第6話 血縁とは無縁な関係値
「ウチの決まり。料理作った以外の早く食べ終わった人が皿を洗う次の人が拭く。終わり」
椿くんは僕を見てそれを言うと、もう一度振り向いてまだ友達だっけ?と聞いてきた。そうみたいです、と告げると椿くんは僕からお皿を奪い取り洗い始めた。
「意外と綺麗に食うじゃん、助かるわ」
綺麗にならんだ歯を見せて笑うと、また綺麗にお皿を洗っていた。
肌や髪もだが歯も白い。こういう子が将来無双するのだろう、高校生になり身長も伸び少し憂いを帯びた目とこの見た目からは想像つかない豪快な口調、同性異性問わず群がる姿を想像することは容易かった。
そういえばいつの間に帽子を脱いでいたんだろう。手袋もしていないし、水仙さんもいつの間に部屋に入って来てたんだ?こんな入口から1番近い扉、気付かないわけなさそうなのに。考えながら扉をじーっと見つめるとピシャ、と音と共に扉が開いた。堪らず身体は反応しビクッとしてしまった。
「大変、お待たせ致しました」
扉に手を掛け項垂れるように頭を垂れた真っ黒なセーラー服を着た少女、真っ黒な制服には凝視しないとわからないが血液が染み込んでいることが見て取れる。それだけでなく太腿に血液が擦れた跡があった。
「ちょ...本当に大丈夫?」
心配そうに萩さんはご飯を差し置いて立ち上がったがツインテールの女の子は制止した。
「はい、あ」
頭をあげた少女は顔にも血液が付着していた。
僕を視界に捉えるとこちらへやってくる。堪らず硬直してしまった。
「初めまして、空木 良定さん。私『
それは丁寧に頭を下げ、3秒ほどしてから再び顔を上げた。アーモンドアイといった感じの少し釣った目と怖いほどの真顔に整った顔、ピンク色の髪の毛はそれは綺麗に高い位置でふたつに纏めている。人形のような風貌。厳しそうな雰囲気であったが、何より彼女を濡らしている血液の正体が気になった。
「初めましての人間が血塗れなんて信じ難いですよね。当然私も同じ心境になると思います。全く失礼に当たることは無いのでお気になさらないでください。こちらの血は主に仲間のものです。私は医学の知識が少しだけあるため本日の作戦、負傷者の救護をに重きを置いておりました。その時の負傷者の血が主ではありますが戦いに傷付いた者たちの血のみとは言いきれません。観測はしていないので。」
淡々と僕の目を1秒たりとも逸らすことなく喋った彼女は困ったように息を吸って自分の制服を叩いた。
「話が理屈っぽくなってしまいましたね、癖で。とにかくこれからよろしくお願いします。気になることはなんでも聞いてください。今はシャワーを浴びて来ます。」
再び深くお辞儀をすると花月さんは萩さんと少し喋りリビングの奥を曲がっていった。僕は背中に頭を下げることしか出来なかった。
綺麗な人の真顔とは怖いものだ。てっきり人を殺しているのではないかと思ってしまったが...ああいった類の人は自分に正直にいるタイプだろう。目がそれを物語っていた。それに僕も人を殺したらどのような血液の飛沫になるか考えた事が無いわけではない。近頃のゲームの物理演算はすごいというのだから。恐らく彼女は救護するうちに抱きかかえるなどし、負傷者の血液を浴びるというより、染み込むまでに至った。ある程度湿った洋服を重力が濡らしていったのだろう。黒い服で分かりづらかったが、そもそも僕にわざわざ嘘をつく必要は無いだろう。
扉から柊さんが眉間に皺を寄せながらリビングに入ってきた。
「ひ、柊さん」
僕は自分が気づく前に声を出していた。
「あ?どうした」
「あっいや、あの、どちらにいたのかなと...」
「ああ...外」
先程見た時より柊さんも血が着いている気がした。それとも先程までの血が乾いたのだろうか。真っ白なワイシャツが随分赤黒くなっていた。
「花月がな、1人で対応してたのをちょっと手伝ってきた。たまに命令聞かないから」
タオルで顔を拭きながら柊さんは言った。
「あんなに強情な花月は久しぶりだったよ。本当、ありがとう柊」
萩さんと柊さんの、皆の関係性は一体どういうものなんだろうか。ただの家族なのだろうか。
なんだか、あまりに皆がアットホームだからか、心地悪くもなくただただ不思議な感情になった。
「あ、あの、改めて皆さんの関係性をお聞きしても...あ...差し支えなければ...」
花月さんがお風呂に向かった後、椿くんに客人はすわってりゃいいと軽くキックを食らい先程まで水仙さんと椿くん、が座っていた円卓の前で立ったまま質問をしていた。
「うん、なにも隠すことないからね。もちろん話すよ」
