第二章
第5話 かぞく。
─現在
僕があれこれと思考を繰り返しているうちに車は止まった。目的地である『私たちの家』へ辿り着いたこととなる。
「意外と遠かったね〜、空木くんもつかれたでしょ?」
少女は細い腕をめいっぱいに広げ、伸びをしていた。辺りはいつの間にか暗くなっていた。空の彼方で沈んでいく太陽が一部をまだオレンジに染めている。竜胆さんの紫色に艶めく髪をオレンジ色が縁どった。確かに僕は考えつかれていた。一刻も早く、ゲームをしてリフレッシュをしたい。そんな気分だった。
「なんとか、大丈夫です...」
「よかった」
そういうと竜胆さんは車が停った目の前の家に入っていく。後ろからは柊さんがやってきた。同じ車に乗っていたが、終始柊さんはずっと腕を組んで険しい顔をしていた。僕は僕で考え込んでいたので柊さんがいつ何をしていたか細かいことは全く思い出せないが。機嫌でいえば全く良くは無い状態に見えた。
「お?入らんの?」
僕に話しかける時は全く機嫌の悪そうな素振りなどなく柊さんは門の扉を一番広げながら僕を見た。
「あ...はい...」
「なんにも、怖いものはねえぞ」
僕はなんとなく数回頷き深呼吸をし、決意をして門をくぐった。竜胆さんの腕で玄関のドアが開けられ堪らず少し身構える。
しかし見た感じ全く普通の玄関であった。
「あたし達のお家だよ、萩のお家なんだけど。みんな家族だから」
無邪気な笑顔を浮かべながら僕に説明した。皆血の繋がってない家族なのか。すぐには馴染めなさそうな環境に、行きますと答えたことを少し後悔しながら玄関に上がった。
玄関から真っ直ぐ。数歩歩いたところに扉がひとつ。右手には半分ほど開放された和室が見えた。廊下には子供が描いた色々な絵や折り紙が飾ってあって圧巻されるよう辺りを見回した。保護活動の賜物なのだろうか。
突如、思い出したようにはち切れそうな感覚に襲われ左手に位置する御手洗を借りた後リビングに入った。玄関の印象より広くお洒落な部屋だった。
「空木君いらっしゃい、そしておかえり」
萩さんがキッチンから軽く僕に手を振った。少し前にここに着いていた様だが、デニム生地のエプロンを纏い先程までとはまた違ったように見えた。今日のご飯はオムライスだけど大丈夫?なんて普通の家庭内のような会話を振られ、驚きつつもはい、と返したのだった。竜胆さんはリビングのドアからすぐのラグの上に体育座りをし鼻歌を歌っていた。
「萩のオムライス美味しいんだよねー、空木くんも座りなよ、これ、はいクッション。あたしはなんも無いところに座るのが好きだから使わない!」
竜胆さんはクッションを僕の方に滑らせ笑顔を見せた。室内光で見る少女の顔は一際眩しく見えた。ありがたくクッションの上に腰を下ろしまた辺りを見回す。写真も沢山あった。そういえば柊さんはどこにいったのだろうか。そう思いふと後ろを振り向くと見たことない人影が真後ろに迫っていた。
『うわっ』
声が重なり驚く。
「急に振り向くんじゃねーよ!」
真っ白く、向かって右側に眼帯をしたその子は目を見開いた後不機嫌そうに眉をひそめた。
「せーっかく大主人公ウツギとやらとの初エンカ驚かし大チャンスだったのに〜!全く、パァじゃねえか」
白いまつ毛、色素が薄く赤い瞳。大きな軍帽を被り直しながらそう言った。
「だいしゅじんこううつぎ...?」
「椿!初めての家族を驚かしちゃあだめでしょ。まだ正式に家族許可はもらってないから友達だけど」
