第10話 一つの告白
12年前 田園新聞による───
2月25日 水曜日
加賀屋グループ社長悲痛の会見
「金ならくれてやる。娘を返して」
会見を開いたのは加賀屋グループ社長である加賀屋 光雄氏。加賀屋グループは言わずと知れた大企業であり、光雄氏の生涯資産は世界長者番付に国内で唯一選ばれる程のものだ。そのような大企業である光雄氏の娘が2月17日に自宅で行方不明となった。僅か2歳である加賀屋 紫苑ちゃんであるが、事件から6日目の今日までに依然身代金要求の連絡は無い。以下は光雄氏の会見の一部である。「本当に、いい子です。可愛いくて優しい子です。よく笑う子で、新しく産まれた弟にそれは喜んでいました。紫苑もついこの間産まれたばかりなのに、今は新しい命に喜べるほどたった二年で大きくなりました。それなのにこんなことあっていいはずがない!本当に、妻も参っています、妻は食事も喉を通りません。私より娘と一緒にいたのですから無理もない。金が目当てならいくらでもくれてやりましょう。かけがえがないのです。これを見ているのならどうか名乗り出て、紫苑を返してください。お願いだから。資産なんていくらでもくれてやる」会見にて光雄氏が涙を堪え娘への想いを訴える様子はあまりに痛々しいものだった。警察は事件性があると調査を進めている。一刻も早く紫苑ちゃんが見つかることを祈っている。───
「これは資料があるんだよな」
「そういえば萩さん、孤児院を狙った事件は圧力で報道されなかったって言ってましたよね」
「ああ。多分、これは会社がデカくてかけきれなかったんだろうな、圧力とやらを」
僕らは一度部屋に戻った。僕は特にすることもないので柊さんを待っていたが、思っていたよりすぐ彼はとあるファイルを持ってきた。沢山の新聞が同じ日付で同じ事件を報道していた。僕はその田園新聞に目を通していた。
「そんなに有名な企業なんですか?世界長者番付に載るってすごいことですよね」
「まあ俺でも知ってるくらいではあるな」
柊さんはあぐらをかいて空を見つめていた。
「多分、まだわかんねえけどよ、そこに書いてある紫苑って子、多分あっちにいるんだよな」
「...この、行方不明の方が?」
「ああ。俺に言葉を教えてくれたやつもシオンって名前だったんだ。いや、名前が同じだけかもしれんが。シオンは、自分は名前があるってよく怒ってた」
「で、でも、その僕がまた記憶力の話をするのはあれなんですけど、2歳って記憶があるんですか?」
「明確にはこう、ねえけど...その瞬間はあるだろ?今覚えてなくても。その時にずっと、自分はシオンだ、シオンだ...ってしてたら現在まで覚えてこられたのかも」
そんなこと可能なのだろうか。環境で洗脳されないのか?それとも僕が思っているよりずっと小さい頃の記憶は発達しているのだろうか。
「柊さんと一緒だったシオンさんはどんな方だったんですか?」
「んー、強いやつだよ。俺は昔、喋れなかったんだけどシオンがいつも話しかけてきた。何歳だったかはわからねえけど、自分の年齢なんか知らなかったし。とにかく芯があったな、あいつ、気に食わねえ!死ね!って感じ?」
「ご、5歳とかですもんね...。」
「でも、本当に殺しちゃうんだよ」
「え...?」
「なんてな。まあ本当に強いんだよ。力も、心も」
柊さんは真顔でそんなことを言った。僕は背筋が凍るのを感じたが、柊さんの言葉の真意がわからない。僕の部屋にいたとき萩さんが言っていた“一人で数人を返り討ちにした女の子”というフレーズが頭に揺らぐ。
「こんなこと言ったら多分萩も花月も怒るけどさ、俺は人、殺したことあるんだよ」
「え...?」
「空木の中では絶対にしちゃいけないことだよな、法律があった頃はここでもそうだった。俺はチビの頃から法律とは離れた場所にいた、人が人の手で死ぬのが普通だったんだ」
鼓動が速くなる。変な汗がでるがドアの前に柊さんが座っているため、ここから逃げることもできない。柊さんは僕の挙動を気にする様子もなく憂いた顔で床に目をやった。
「センターに居た頃だけじゃない。今でも人を殺す。大人を、殺す。戦争ってやつは一体なんだろうな。家族が脅かされて、普通じゃいられない。騙されて黙っていられない。きっと空木を狙うやつがいたら...きっと殺すだろう。おまえから見て、俺は異常なのか?」
