第6話
陳謝を繰り返したおかげで、茂雄は手足の拘束を解いてもらうことができた。文太に深々と頭を下げると、「八十も超えると、学ぶことが難しくなると思うけど、さすがにわかってほしいな」と呟かれた。健介の舌打ちがこぼれた。
見てろ、俺は洗脳されないからな――
茂雄はドアを開けて出ていく文太を見送りながら心の中である決心をした。
文太は東大を卒業した。てっきり東京で就職か官僚にでもなるのかと思いきや、実家に戻って地元で起業すると言い出した。
茂雄を除く家族は文太の決意をすぐに受け入れ、そればかりか資金も差し出すほどだった。
「ありがとうございます。これで僕の理想とする会社が作れると思います」
茂雄も無駄な争いを避けるために練習した笑顔を振りまきながら、一千万円を文太の口座に振り込んだ。
「お父さん、気持ちはありがたいですけど、一気に一千万円をもらってしまうと贈与税がかかるじゃないですか。今度からは毎年百十万円を小分けにしていただけますか? ……ああすみません、お父さんは先が短いことを考慮されて一気に振り込んでいただけたってことですよね。僕の頭が回りませんでした」
文太が頭を下げると、茂雄は「気が付かなくて済まなかった」と同じく頭を下げた。
「父さん、もっと文太のことを考えないと。税金に苦しむ姿は見たくないだろ」
「この人は、昔から気が向かないんだ。今みたいに恋愛して結婚するなら私は確実に違う人を選ぶね」
健介と幸子からの罵倒に殴りかかりたくなるが、すっかり老いぼれてしまった体では返り討ちにあうことは必然だった。
「じゃあお父さん、しばらく家のことよろしく」
文太は家族を引き連れて家を出ていった。茂雄の振り込んだ金でハワイに一週間旅行に行くのだという。茂雄はこの時を待っていた。文太らが出て行ってから一時間するとインターフォンが鳴った。
「宅配便です」
男が名乗ると、茂雄はすぐに玄関を開けた。男は段ボールを両手に抱えながら素早く玄関に入ってくる。
「窓のシャッターを閉めてください。急いで」
「ああ、すみません。忘れていた」
男の催促で急いでシャッターを閉めた。ガラガラとやかましい音を立てながら閉まる。向谷隣の住民が気になるが、人の気配はなかった。男は段ボールを玄関に置いてリビングに通した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます