第11話 産むが易し
柊さんと萩さんは僕が思っていたよりずっと早く帰ってきた。家を出た時の表情とは随分と違っており、学校帰りのようなそれであった。
柊さんの服は昨日のように血に染っていることもなかった。
萩さんは冷蔵庫から水を出すと急いで口にし、2階へと走っていった。リビングには今朝同様、竜胆さんと花月さんと柊さん、僕。になっていた。
「なにか進展、あった?」
竜胆さんは期待を込めて柊さんに訊いた。
「それなんだよ、空木と同じ学校だってやつがいたんだ」
「え!それって...」
竜胆さんの視線は僕を捉えた。
「キョウ、さん...ですか?」
「そうかもしれない。そいつの特徴を教えてくれないか?」
キョウさんはのんびりと喋る人だ。特徴的な喋り方や、クラスに響いている声は少し鼻にかかっていて僕がハマっていたRPGに出てくる少年に似ていた。彼女が喋る度になんとなくそのことを頭にうかべていたが、柊さんはそのゲームのことを知らないだろう。
「キョウさんは、優しくて...変わった方でした」
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──10:00 車内
「なあ、黎明隊...どうするつもりだ?正直保護なんて無理だと思う」
「シオンさんが言ってた?確かに俺じゃあ彼女には敵わないけど...協力してもらえると思うんだよな。なにせ彼女は賢い。」
「ああ。だけど...あいつはあいつで施設を守ろうとしてる。いくら子供は守ろうが大人を...父さん母さんの仇をるつもりである俺らはシオンからして脅威でもある」
「でも柊は現に連絡を取っているだろう?シオンさんがそう言ったの?」
「そういう、わけじゃない。なんというか、シオンは施設から出るつもりはないらしい」
「...監禁部屋で満足だって?」
「あいつの考えも萩とそう変わらない。今いる仲間と場所を捨てるつもりはこれっぽっちもないってことだ」
「譲れないものはあるだろうし、俺が直接話をしたいけれど...避けられているよね。多分」
「...俺みたいになるのが嫌なんだろう。価値観が変わることは恐ろしいことでもある」
「柊が人間社会に染まりすぎたことに違和感を覚えているわけか」
「言ったことがあるんだ。こっちにこないかって。お前だけじゃなくて皆、受け入れるつもりだと。だがあいつは言った『お前と違って守るものが多い』ってな」
「・・・・」
「あいつはな、萩には守るものが多いことを、この荒廃した神奈川の隅を実質的に指揮をしている事を少なからずシオンは知っているらしいんだよ。自分より優れた頭脳と話術を持つ者と対峙して自分の考えが変わることが恐ろしい...んだと思う。だからいつも萩の前に現れないようにするんだろ」
「はは、そりゃあありがたい話。けれど買い被りすぎさ。...でもまあ簡単なことじゃない。けれどもし次に会ったら彼女に伝えてほしい。一人残らず全員受け入れる覚悟だと」
「...まあ、わかった。伝えるだけ伝えるさ」
強い風が車体に当たる音に二人は窓を見つめる。
「今回、シオンさんがいるといいんだけどな」
萩は窓を半分ほど開けると柊に放った。
「芙蓉と...杏だったか。シオンを抜くと黎明隊主用人物は同班のソイツらで、何故かここ最近二人の活動は活発だ」
顔を顰めている柊は萩に視線を向ける。
「間違いなく、空木君と関係があるね」
視線が交差した時、二人は頷くと今回する調査の目的を変更する。ほぼ同刻、車はなんとか形を保っている武蔵小杉駅に到着した。
爆発現場はまだ砂ぼこりが舞っており、萩と柊を含む調査隊の視界を妨げていた。爆発物は駅に仕掛けられていたのではなく近くのビルに仕掛けられていたようだった。
「きっと視界がいい場所にいるだろう。萩は...コンタクトに砂が入らないのか?」
「勿論ゴーグルをつけてるよ。みんながみんな柊みたいな特殊体質だと思わないでくれ。ところで、この辺りに寄りたいところがあるんだ。賭けではあるけど...仲間ができたら心強いだろう?」
「ああ、俺はそういうの得意じゃないからな。さっきのヤツら探してみるよ」