想像していたより萩さんは明るい受け答えで複雑な事情は無さそうな面持ちだった。そして促されるまま僕は椅子に座った。
「まず、まあみんな家族なんだけど家に来た順番から言うと椿がはじめなんだ。次に水仙、柊、両親が存命の時から保護活動しててね、皆それで出会った家族さ。次が...んー、花月。出会ったのは2年前だね。そして竜胆。もうすぐ一年経つんじゃないかな。学年は椿が空木くんと同じ中学1年、水仙と竜胆が2年、柊と花月が俺と同い年の3年。」
「ほ、う」
僕は想像しながら頷いていた。椿くんから柊さんまではわかるが、花月さんと竜胆さんは随分最近の様だし、でも戦争しているとそういうものなのだろうか。
「花月は家族では無いってずっと言ってるんだけどね、一人だけそれも寂しいし俺は一方的に家族だと思ってるよ」
「そうなんですね...」
気難しい方なのだろうか。確かにさっきもにこりともしていなかった。いやでもあれほど血に濡れる救助活動なんて過酷だろう。色々思考するが女性のできることはそんな力仕事ではないだろうけれど、何人分の血量か判断なんてつかないし、仮に僕が竜胆さんと出会った時から救助をしていたら...そう、あの時も倒れている人はいたし、そういう人を助けていたとしたら簡単にニコニコなんてできないだろう。
そうすると萩さんや竜胆さんの笑顔は無理に笑っているのだろうか。それともある程度はやはり慣れてしまうのか。僕にとっては難しいことがいきなり起きすぎた。
「うん、色々あったけど...はは。皆がいたからなんとかね、今までやってこれたかな」
萩さんはほんの一瞬だけ悲しげな顔になった、深い瞬きをすると先程通りの顔に戻った。
「そう...だったんですね...」
「うん、まあね、その、どうしても明るい話ばっかりではないけれど、俺一人だったらなんて想像できないくらい皆がいてよかったな。ね、柊」
「おう」
ペットボトル飲料を冷蔵庫から取り出した柊さんは大きく頷いた。円卓ではなく長机の方で血濡れたワイシャツから着替えていた。僕の視線に気付き柊さんはこちらを見て眉を困らせたが、だらしなく開いた口の僕より先に声を上げた。
「まあ信じられんものばっかだったと思うけどよ、俺達が確かに命を保証するから、今日はゆっくり休めよ」
「は...はい」
「こんだけ人数いりゃ、喋りやすいヤツ一人くらいはいんだろ。あんま深く考えず頼ればいい」
緑茶と書いてある飲料を振りながら柊さんは言った。緑茶を振って飲むタイプの人は随分珍しい、プロテインでも入っているのだろうか。シャカシャカと水が鳴る音、身長の割に大きい手がペットボトルの面積を小さく見せる。柊さんは僕より身長が低いのだろうか...?ただぼうっと彼の手元を見ていた。
「あ...空木...?『ストファイト』好きなの」
ストファイトという言葉が耳を突き刺し咄嗟に声の元を振り向くと両手にゲーム機を抱えた水仙さんが僕に話しかけた。
「はい!?好きです!」
突然の問いかけに驚きながらも彼女が持っているゲーム機をみてそれは安心をした。そう、一旦心の整理をしたい。ゲームをすればすこしはまともに戻れる気がして。
「あんまりね、ちゃんとできたことなくて、空木が好きだって聞いて嬉しかった。皆ゲームとかしないから...」
嬉しそうに目を細めると水仙さんはテレビにゲームを接続し始めた。うん、可愛い。しかしストファイトはかなり自信がある。しかしこれは勝ってはいけないのではないか...?いや、ここまで来て失礼のない方法がわからない。僕の場合相手が本気で来てくれないと苛立ってしまうから...しかし、恐らくオンライン対戦などはしていないのだろうか。そもそもオンライン...スマホは使えるのか?いや、もう考えすぎて頭が痛い。一旦考えは放棄だ。
「僕も...久しぶりにゲームできるの嬉しいです...!人と一緒にやること、オンラインでしかなかったので...」
「オンラインって!いいなあ。本当にストファイトを遠くの人とできるんだ。...あ、挨拶してなくてごめんね?僕、水仙」
「は、はい!うかがってます!」
水仙さんはコントローラーを押して電源をつけた。懐かしいこの画面、安心する。オンラインでやったことがないというと一体誰と対戦していたのだろう。CPか?家族以外の対人か。侮るな、独自のネットワークがあってもしかしたらスラムストファイトのチャンピオンかもしれないだろう。スラムは失礼なのか?というか、彼女一人称が僕だったよな。この顔で僕っ娘なのか、世の中ってやつはなんて広いんだろうか。だめだ、考えるな。待ちに待ったストファイトが目の前にあるのだから集中をしろ!
