第8話

 家からは四人の焼死体が見つかった。みな黒焦げになっていたが、幸子、健介、明美、そそして文太だとはすぐに理解できた。警察にはもちろん事情聴取をされた。自分だけ生き残っているのでかなり疑われたが、健介のDNAの付着したタバコが見つかったということで、寝たばこが原因とみなされた。健介はタバコなどしなかった。きっとあの男が暗躍してくれたのだろう。

 皆が亡くなってから茂雄は一人、アパートに引っ越した。家族がいない生活は自由だった。文太の指示通りに幸子に罵られ、健介や明美に暴力を振るわれていたときは、それでも孤独になるよりマシだと思っていた。しかし、苦痛に我慢しきれずに殺し屋に依頼し、実行に移してもらって本当に良かった。家族というのは束縛でしかなかった。自分の血を分けた息子も、ある意味では赤の他人でしかないのだ。妻の幸子や明美はなおさらそうだ。

 茂雄には同年代に恋人ができた。スマートフォンを駆使し、高齢者向けのマッチングアプリを利用していた。家族を殺したことへの後悔や罪悪感、そして悲しみは微塵もなかったが、気になっていた芳子の前で悲しそうにするそぶりを見せると同情してくれ、いつしか、手を繋ぐようになっていた。下半身はもう盛り上がらなくなってしまったが、人生の終わりを芳子と一緒に迎えられると思うと満ち足りた日々だった。

 ただ、同居はしたくなかった。また家族のようになってしまうと、あの洗脳された日々になりかねない。若い恋人同士、たまに会える関係がちょうど良かった。芳子も同じことを望んだ。

 初めて芳子を自宅に誘ったときのことだった。芳子はしきりに部屋のあちこちを視点を定めずに観察していた。

「そんなにこの部屋が珍しいのか?」

「いや、そんなことはないけどねえ」

「じゃあ、どうしてそんなにキョロキョロしてるんだよ」

「実は、いえ……、やっぱり言うの止める」

 茂雄さんの気を悪くするのは嫌だから、と言って芳子は口を閉じた。それでも茂雄はしつこく食らいつくと、芳子はため息をついた。

「怒らないでね」

「よっちゃんに怒るわけないだろ」

 芳子は椅子から部屋の角を見上げた。

「あそこに女の人がいるの。年は私たちと一緒くらい」

 聞けば芳子は幼いころから霊感があると言い、日常生活でも幽霊を見慣れているため、特段恐れることはないらしいのだが、やはり部屋内にいるとどうしても気になるという。

「老婆、というわけかい?」

 茂雄は笑みをつくりながら言うと、芳子が頬に手を当てて考え込んだ。

「なんかね、茂雄さんのことを、すごく恨むような目つきで睨んでるのよ。もしかして亡くなった奥さんだったりして」

 茂雄は突然動悸を覚えた。

「体の特徴はどんなのだ?」

 芳子が言った特徴はどれも幸子に当てはまるものだった。極めつけは肌が真っ黒に焦げているということだった。

 夕方頃に芳子を家まで送り、茂雄は再び部屋に一人きりになった。芳子が眺めていた部屋の角には何も見えなかった。


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