第4話 人為的損傷 完


「俺も一人っ子でね。両親を失っているんだ。柊もそうさ。こんな世界じゃね俺たちみたいな孤児は多い。...ね」


伏し目がちにもう一人に視線を送った。


「うん、あたしも覚えてはないけどね。お父さんもお母さんも顔を知らないな」


竜胆さんは紡いだ言葉の割に明るい面持ちで髪を触った。


僕はあまり両親について考えたことがなかった。おばあちゃんがいたし、友達はいないけれど、家では孤独を感じることはなかった。だからなぜか二人のことを『可哀想』だと思ったんだ。なんとも言い表せない気持ちになった。


「もちろん境遇が一緒だから信用しろとかそんな温い話をするつもりは無いし、俺が空木くんだったら、それで満足できるわけが無い。これからする話で俺達が君の信頼に値するか、決まると思ってる」


萩さんはあまり目付きがいい方ではないが普段は穏やかに見えるように心掛けているのだろう。話し始める時に先程までの優しい表情とは違い目付きが少し鋭くなった。


「ここに住んでいた人は皆無事だ。学校と違ってどこにも血痕がないと思う。君の育ての親・・・おばあちゃんも無事さ。理由と根拠はいくつでもあるけれど、一番分かりやすいものは、そう、君のための都市が用意されていること。君はこの国がなんとしてでも守ってきた人物であり庇護されるべき対象なんだ。しかし、なぜそうなったのかはまだ解っていない。確かめなくちゃいけないことがごまんとある。それは君の協力がないと達成できないものもあるわけだ」


言葉の意味がよくわからなかった。聞き取れはするが右から左に流れているような、ぬめりの多い生物をの片手で掴もうとしているような、すくい上げても手からこぼれていく水のような_。兎に角なにもはいってこなかった。


「でも、そんな複雑なことはずっとあとでいい。空木君、俺たちと“家族”になってくれないかな」


喋り終わった萩さんの目はまた優しい雰囲気に包まれていた。僕の目の前に差し出された腕。

想像の斜め上の言葉に驚きが隠せなかった。


「か、家族、ですか・・・?」

「うん!」


笑顔で竜胆さんは答えた。隣で萩さんも同様にニコニコしている。


「ひとりぼっちは、寂しいじゃん?」


竜胆さんは薄ピンク色に染まった頬を膨らませながら言ったが、僕は理解が追いついていなかった。家族なんて友達みたいに口頭で増えるものではないだろう。しかし、彼らは僕と違う価値観を持って生きてきたから当然であるのかもしれない。僕の脳裏は疑問符で埋め尽くされる。


「先程から、仰ってる意味がよく...わからないのですが」


反射的に出てしまったんだと思う、そんな言葉に萩さんは頷きながら答えた。


「当然すぐ信用してもらえるとは思っていないよ、空木くんさえ良ければ友達からはじめさせてくれないかな。混乱させてしまってごめんね」


金髪の長い前髪を役者のようにかき上げ、微笑んだ。目付きこそ良くないが先程まで前髪で隠れていた高く小さい鼻が彼の顔が整っている事を意味していた。薄い唇は薄幸そうに見える。

プロポーズを受けているのだろうか?そんなどういう風の吹き回しだろうか。僕には今、分からないことの方が圧倒的に多い。それは人生を凝縮したような時間。二人の熱い眼差し。僕の理解力が乏しいのかとにかく、訳が分からない。

ギャルゲーだったら間違いなく駄作で有名になるタイプの告白だぞ。いや、今後の展開によっては神作かもしれない。どこかしらで立ったフラグがいい感じに回収されれば...そう、おばあちゃんと出会って認められて結婚とか。いや駄作っぽい。最もギャルゲーといったものは僕の専門外だからこればかりはよくわからない。


でも、しかし僕は一体これからどうやって生活していく?これまでのライフラインが止まっている可能性は十分にあるだろう。家から見える学校の方面は煙が上がっている。焦げ臭いものが風で流れてくる。おばあちゃんは無事、団地の皆も逃げた?ダメだ僕が考えてわかるはずがない。萩さんも竜胆さんも「僕のために」作られた場所だと言っていた。そんな突然に世界の主人公になったみたいな事ってこんなにも嬉しくないものなのか!僕は今ものすごく、寝っ転がりながらポクモンをやりたい。ランキング2桁になんて成り下がるものか。しかし悲しくもそんなことを考えている場合では無い。


