第4話

 文太は順調に成長し、十八歳の成人を迎えた。茂雄と幸子は八十一歳、健介は四十歳を過ぎていた。七十歳を過ぎてから身体が限界を迎えたが、健介が仕事の忙しい傍ら、文太を積極的に子育てしていた。さら健介は文太が十歳のときに結婚し、妻の明美がアパートに潜り込んだ。明美も理解がある女性で文太のことを実の息子のように育てていた。内心、幸子にとっては嫉妬が宿ったが、明美は幸子も実の母のように慕うだけでなく、ときには気兼ねなく喧嘩できるほどの仲だったので、憎らしいということはなかった。

「皆さん、今までありがとう」

 成人式に向かう直前、スーツに身を通した文太は奇妙な家族に一礼した。

「まずお母さん」

 文太は幸子を向いた。

「小学生のとき、参観日でお母さんが来て、一人だけ年齢が大きく違ったので、俺がみんなにからかわれていることを気に病んでいたこと、僕は知っています。確かに僕は当時は何でお母さんだけこんなに年寄りなんだろうと少し思っていました。でも今は違います。お母さんは僕のお母さんで良かったと心から思っています」

 幸子は灰色の瞳から涙があふれだし、皺だらけの頬に流れていった。

「次にお兄ちゃん」

 健介は「何だよ」と言いながらも照れくさそうに鼻をつまんだ。

「お兄ちゃんはお父さんやお母さんが体が動かしにくくなってからより、僕の面倒を見てくれるようになったね。僕は勉強が苦手だったけど、お兄ちゃんに教えてもらったのが一番わかりやすかった。東大に入れたのはお兄ちゃんのおかげです。でも僕はお兄ちゃんが元々勉強できなくて、僕のために事前に予習して教え方まで練習していたこと知っています。本当にありがとう」

「わざわざ言うなよ。俺はバレるのが嫌なんだよ」

 健介はそう言いながらも鼻を赤らめていた。

「明美ちゃん」

「なあに?」明美はゆったりとした口調で返事した。

「明美ちゃんは僕のことを本当の息子のように接してくれて嬉しかったです。お母さんが嫉妬してるのは肌で感じてたけど、それでもなんだかんだお母さんと明美ちゃんが仲良かったことは知っています。将来は明美ちゃんみたいな人と結婚したいな」

「もっといい女の人がいくらでもいるよ」

「おい、じゃあ明美と結婚した俺がどういえばいいんだ」

 健介の皮肉に全員が笑いに包まれた。

「皆さんのおかげで無事に成人を迎えられました。じゃあ、行ってきます……」

「あ、ちょっと待て」

 茂雄はかすれた声で文太を呼び止めた。

「文太、みんな一人ひとりに感謝してたのに、俺だけ何もないのか」

「……お父さん、まず、僕のことを文太ではなく、文太さんと読んでくださいっていつも言ってるでしょう。お兄ちゃん、お願い」

「わかってるって」

 健介は椅子に手足を縛られた茂雄の頬を平手打ちした。

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