第7話
「先に、約束の金をいただきます」
男は帽子をかぶったまま、段ボールを開け、なかからボストンバッグを取り出した。茂雄はキッチンの床下にあると男に言うと、すぐに立ち上がり、ふたを開けた。紙を数える音が聞こえる。几帳面な男だった。しかしそれの方が仕事としては信頼できる。
「確かに、一億、いただきます」
「じゃあ、依頼内容は……」
「丸川文太をはじめとする丸川家殺害を実行いたしましょう」
「ありがとうございます」
茂雄は深々と頭を下げた。ようやく文太の支配から脱却することができる。この地獄の日々から抜け出せるなら全財産なげうってもかまわなかった。
「それにしても、どうやってあいつらを殺すんですか?」
「それはあなたには話しません」
「はあ」
「あなたを除く丸川家が何者かに殺害されたことにします。警察は間違いなく、あなたを最も有力な容疑者として扱い、事情聴取を徹底的に行うと思います。そのときに犯行内容を少しでも知っていたら、それをこぼしてしまう可能性があります。そうなればあなたは終わる」
「じ、じゃあ、私は、どうしたら……」
「あなたがいつもしている習慣はありませんか」
「習慣……。朝に文太の許可を得て散歩しています」
「何時ですか?」
「五時から三十分ほどです」
「ではあなたが散歩中に実行することだけお伝えします。日程はわかりませんし、お伝えすることもありません」
男は帽子を目深にかぶり直して家を出ていった。
文太たちが旅行から帰って来てから二週間経過したが、一向に殺されなかった。やはり一億円はだまし取られたのだろうか。毎日散歩帰りが胸を躍ったが最近は違う動悸が激しくなっている。
それでも一ヶ月が経過した頃、いつものように散歩に出かけた。その帰り、遠くい家が見えたとき、茂雄は鼓動が激しくなった。リビングの勝手口から煙が出ている。
ついにか――
茂雄は声が出そうになるのを必死にこらえた。老体に鞭打ってドアを開けると、黒い煙が一気にはみ出してきた。
「丸川さん、あぶねえよ」
向かいに住んでいる鈴木の息子が茂雄に抱きついた。
「家族が、全員中にいるんだよ」
茂雄はそう叫んでいた。演技しているわけではなかった。妙に自然に口から出た言葉だった。
「あんたも死んじまうだろ!」
茂雄は鈴木の息子の力に抗いつつ、頭の中では幸子や健介の若かりし頃を思い浮かべた。後悔が押し寄せると思ったが、火とともに良心も燃えてしまったようだった。
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