彼等を信じるべきであろうか?かえって騙されている可能性は?しかし誰が学校を爆破する許可を出すのだろう。否、僕の平和的思想がこの世界に通用しないのなら学校の爆破くらいは容易いものなのかもしれない。空木 良定誕生13周年!人は突然世界線が変わっても意外と馴染めるのではないか説〜!そんなもの立証させてたまるものか。でもみんなの服はやたら精巧に作られているし、制服って安価では無い上に、血だらけの人とか、あの陸軍自衛隊のような服も、遠目にしか見ていないが血痕だってクオリティが違う。あの真っ赤な色は血であろう新鮮な。鮮血、怪我した時に出るような赤__。

そうだ!キョウさんは何か言っていたよな。いいことがあるみたいな、くそ、ハッキリと思い出せない。確かに何か言っていた。まるで知っている感じ。ええと_了解って。誰かと喋っていた?生きろよって、キョウさんも僕を騙していた一人?そして何かを伝えた結果がその4文字で...。だめだ。彼女の言っていた「いいこと」がわからない、キョウさんが飛び降りてすぐ竜胆さんが来た。_黎明ってなんか竜胆さんが言っていた、そういえば。


自分の考えに没頭し、何分経ったのかわからないが竜胆さんはしゃがんでとても眠たそうにあくびをし終わったところ、萩さんは多分僕の答えを待っていたのだろう。先程と同じ体勢で立ったまま団地を見ていた。僕は声を発することにした。


「あ、あの、キョウさんが黎明なんとかって...!すみませんあの友達はどっちかっていったらまあ欲しいんですけどまだ意味わかってなくて!」


く、会話メーターの低さが露呈されてしまう発言になってしまった。構えていないと上手に喋れない、陰を極めし者だから。会話に慣れていないことがバレたかもしれない。


「そう、黎明隊。7人くらいの班が10個くらいあるの。多分キョウちゃんはそれに属してるんだ。特徴は子供が戦うこと。私たちと同じくらいかそれよりちっちゃい子が班の3〜4人にいるんだ」


竜胆さんはパッとこちらに大きな瞳を向け放った。そこにはもう眠そうな素振りはなかった。


「えぇと...子供が戦うってことですか?何と?」

「うーん、アタシたちってことになっちゃう?」


竜胆さんは萩さんに目を向けた。


「まあ、そうだよね」

「ひ、非道ですよ!」

「もちろん殺したりなんかしない。その子たちも戦わさせられているだけだからね、俺達は保護を目的としているよ。空木君、映画とかさ、人体実験ってみたことある?強化人間、みたいな」


どんどん彼の言っていることが恐ろしくなってきていることが僕にはわかった。


「実在するんだ。それ。同じ人類とは思えないハイパワーで俺らと歳がさほど変わらない子達がね。そういう子がいるのが黎明隊。大の大人数人がかりで飛びかかっても全員を返り討ちにする女の子、一晩で70人近くを切り裂いた13、4歳。大人のエゴで与えられた力、洗脳され命令を聞くことしかできない子供たちを救うため俺たちは日々勉強をしているんだ」


淡々と喋り終えた萩さんは苦しそうにも見えた。寝不足なのか隈のある目元にはやけに力が入っていて、何かを決意しているような...僕と目が合うと途端に出会った時と同じ顔に戻る。


「ハイパワー...人間...?」

「うん。正直黎明隊は不明分子が多いんだ。調べても調べても新しいことばかり。言ってしまえばみんな超能力者みたいな類。空木くんと接触していたと思われる栗色の髪をした少女らしい子は知っている限り黎明隊にはいない。けれど隠し球なら俺たちが把握出来ないのも当然ではあるんだ“見つけさせたくない”からね」


キョウさんが隠し球...僕を騙すための。いや、どういうことだ?そもそもなぜ僕に焦点があてられているのだろう。できる限り僕はこれからもeスポーツとしか関わりたくないけれど現実はそう上手くいかないってことか...?l○lで食っていこうと確信したことがいけなかったのか。

昨晩はポクモン対戦しかしてないが、正直フラウィゴンを入れてもあんなに圧勝できたのは気分が良すぎて録画回してて良かったと思った。クリップまでしちゃったし。違うそうじゃない。集中しろ良定_!フラウィゴンを弱いと言うやつなんて人生が上手くいっていない自宅警備員だけだろう。だからつまり、僕は注目されるような人生を歩んじゃいないし歩むつもりもない。歩むのはプロゲーマーになってから。だから!今は誰かのモブくらいがちょうどいいのだ、だからそう、今では無い!そう、今では無い!だめだ、ゲームができていないせいか思考が上手く働かない。


「そういえば空木君ってゲーム好きなんだよね?うちにストファイト結構強いきょうだいがいるんだけど...」

「え!?ぜひよろしくお願いします!」

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