episode 5 なったらいいのにな [終]

 それからしばらく固まっていた私が胸に手を当てて大きく息を吐くと、宇未くんは私と二人きりだし、黙っていられなくなったらしい。やがて打ち明け話を始めた。

「昨日の……、明日話しかけてきたら絶交って話だけど、あのけんかには深いわけがあるんだ」

 私は彼を振り返り、静かに聞くことにする。絶交の話になっても自分が絶交されたかよくわからないけれど、うんうんと頭だけで相づちをうった。彼は真剣な瞳で話を続ける。

「昨日、C組の羽田愛美が俺に告白するっていう情報をつかんだんだ。それで――実は俺、ええと、恥ずかしいけど、その、前から彩と両想いなんじゃないかって思っててさ。別にあの、いじめから助けた思い上がりじゃなくて、考えた末の結論、なんだけど」

「…………」

 えっ、彩と――私と両想い? 両想いって、本当に? 私の恋までばれてるってこと?

 顔を真っ赤にした宇未くんに私はしゃべっていいとしても何も言えない。彼の気持ち、あまりにとんでもない本音にひ弱な心臓がひっくり返り、一緒に赤くなってるに違いない私は両手でちかちかする目を覆ってしまう。短い髪に半分隠れた耳で彼を吸収しようとする、さすがににおいをかぐのは怖かった。

「だから、羽田がこれまでにやったみたいに、彩と争いになって俺たちの恋を壊されたくないから、彩に絶交だと言って、告白される今日一日彩が俺のそばにいないよう仕向けたんだ」

 声から照れが薄くなって熱心さ、必死さが強くなる彼。何とあのけんかは計算だったのか。でもだからこそ彼は思わず笑みをこぼし、またすんなり「明日」と言えたのだろう。

「なのに今ここで三人が出くわしちまったら、あいつに俺たちの恋を壊されると思って、とっさに彩まで引っ張ってきちゃって……。本当は俺だけ隠れれば良かったよな」

 視界のない私は宇未くんが発する〝音〟に本当にうっとりしていた。そして彼の声は明るさを取り戻し、「まっ、こうなったからって彩に本当のことを言わなくてもいいんだけど。でも羽田がいるって言っちゃっただろ? 羽田から隠れたうその理由を思いつけなかったんだ」と最後は笑う、いやまた照れているのか。私は顔から手をどけて大好きな彼を見つめ――なんてことになったらいいのにな。

 ツゲの裏に隠れて一緒に愛美さんを見送った宇未くんは、しばらく固まっていた私が胸に手を当てて大きく息を吐いても本当は沈黙しており、彼の打ち明け話はすべて私の妄想だった。彼が誰に恋してるかわからない、私の片想いのままなのだ。

 片想いって、ときどきあこがれそうになる魔の言葉。私は違うと思いたいけれど、たとえ昨日の彼に「もし明日話しかけてきたら絶交だからな!」と言われてなかったとしても、今日はまだ告白できそうになかった。

 ああ、ついさっきは明日朝一番に駆けつけて告白するつもりだったっけ。明日もたぶん、無理かなあ……。

 私がショートカットのくせに頭の重みでうなだれると、至近距離に宇未くんという大切なときにお腹の怪獣がぐうぐうわめきだした。そう、あれから何も口にせず走り回っていたのだ。どうしよう、いや気にちゃだめ。普段から隣の席で聞かれてるに違いないんだから――と、音が風に散りやすい外の世界でも怪獣語を聞いたであろう大好きな人が、何とか顔を上げた私の瞳を突然弾丸のようにのぞき込んでくる。

 え……っ、

 しかし宇未くんのあれ気味の唇は私が期待する恋を描けずに震えるばかり。らされて口からあふれそうな胸のどきどき、目の前の彼はこれからどうするつもりなのか、私はしだいに自分より彼を応援したくなってきた。

 だって、告白はがんばらなきゃできないことだもん。


          了


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ところで、登場人物の名前(というか苗字)は、空港のある市町村名または地名です。ストーリーとは何も関係ないし、優依の苗字「豊山とよやま」は本文に登場してません。ごめんなさい(笑)。


伊丹 彩 =兵庫県市――大阪国際空港

曽根 宇未=福岡県北九州市小倉南区大字――北九州空港(初代)

羽田 愛美=東京都大田区空港――東京国際空港

豊山 優依=愛知県西春日井郡町――愛知県名古屋飛行場

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本日は告白できません 海来 宙 @umikisora

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