それぞれの目的を達成する為互いに背を向けて歩き出した。柊は多くの場合、萩の“目的”を知らなかったし、知ろうとも思わなかった。自分の理解に及ぶ範疇では無いと思っているから。柊からして萩は、家族であり、救世主であり、兄弟であり、先生であった。苦楽は共にしたが話したくない事が人それぞれ存在することも、椿や、水仙、そのほかの人間関係で学んできたからである。そして自身にも、隠し事はあった。シオンとの密会場所やその方法は例え聞かれても答えるつもりはなかった。しかし、萩はそのようなことを聞いてくる人物ではないとも誰より知っていた。だから先程シオンとの会話を堂々と話したのだった。
砂埃を避けるため目を細めた眼中に揺れる一つの影が見えた。
「お、おまえが柊...か?」
「ああそうだ。お前は誰だ」
「お、おれは...いや。おまえに会いにきた」
オレンジ色の真っ直ぐな短い髪、かなり垂れ目で左右で二重の幅が違った。身体付きはしっかりしていて、保護施設にいる子供たちとは違いある程度脂肪が蓄えられている健康体系であった。幅の広い二重はいたく眠そうな顔つきに見せる。今にでも眠りそうなほど。
「ああ?俺に?」
「そーだ。しーさんからきーたことあるんだ、背が低くて髪の長い男が柊だって」
「ふうん、他になんか言ってたか?」
「べつに、友達だったって」
眠たそうな瞳は地面を捉えた。大方人が嘘をつくときの仕草であると柊は察した。
「あっそ、そんでなんの用だ。おまえは黎明隊。何班の所属だ?答えなけりゃ、そうだな」
「ちょ、そんなに急ぐひつよーないだろ。えーと...おれはあれだ。おまえの知り合いの知り合いだ」
「俺には知り合いが多い。何を濁す必要がある?」
柊は制服のポケットに手を突っ込む。入っているものはハンカチとティッシュだ。萩の両親がそう教えたから今日まで守っている。彼にとってはある種の命令のようなものだ。
ところが戦場での、センターでの柊を知っている者は大抵が死を覚悟する。柊...及び被検体番号1番は、殺戮兵器として一番の成功を納めていると知っているからだ。
「べ、別におれのこと殺したってオマエにいーことなんかないぞ!オレは黎明隊でもなーんにもできねーんだから」
案の定、目の前の黎明隊隊員は目を見開き先程の眠たそうな瞳などどこにも無く、怯えや、死を恐れる瞳孔。浅くなる呼吸を抑えるように喋った。柊は無意味に殺生する趣味は無い。ましてや相手は自分より歳下であろう子供だ、しかし自分のささいな仕草で脅かすことは便利であると心得ていた。左ポケットからハンカチを取り出すと、黎明対隊員は構えた。柊は布で目元を拭った。
「おまえたちのお陰で目が痛えんだ。ららテラスもこんなになっちまってよ」
爆発現場であり廃墟と化したららテラス武蔵小杉に目をやりながら大袈裟に目頭を抑える。
「これはしかたないっつーか、いちおー、おまえらを炙りださなきゃいけないってゆーか...。てゆーかこの建物ずっと前から廃墟だったぞ!」
「そんで本題はなんなんだ?」
「う、うつぎはその、ぶじなの?」
その発言に、柊は自分が駆け引きをしなければならない相手と対峙していることに気が付く。
「どーして黎明隊のおまえに教えなきゃならない。カンケーないだろ」
「もう、あのなー!あんまり暇じゃないんだよ!あとしゃべり方をまねするのはしつれーだぞ」
「俺も暇じゃないんだ、芙蓉と杏ってヤツらを探さないといけない」
「へ、へー。じゃー、おれがそのどっちかだって言ったら?」
「あー。
「な!なにが知りたいんだ!じゃー、そうだなー...わかった!おれがいっこ黎明隊のことをはなす。こーかんじょーけんだ」
「ふぅん、いいぜ。じゃあお前は黎明隊の誰で番号はいくつだ?」
「おれは......。
杏と名乗った子供は喋り方と身体的特徴的に男児であろう。子供用の黎明隊制服はボタンをかけ違えている。柊は聞きたいことが沢山あったが会話を進めることに専念した。
「へえ。おまえが杏か。わかった。空木は生きている」
「あー!よかったあ。おまえたちのこと信じて...よかったんだよな」
「杏、おまえは空木のことをいつから知ってる?」
「がっこーがいっしょだっただけでほとんどしらねーよ...あんま喋らないやつだ、あとすぐあやまるヘンなやつさ」
杏はコロコロと表情を変えながら喋った。あまり表情を変えない柊とは対照的に見えた。
「それで、それを聞くためだけに俺のところに来たのか?」
