服を初めて見たが、学ランに腕章で黎明と書いてあった。ニタニタと笑う彼は僕の心を不安にさせた。
「芙蓉お前はシオンがいないと怖くて歩けねえんじゃなかったか?そろそろねーちゃん離れした方がいいぞ」
「あっはは、俺がそう見えるー?だとしたら柊くんの目は腐ってるみたいだ!しーさんと仲がいいみたいだけど...しーさんがいつも本当のことを話している確証はどこにあるんだ?」
「俺がシオンから聞いたとして話しているものの中、何割が実際に彼女から聞いたものなんだろうな」
「あっは、めんどくさーい。モテないでしょ柊くんって。なにより小さいし。そもそも君に会いに来た訳じゃなくって...俺はそこの空木くんに用があるんだよね」
僕と目が合うなり芙蓉は手を振ってみせた。
完全に嫌な感じだ、空気も何もかも。
「残念だけど空木くんはキミに用事ないみたいだよ」
竜胆さんは煽るためか、たまたまなのか戦闘体制から伸びをして喋った。
「...俺も君に用事、ないんだよな」
その瞬間僕は何が起きたのか分からなかった。
砂の味がして身体を起こすと柊さんが僕を引っ張って転がったようだった。辺りを見回すと芙蓉は日本刀のようなものを振り払った。竜胆さんは普通に避けたのだろう。僕の横で立ったまま冷たい視線を彼に送っていた。
「レディに切りかかるなんて、自分の力わかってないの?おバカのすることだよ」
「俺は空木くん以外死んでもらっても構わないんだけどなァ!」
刹那、芙蓉が竜胆さんへ飛びかかる。僕は認識するだけで精一杯だった。ほんの一度瞬きをした瞬間重みのある水分を含んだ...人の身体が倒れ込む音がした。
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