柊さんは淡々と言った。
答えというものはわからなかった。僕は戦争を知らない。少しでも間違ったことを言ったら僕の命もないような気がしたのだ。しかし柊さんは複雑そうにも笑みを浮かべていた。
「ぼ、僕の、僕の普通からしたら異常です。でもそれは...あのみんな、変で。血が流れてても大丈夫とかそういう感覚が、多分、僕の普通とは違うんです」
「うん、そうだよな。安心してくれ、おまえの命は間違ってもとったりしないよ。隠し事が好きじゃなくてな。早めに伝えたかったんだ」
柊さんは眉を下げて笑った。戦争って本当になんなのだろう。この人は、僕の知っている世界では罪人だ。殺人罪を告白した。でも何も変わらない、普通に生きている人と。それが戦争というものなのか。僕の篭ってきた、縛られた世界では本当の正解が何一つわからない。
「悪い、そんな顔しないでくれ。あ、じゃあさ、めいっぱい俺の事殴ってみてくれよ」
「へ...?」
「幽霊でも見たみたいな顔すんな!センターが俺にくれたモンだよ。おもいっきり、な?」
心の整理もつかないまま訳の分からないことをいう柊さんについていけないがとりあえず言う通りにすることにした。
「かっっっった!?」
僕は確かに柊さんの大胸筋に向けてグーでパンチをした。しかしそれは皮膚ではなく岩のようだった。
「な?ヘンだろ。筋肉を瞬時に硬直させられるらしい。とんでもない硬度で。筋肉って硬度っつーのか?」
「...いたた...こ、こんな、本当に改造人間ってことですか...?ありえるんですか?」
「たまたまそうなったのかまでは知らんけどよ、思いっきり振った包丁も通らないくらいになる。皮膚は切れるけどな」
「えっと...まさかとは思いますが...もしかして、弾丸も通らないとか...」
「おお、そう、ビンゴ。通らねえ。なぜか皮膚も切れない。痣ができるだけなんだよな」
改造人間って本当だったのか。そんなバグみたいな人間、こんなに強い人間...それは果たして人間なのか?しかし、意志を持って呼吸をしている、では上位存在か。そりゃあ柊さんは銃弾飛び交う場で防弾チョッキをしていなくても無事なわけだ。あのずば抜けた運動能力ももしかしたら実験でできたのかもしれない。
「その、こんな力って...副作用とかって、あるんですか?」
「いつのどれが副作用なのかわかんねえけど、俺って身長低いだろ。それは副作用じゃないかって言われたな、あとは髪の毛とか伸びるのがすごく遅い、多分成長が遅い」
「でも、声変わりはちゃんとしてますよね」
「ああ、そうだな」
柊さんはうんうんと頷いていた。はじめ会ったとき、柊さんの声と身長にギャップを感じたがたった1日ですっかり慣れてきていた。
「150cmありますか?」
「いや、ねぇよ。147とか。平均身長より20cmくらい足りない」
やはり、僕より小さいのか。柊さんはなんともいえない表情をし口元を膨らませていた。とても人を殺したことのある人に見えないのだ。
しかし僕より小さいのに人を殺せるってどういうことなんだろう...。大人なんてでかいものを相手にできる気がしない。現実味があまりにもないのだ。そしてまだ、直接的に相手側の悪意にも触れていない。だから柊さんや萩さんに対して疑いのような感情が産まれるのだろう。そんな時だった。甲高い警報が耳を刺した。柊さんのポケットにある端末から発されたものだった。
「はあ、不味い。萩起こしてくるからここにいてくれ」
「は、はい」
柊さんはファイルを持ち立ち上がるとこの部屋を出た。花月さんと竜胆さんのいる1階がバタバタとし始めた。言葉にできない焦燥感に駆られ、徐に立ち上がり行ったり来たりしていた瞬間、扉が開いた。
「はよ...空木君。驚かせてごめんね...。柊、でれる?」
「ああ。問題ない」
「花月と...竜胆に空木君は任せよう」
「...おう」
萩さんは手に持っていた無線機を口元に運ぶ。
「本拠地より15km圏内で爆発を確認。武蔵小杉駅付近。黎明隊の可能性あり。5班まで直ちに向かうこと」
途端に空気が変わった。柊さんの表情は先程とは全く異なる冷たいものだった。萩さんは先程柊さんが起こしたため寝起きだろう。口角は上がっているが瞳が虚空を見つめているように見えた。萩さんは同じことをもう一度繰り返し無線を切った。