「まー...そうだよ。うん、それだけ」
先程とは違い杏は柊の目をしっかりと見て言い切った。その発言が嘘では無いことは明確に見て取れた。
「あのー...ここで会ったことはしーさんに内緒にしてほしーんだ」
「ほう?」
「しーさんはしんぱいしょーだから、おれがおまえに会ったって知ったら...めんどーだ」
「まあ同意見だ。言わないでおこう。その代わり二つ質問に答えてくれ」
「な、どんな...?」
「杏、なんでおまえは番号がないのか、空木の安否確認は上の命令か?」
しばし杏は考え込む様子をみせた。数十秒流れた沈黙の後に彼は口を開いた。
「おれにばんごーがないのは、おれが被検体じゃないから。おれはしーさんとふよーくんのおかげで、この組織にいるけど実験はされていない。だから、ばんごーはない。うつぎのことはおれがしりたかっただけ」
意外な答えを耳に柊は怪訝な顔をする他なかった。被検体ではない黎明隊員というものの理解が及ばなかった。その時遠くから杏を探す少年の声がした。咄嗟に二人は身をかがめると柊は言った。
「俺はシオンには何も言わない。だがもし...杏が、少しでもそこから“出たい”のであればいくらでも手を貸そう。覚えておいてくれ」
「な、おれがこっから...?...おまえがなにを考えているのかよくわかんないけど、ふよーくんがおれを探しているから、もーいく。その...ありがとう、うつぎをよろしく」
複雑そうな気持ちを押し殺したように杏は遠回りをして走っていった。まるで友人を頼むような言葉に柊は違和感を覚えていた。ともあれ彼の今回の目的は達成されたようなものであった。新たな疑問が生じただけだ。萩のことを待とう。そう思った。何れは全て解決する、解決せざるを得ないのだ。
様々なことを思索しながら長いこと使用されていない駅に足を向け歩き始めた。依然として舞い上がる砂埃。柊の目が痛まないのは特殊な原理など何も無く、ただ人より涙目な体質が埃を涙として流すからであった。やがて駅前に腰をおろし先程までいた廃墟を眺める。枯れたこの国のことを浮かべると自分はセンターから助かってよかったと心から思ったのであった。暫くして馴染みのある足音を合図に立ち上がると萩は首を横に振った。柊はそれに軽く頷き、家に戻る準備をした。
「見当たらなかったか」
「いや、上手くいかなかった」
萩は気怠げに肩を落とした。
「一応コレ、置いてきた。もしかしたら連絡あるかもしれない...絶望的だけど」
「何をしでかしたんだ」
萩は笑顔で柊を見つめた、刹那がっくりとしながら喋る。
「お金持ちの人のプライドとか気持ちが分からない、すごく無神経だったかも」
「ああ、この辺にいるって加賀屋グループのか」
「そう、はあ。運良くお金持ち転がってないかな。俺に失礼とそうじゃないを教えて欲しい」
「花月に教わればいい」
「そっか...花月も...お嬢様だったか」
二人はいつも通りのまま、調査隊を率いてそれぞれの車両に乗ると、帰路に向かって走り出した。車中で萩と柊は先ほどあったことを交換していた。途中、萩の元へ連絡が入った。先程の端末で間違いない。しばらくして萩宅の前に着き車内の時計は13:40を示していた。二人は運転手に別れを告げ降車し、玄関への扉を開けたのだった。
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「垂れ目で、茶髪の胸元くらいの髪の長さで...元気で...色々な人に優しいです。僕ともよく喋ってくれました」
「喋り方に特徴はあるか?」
「のんびり喋る感じでした、伸ばし棒がつくような...」
僕は先程のゲームを浮かべながら、キョウさんの独特な喋り方を真似た。柊さんの眉が力んでいる。僕も初めて真似したのだからそんな顔をされても困る。
「漢字はどう書くんだ?」
「キョウさんは...漢字表記じゃなかった気がします」
「...さっき空木の安否を心配する“杏”ってのがいたんだ。空木と同い年くらいで、そんな喋り方するやつだった。
「変装...?」
「杏は、茶髪でも胸元まである髪でもなかった。けど特徴は殆ど、キョウで間違いない」
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