第7話 善意、若しくは真意

まあ時々聞くだろう、大人になって親から「実は里子だった」と告げられるとか。なんやかんや皆乗り越えていくしかないのだ。でも、自分自身が実子じゃないと知り両親を惨殺した海外の事件をテレビで見たことがあるが、あれなんかも嘘なのだろうか。愛は本物なのに、、、

今は一体自分の人生のどの部分が信用に値するかまったく分からないのだ。13年の人生、ここで詰みが近づいている。僕が必死に勉強したものは全部“嘘”であったと...。

数学の公式はさすがに僕のために作るには面倒すぎるだろう、これは恐らく世界共通だ。同じ理論で理科も。社会は偽物、国語は判断つけ難いが、古い詩をわざわざ造る必要は無い、恐らくは既に存在していて脚色がある程度だろう。漢字等は萩さんの家にあるもの読めた上同じ言語を使用しているから捏造ではない。保健体育は変更する得があるのか?繁殖の方法が嘘という可能性は低い。生物毎の繁殖方法は理科と同様わざわざ造る方が面倒である。技術は非常に抑えられたものを習っていたのだろうか。先程から思考をしすぎて眉間の辺りが吊りそうだ。道徳だけは大嘘だ、戦争してるんだろう、何が平和だ。反吐が出る。


数十分前──


「空木君もシャワー浴びな、暑かったでしょ。今空いているから」


シャワーにいったはずの花月さんが髪を下ろし制服から着替えていた。ゲームに熱中しすぎていたみたいだ。萩さんはワイシャツの上にエプロンをつけたまま円卓で頬杖をついていて僕にそう言った。


「あっはい!お借りします!」

「お先に失礼致しました。血液はちゃんと洗い流したので問題はありません」


花月さんは髪をとかしながら僕に話した。

声色こそ少し申し訳なさそうではあったが表情に変化はない。


「い、いえ全く!」

「そういえば、怪我などは全くしていませんか?していたら手当するので言ってください」


途端彼女は心配そうな顔を見せて、立ち上がり僕に近づいた。僕はこれまで見た事みない端正な顔を前に不覚にも上擦った声でしてないです!と言うしかなかった。


「そうですか、明日以降具合が悪かったら言ってください。何よりお疲れでしょう。ゆっくり湯船に浸かるといいですよ、タオル出しておいたので使ってください。水色のものです」


花月さんは僕の目を見て頷くと座っていた椅子に戻った。ぼうっとしてしまった僕を萩さんも花月さんも優しい笑顔で見つめた。


この方は微笑むのか。恐らく僕は少しおかしい挙動をしてしまったが会釈し、急いで萩さんが指さした方へ向かった。脱衣所の扉の右手に引き戸があった。恐らく和室への引き戸だ。一周できる構造なのか。家の構造を頭に地図として描きながらお風呂へ向かったのだった──


湯船から上がると身体は日に焼けたように真っ赤になっていた。随分と浸かってしまっていたみたいだ。湯船というものはどうしても物事を考えてしまう。シャワーの蛇口をひねり窓を開ける。花月さんが用意してくれたタオルに手を伸ばし、被った。5月の夜風が肌にあたり、のぼせかけた身体にはその冷たさが丁度良かった。

訳の分からない1日だった。僕は一体、何を知っているんだ?いや、何を知らないのだろう。寝たらいつも通りになっているのではないだろうか、そんな淡い期待すらあった。しかし、これまでの刺激とはかけ離れ過ぎた人生に刺激が産まれるとして、これからこのままが続くとして、僕は嬉しいのだろうか。幸せなのだろうか。全くなんだか他人事のようで、まるで感情移入ができない。自分でもおかしなことは十二分に承知していた。世界に騙されているなんて、どんな感情が正しいのかわからない。怒りも悲しみも湧き出すわけではない。


「おばあちゃん、元気かな」


脱衣所に虚しく消えていった声が、己の孤独を増幅させた。もう僕を知っている人はいないのだと嘲笑うような現実を。理解せざるを得ないようなものだった。叫び出したい気持ちを飲み込み当てつけのように髪の毛を強く拭いた。



「ここ空き部屋だから好きに使って、明日水仙に言ってゲームも持ってくるね。いっぱいあるから」


階段を登り左手にすぐ、萩さんは扉を開いた。一部屋の明かりを付け彼は僕の方を振り向いた。僕は咄嗟に頷き後をつけるように部屋に入る。

そこには大きな作業机と、少し古いPC、押し入れもあったが僕は洋服など持ってきてはいなかった。裏起毛のパーカーを除いては。ステンドグラスが作業机の一角で様々な色を帯び輝いている。ホテルのように淡白ではあるが硝子のそれがこの部屋に活気を出していた。

萩さんは徐ろに押し入れを開き布団を慣れた手つきで引き摺り出した。


「ベッド、買うか作らなきゃね」


布団を広げ、微笑みながら喋る少年は至って普通の中学三年生に見えた。なんだか、本当に全部嘘なのではないかと思うほどに。


「作れるん、ですか?」


僕の声で振り向いた彼の髪色をステンドグラスは様々な色に照らしていた。


「うん、物作りとか好きなんだ。夢中になれるでしょ。国語とかより図工の方が楽しかったな」


随分と幼い笑い方をした。いたずらっぽい、そんな笑顔であった。ふと疑問が浮かんだ、いつ頃まで学校というものが機能していたのだろう。戦争が起こるとどの国でも学習に困っていたはずだ。その理論は当然わかる。教える者も駆り出される可能性もあるうえ、何より安全な地で学べないであろう。僕はその疑問をぶつけてみることにした。


「そういえば、学校っていつまであったんですか...?」


萩さんは変わらず笑顔だったが先程のような無邪気な笑い方とは違った。


「一応今もあるは、あるんだ。有志の人々が勉強を教えてくれる。でもそうだね、ちゃんと稼働してたのは...俺が小学6年生の時くらいかな」

「3年は前なんですね...」

「そう、今は自学ばっかりだからさ、数学の公式とかだって間違って覚えてるかもしれない。あと現に数学なんかあんまり役にはたってないよね...。でも関東から出たら、まだちゃんと動いているはずだよ」

「え、ええと、関東だけが戦争をしているんですか?そういえば、なんで...」


昼間には投げかけられなかったというか浮かびもしなかったことを質問した。


「うん。元々は、政府が狂ったことが、原因だった。」


萩さんは眉間に皺を寄せ言葉を探しているようにゆっくりと喋った。


「昼間話したワクチンセンターがね、子供を使って人体実験をしていることがわかった。被験者は現状何人いるか定かではないけれど...。一時恐ろしい事件が起きたんだ。確か10年くらい前から、孤児院を狙った誘拐事件がね、相次いだ。東京をはじめに、千葉、埼玉。おぞましい数だった。記憶の中では。けれど報道されることは無かったんだ、圧力ってやつだよね。...さっきは両親を亡くしたとしか言わなかったけど、殺されたんだ。目の前で。センターの人間にね」


言い切ってから萩さんはかぶりを振った


「...いや、今するような話じゃないね。でも、どうして戦争が起きたか、そこに俺の両親が関わっていることは確かなんだ」

「お、お辛いことを...すみません...」


正しい言葉がわからなかった、何も判断がつかなくなったといえばいいのか。目の前で両親が殺された。この国で?この平和くらいしかこれといった取り柄のない国で。単純なことのようだが沼にはまっていくように思考が止まった。この国でそんなことが?一体何がどう操作されたら僕は...誘拐事件のことも知らないまま中学生になって、今を生きてると言えるのだろうか?


「いや、全く気にしないで。確かに、何をしようが両親は戻ってこないけど、なにかできることがしたくて。意志を引き継ぎたくて両親が残したものから色々、調べてさ。元々母は児童に関わる仕事をしてたんだ。椿や水仙、柊はその時に出会った子達で。...うん、なんか大きなことに手を出しちゃったんだと思う。二人とも。俺はきっと“生かされた”んだよね。わざと」