「だって!はじめてくらいさ...!まあ...うん。悪いな。大主人公サマが気になってよ。オレは
雪のように白くピョンピョンと外にはねた髪の毛、間違ってでも触れたら消えてしまいそうな程の白い陶器肌に血のような瞳孔、可愛らしい顔の作りに似つかわしくない言葉遣い。ゲームの様なデザインだった。驚きからふと見つめてしまう。
「あ?眼帯は本物だよ。こっちの目は殆ど視力がねーの」
眼帯を指差しながら不快そうに椿さんは言った。
「あっ、あ、いえ、すみませんジロジロと...」
「別にそれはいンだよ、よくある。オレもオレみたいな奴見た事ねーし。中二病って言ってくる奴がいっちゃんムカつく!わかるだろ?ウツギ、オマエも言われたことあるだろ」
「あっ、ありませんよ!失礼ですよ!」
何故バレるのだ。僕が厨二病だなんて、学校で一週間に1回くらいは耳にする単語だ。事の発端は入学式。
─4月。僕は異常に寒がりであり、通常4月はガタガタと歯を鳴らして震えている。5月後半くらいからなんとかワイシャツとヒートテックで過ごせるようになるのだけれど、入学式なんてものは極寒である。ヒートテックを着て、ワイシャツを着て、寒いからカーディガンを着て、その上からブレザーを着た。これじゃあまだ寒すぎる。そこで僕は後で脱げばいい!という考えの元裏起毛のパーカーを着て、その上からブレザーを着直し家を出た。
その日はあまりに寒すぎた。校門の前まで行くと自分がパーカーを着たままなことなど忘れていた。それほどに寒かったのだ。そのまま校門に入り入学式直前先生が声を掛けてきたと思うと、入学式になんて格好だとそれは怒鳴り散らした。
寒さは人を苛立たせる。口が滑ってしまったのだ。
「パーカーを着用してはいけない校則が存在する学校なんですね?後ほど頂く生徒手帳が楽しみで仕方ありません」
ここから全ては始まり、そして終わった。
僕が友達がいない原因第一位だったのかもしれない。故に思い出したくない記憶だ。寒い季節は嫌いだ。
「中二病っていわれた奴はな、おンなじ目ェしてんだよ。心が燻った目、ウツギもしてる」
二本指で僕と自分の眼前を何度か往復し彼は言った。
「これは悪口じゃねえよ。つまり仲良くしようぜってことだ、
黒い手袋をした手をこちらに伸ばした。彼の手を、正直握りたくなかったが、これがゲームだったら握らない分岐はバットエンドだ。ここは穏便に握手で済ませよう。
「あ、椿ご飯出来たからそのまま水仙呼んできて」
「うい」
椿さんは返事をして部屋の奥へと消えていった。
椿さん...否、くん、僕に今必要なのはゲームなことまでお見通しだったか。変に隠し事はできないみたいだ。
「空木君、お腹どのくらいすいてる?」
萩さんに突然呼ばれ肩が跳ねてしまった。
「ご飯の量どのくらい食べれる?」
全く裏なんてなさそうな笑顔で僕に話しかけた。...気になることは後で直接萩さんに聞いた方が良さそうだ。
「普通くらいで...」
「竜胆は〜?」
「大盛り!」
「わかった」
皆見た目がかけ離れていて、大人が居ない、それだけを除けば至って普通の家庭だ。
一体、何があったのだろう。運転をしていた人は大人だったがこの家に入っては来なかった。圧倒的に子供が、僕くらいの年齢の人が多い。大人が乗った車はそのまま弾かれたようにどこかへ走り去った。
なにか、理由はあるんだろうけど...