「はい、対戦よろしくお願いします」
水仙さんからコントローラーを受け取ってキャラクターを選択する。僕はタツがやっぱり強いしカッコよくて好きなんだけれどありきたりでつまらないだろうか。水仙さんは迷うことなく油淋鶏を押したので、僕もタツに決めた。そういえばこっちでも対よろですという言葉は使うのか。水仙さんは数十年前のインターネット語を知っているみたいだ。そんなことを考える間に試合が始まった。
水仙さんは攻撃の手を止めない。少し特攻し過ぎではないだろうか。HPガン無視じゃないか。僕はうかがいながらも遠距離攻撃がモロに入っている。ガードもしないどころか気にしている素振りがない。かといってカウンターは防がれ、絶妙なタイミング。この戦法への対処法を考える。近接ではめようと思った時だ。
「...手加減、してる?」
水仙さんは僕の“耳元”でそう囁いた。
その瞬間油淋鶏の脚技がタツにはまった。僕は何を緊張しているんだ!
「してないです!!!!!」
間合いを見ていたが、確かにチキンプレイに見えるには十分だっただろう。僕はうるさい心臓を押し込めて画面に向き直る。耳元への一撃で一機やられてしまったが油淋鶏がこのHPなら問題は無い。持って行ける。
K.Oの2文字が画面に表示された。僅かながら、勝利したのは僕だった。僕の隣で輝いた瞳を揺らした少女はこちらを振り返ると笑った、それは再びの対戦を示唆していた。
僕は興奮していた。正直どこでこんなに彼女の腕が磨かれたのかわからないが僕が見たことの無いプレイスタイルであった、俄然興味が湧いて喜んで再戦していた。
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「凄いね、空木。完敗」
水仙さんは恐らく僕と同じ気持ちであったのだろう、熱戦の末の少し満足気な表情に見えた。
正直あまりにいい試合を繰り広げていた。数回目のファイト、互いに残機一。僕のHPはあと二発食らったら倒れていた、この数回の戦いで僕のHPはどんどん削られていった。もう一戦していたら確実に敗北していただろう。しかし水仙さんはきっと、敢えてゲームをやめた。勝利したのにも関わらず悔しさが残る。しかしネット対戦無しでここまで...?今すぐインターネットを構築した方がいい。あまりの興奮で腕が震えていた。
「あ...の、すっごくお強かったです、僕...感動しちゃって」
本音ではあるが偉そうだっただろうか。
こんなに白熱した試合中々味わうことはできない。僕の苦手な戦い方をする人だ。面白すぎる。正直もっとやりたい。この人がどんな操作をするかもっと知りたいし見たい、そんな感情だった。
「本当?空木の方が強かったけど、ありがとう」
「こちらこそありがとうございます!あの、またやってください!」
「.......うん、またやろう。_楽しかった」
水仙さんはにこりとするとゲーム機を片付け始めた。想像以上に疲れていた。白熱した激闘で今日の疲れがどっと出てきたのだった。
「やっぱゲームでも主人公様だった?」
観戦してたのであろう椿くんは背もたれを前側にして座っており、水仙さんを見上げながら言った。
「そうだね。主人公様...悪くない。すごく」
水仙さんは柔らかい微笑みで返した。
主人公様...自分に向けられた言葉とは思えない。僕はそもそもどうしてこんなにとんでもないことになったんだっけ。ポケットに入っている【生きろよ】の4文字が頭をぐるぐると止まることなく旋回していた。
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