「じゃあ...俺たちはちょっといってくるから。何も無いとは思うけどなるべく、花月と竜胆の近くにいてね」
「は、はい」
彼らは部屋から足早に出ていくと階段を駆け下り、靴の擦れる音の後、玄関が開いた音と、花月さんの気をつけて、という声が聞こえた。
「空木く〜ん!」
呆気にとられていると竜胆さんが階段へ向けて呼びかける声に、僕は部屋を飛び出した。
「は、はい!」
「こっちおいで〜」
慌てて階段を降りると竜胆さんがリビング側から覗いていた。既に玄関は閉まっていた。花月さんは僕を目にすると玄関から離れた。
「大丈夫ですか?」
「あえ?はい、僕は...」
「警報音、煩いですよね」
「私もまだあれニガテ〜、びっくりするじゃん」
「びっくりするのが正解です。不快な音にしないと驚かなくなってしまうでしょう?」
「そ、そうですよね...地震速報とか...びっくりしますよね」
「わ、懐かしい!アレ嫌いだったなあ〜最近地震ないもんね」
リビングへと移動した僕たちは円卓に座りながら会話をしていた。しかし小さな地震はよく起きていた。最も僕がここの皆と出会う前の話だが。
「あの...大丈夫なんですかね?」
「二人はまず大丈夫です。ただの奇襲だと思います。あの付近には拠点もありませんし、恐らく死傷者は出ないでしょう」
花月さんは確信しているようだった。
竜胆さんも警報音の耳を突く音の割に、口をすぼめてつまらなそうな表情であった。
「あたしも行きたかったな〜、武蔵小杉の奥の駅の方さコロッケ屋さんあるの。花月覚えてる?あれ美味しいよね」
「爆発でコロッケ屋さんはやってませんよ。もうお店も閉まっちゃってるかもしれません。美味しかったですね」
「閉まっちゃってるならこっちでお店出してくれないかなあ〜!あ、そうだ!空木くんは好きなご飯なに?」
「あっ、僕はえっと...金平ごぼうとか...肉じゃがとか好きです」
「キンピラ...?なにそれ、食べたことない!」
「好物として聞くのは珍しい気がしますが、美味しいですよね。今度萩に作ってもらえばいいですよ、竜胆」
「花月が作ってくれてもいいのに!ね!空木くん!」
「えっあっ...はい...?」
「いいえ私は料理好きではないので、好きな人に任せましょう。分担分はやっているんですから我儘はよしてください」
「ちぇー、花月の料理も美味しいのに」
竜胆さんは片目を閉じながら花月さんに視線を送ったが花月さんは首を横に振った。竜胆さんは大きく溜息を着いて頭の後ろで腕を組んだ。二人は本当に他愛もない会話をしていた。いつもそうしているような。僕だけが変に緊張している。柊さんの言葉を浮かべていた。ここを出る前の彼の瞳は本当に別人のようだった。彼の中で切り替えるバーがあるような。...柊さんは、その意思を脅かす者がいたらやはり“殺せる”のだろうか。多分それが僕の頭の殆どを占めていた。
「空木くん、やっぱりゲンキないよね」
「へ?そ、そうですか?」
先程のことを極力悟られないようにしたかったけれど、竜胆さんも花月さんも僕の考えてることなんてわかっているようだった。
「見たくないものを...見ましたよね。我慢はあまりよくないですから」
「そうなんだよ、昨日あんなところにまでアイツらが来てるって思わなくて...。ごめんね空木くん。血とか、得意な人はいないと思うけど...大丈夫?」
竜胆さんは下を向いて両足に腕を置いていた。眉間に力が入っていて、泣いてしまいそうな顔で僕を見た。
「ああ、いえ...その...驚きはしたんですけど...はい僕も勝手に余所見をしてしまったので」
「空木くんがビルにいる間に確認したけれど呼吸はあったんだ、励ましになるかはわからないんだけど...」
僕はその言葉に少しほっとするような気持ちが込み上げてきた。そのまま花月さんと竜胆さんとお話をして過ごしていた。
花月さんは思ったより話しやすい方だった。竜胆さんと仲がいいことがよく分かった。お腹が空いてきた頃に玄関が開く音がした。
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