今の僕には情報が少なすぎる。そう、情報が_。
「わー今日も美味しそ〜!空木くんこっちで食べよ!まだあたし空木くんと全然仲良しになれてないじゃん!もっと空木くんって何が好きで何が嫌いか知りたいし!」
「えっ...」
これは、僕に向けられた...言葉...?危ない、今、自分が昇天していった感覚すら感じた。
仲良し?え?僕と?そんな、何を、何を知りたいのだというのだ。僕のゲームのランクとかレートくらいしかいい情報は、ないのに。
このリビングにはふたつの机があり、竜胆さんのいる一方は低く、椅子のない小さな長机。もうひとつはリビングの中で一番目立つ広い円卓であった。円卓には料理本の中から出てきたような綺麗なオムライスが2つ並んでいた。白い湯気は料理が今できたことを意味していた。
竜胆さんは立ち上がり萩さんからオムライス受け取ると、僕が座っている長机の方へやってきた。萩さんのオムライスが目の前にあるが今の心がそれどころではなかった。
「いただきます。え、あの、こっちの世界ってどのくらいゲームがあるんですか?」
「んー?なんか昔は殆ど違法みたいなカンジ、もう法律もなんもないから今は好き放題だけどね。空木くんの世界にどのくらいあるかによるかなあ?空木くんはどんなゲームするの?」
た、確かに。比較対象の基準が分からないのにとんだ愚問を投げかけてしまった、僕の馬鹿め!好感度-1。そんなものが浮かんでくる。しくじるな!僕の好きな物をアプローチすればいい。いいか、オタクっぽい早さではなくゆっくりと、噛まないように、引かれない、メジャーなゲームの話題を出せ。
「あー...僕の世界では色んなゲームがあってFPSとか、一人称視点のゲームで99人からデスマッチ的な生き残るやつとか、好きです...あとはポクモンっていうのがあるんですけどモンスターのレベルをあげながら戦ってモンスターゲットしたり進化させたりする所謂まあRPG...っていう育成バトルゲームなんですけど金曜日になったら自分のレート...ランキングを落とさないように夜更かししてプレイしますね」
いい感じだ、いいぞ。このまま上手に喋れ!
「へー、難しいんだね。でもそんなにたくさん喋ってくれるならよっぽどおもしろいんだぁ!あたしもやってみたいな!」
これは恐らく上手に喋れてなかったのだろう。竜胆さんの返しにグッドボタンだ。
「あっ、か、かわいいキャラクターとかたくさんいるのできっと竜胆さんもその、たのしいとおもいます!」
軌道修正はうまくいったのではないか。竜胆さんは笑顔で頷いている...中学生に上がってから初めて上手くコミュニケーションを取れたのではないか?
「そうなの?いいね、覚えたよポクモン。こんど探索しに行ったら見てみよ!」
完璧じゃないか!素晴らしい、会話ができた、経験値を取得した音がする。スプーンを時折運んだ口にやっとご飯の味がした、美味しい。素朴なケチャップライスだ。ウィンナーじゃなくてベーコンが入っている。美味しい、なんだか久しぶりにご飯を食べた気がしたのだった。
「ご馳走様でした」
聞いた事のない声がし、ふともうひとつの円卓に目をやると先程はいなかった茶色いツインテールの少女がいることに気が付き咄嗟に小声で聞く。
「竜胆さん、あの方って...」
「ん!水仙!ゲーム好きなの、さっき椿が言ってたさ、ちょー可愛いよ!」
竜胆さんはスプーンを握っていた手を止め、手で会話をしているように身振り手振りで話してくれた。
すると一瞬スイセンと呼ばれた方はこっちを向いた。
横顔だけでは分からなかったが横に大きい目に中性的な造形の顔、口角の部分だけ描いたようにふわっと上がっている。まるで芸能人のようだった。あろうことか僕に微笑みかけ食器を持ち席を立った。
「ね、ちょ〜かわいいでしょ!」
竜胆さんはキャッキャしながらご馳走様でした!といい食器を持って水仙さんが向かった方へ行った。
竜胆さんや僕より随分身長が高そうで、スラッとしたモデルさんのようだった。竜胆さんは女性っぽい体型で、すごく足が細い。そもそも僕は今まで他の女の子然り人々を観察する趣味を持ち合わせていなかったため比較対象なんていないが、多分竜胆さんも水仙さんも椿くんも日常で見かけることがあまりない「すっごく可愛い人」とか「すっごく綺麗な人」なのだろう。ただぽかんとするしかなかった。
そうしてご飯を気付いたら食べ終わっていた。美味しかったな。ちゃんと萩さんに伝えなくては。そう思いながらご馳走様をし、僕も席を立ってキッチンへ向かった。
キッチンでは椿くんがお皿を洗っていて、水仙さんがそれを拭き、竜胆さんが拭かれたお皿を閉まっていた。
椿くんには少し流し場が高そうだった。無理もない、このシンクは大人用だろう。僕も家のシンクを使う時は台に乗っていたものだ。椿くんはお皿を綺麗に洗った後、一度流しもう一度綺麗に洗っていた。捲りあげた袖から出ている腕は細く華奢であったが重そうな大きいフライパンを持ち慣れているように洗い始めた。
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