「わざと....」

「うん、抵抗していること自体相手の思うツボなのかも〜、なんてね、思ったりもする」

「でも、なんのために...」

「んー、いるだろう?血気盛んな人。とにかく何でも戦いたい、みたいな。そんな顔してたよ、父さんと母さんを殺した時。俺が復讐に来るのを楽しみにしてるんじゃないかな」


言葉が喉につっかえ出てこなくなった、萩さんは思い出しながらだろう恨めしいととれる嫌悪感に満ちた瞳をしていた。この雰囲気に対し異様なほど煌めきに満ちた綺麗なステンドグラスは萩さんの殺気で溢れる薄い瞳の色を照らしていた。そんな萩さんの横顔を見て、僕の頭にふと仮説が浮かぶ。


「わざと、見せなくてはいけない理由があったかもしれない...とか」

「空木君...?」


僕がなにか重要人物になってしまっているのなら、彼らもそうなのだろうか。何かのターゲットにされて惨殺された。例えば新興宗教のような...そうだ、宗教に例えるとわかりやすい。

例えば_僕の血筋が「神」だとしよう、だから祀りたい。ある程度の年齢になったら知らされて...または僕自体が何かの儀式に使われる。うん、全く有り得ない話ではない。宗教だと仮定した時、例えば何かしら禁忌を犯したか或いはそう思われて私刑として萩さんのご両親は殺された。そしてそれを萩さん本人の前で行わなければならない〈意味〉が存在したんだ。あくまでも仮定だが、今までの仮説で一番納得がいく気がする。そうだとすると萩さん達の目的は宗教を壊すこと。これがイコールで政府なのかもしれないが...。状況が少し掴めた気がする。


「あったかも、しれないんですよね。僕が“主人公”をしなくてはいけないように、萩さんの目の前で、あえて、わざと!そうしなければいけない必要があったかもしれない」

「いや...はは、随分と飲み込みがはやいね」


目の前の彼はそれは驚いた様子を見せた。

僕は今信じたくないことの方が遥かに多いが、信じなくてはいけないとしたら。本当に世界線はこれひとつで僕はどこにも移動していないとしたら、皆の言葉一つ一つがヒントだ。これからもこの日々が続くのであればひとつ残らず漏らしてはいけないだろう。


「僕も、騙されてたなんて許せないですし、騙した奴がいたらボコボコにしてやりたいです。そして理由も訊きたい」

「そっか...、当然協力するよ。頼もしいね」

「あっでも、その、ゲーム限定です...物理攻撃は特に使ったことないので...」

「ううん、いいと思う。空木君っぽいじゃん」


数分前までの重たい空気は僕らから遥か彼方へ遠ざかっていた。目の前の萩さんも、先程と同じ少年らしい笑顔を見せた。ステンドグラスの隣にある横長のデジタル時計は22:32と表記されていた。


「今日は疲れたよね、そういえばドライヤー使う?すぐ持ってくるから」

「ああいえ、いいんです。もう乾いたみたいなので!」

「そっか、風邪は引かないでね、まだ夜風はちょぴっと寒いね、ゆっくり休んで」


萩さんは窓を閉め、ステンドグラスの消し方を丁寧に教えてくれた。寝っ転がってと言い掛け布団を僕に掛けてくれたあとドアに手をかけた。


「あの、オムライス!すごく美味しかったです...!!」

「ほんとう?ならよかった、次は空木君の好物作るよ」


伝えようと思いつつ伝えられていなかった事を萩さんの背中に投げかけた。彼は穏やかな笑みを浮かべ僕の瞳を見つめた。なぜだろうか心が温かくてたくさん頭を上下に振った。おやすみ、という言葉におやすみなさいと返し扉は閉まった。お兄ちゃんが存在したらこんな感じだったのだろうか。普段から早寝なものだから随分と疲れてしまった。久々に寝っ転がった気がする。


覚悟なんてものはこれっぽっちもできていないが、ここが地球であるのなら回り続けるだろう。僕は、自分が何者か知らなくてはならない。僕なんかが祭り上げられる理由を知らなくてはいけない。きっとそこに、萩さんのご両親の死も関係しているのだろう。そしてどうして今まで考えたことがなかったのだろう。自分に両親がいないことを。これも全て、大きな何かが関係しているのだろうか。知る権利があるのであれば今からでも行使をしよう。


腕を天井へと伸ばし空を掴む、何も握られていない掌の感覚を忘れないようにと。


僕の壮絶な日々の始まりの1日、それが終わりを迎えた。

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