第2話
赤ん坊は幸子に文太と名付けられた。茂雄が警察に通報しようとすると幸子がスマートフォンを奪い取った。
「警察何か通報したら文太が取り上げられるじゃないのっ」
ヒステリックな囁きがリビングに響いた。途端、文太が顔をしかめて泣き始めると、幸子は母親の顔になって「ヨチヨチ」とあやし始めた。茂雄が何度言っても幸子は聞かなかった。
「もし通報せずに警察にバレたら、俺らが犯罪者だ」
「犯罪者になってもいい、文太を守れたら」
「馬鹿言うな」茂雄は言った。「犯罪者になって勾留でもされたら、文太は児童相談所に送られて正式に里親とか養子縁組する機会も亡くなる。でも、自分から警察に通報すれば、あとで里親にできるんだ。幸子、お前、文太の母親なんだろう、ならお前が正式に、この子の母親でいられるために、通報しようって言ってんだ」
幸子は初めて茂雄の言うことを聞いた。
しかし、警察に通報してからが長かった。夜勤明けでまったく眠れない中、いくつも質問をされた挙句、いったん警察が文太を預かって児童相談所に届けると言ったときの幸子の暴れようはすさまじかった。警察官に向かって拳を振り上げたときはとっさに間に入って茂雄が体で受け止めた。もし拳が警察官に入っていたら、隔日に公務執行妨害だったはずだ。
「この人たちは、文太が健康かどうかちゃんと調べてくれるんだよ、落ち着けって」
騒いでいると階段から足音が聞こえた。ここに来て初めてニートの息子、健介が姿を現した。
「うっせえな、眠れねえじゃねえか」
健介が一言呟くと、制服を着た警察官に一瞥をくべた。
「逮捕されんのか? 親父とお袋」
幸子は口を結んだまま健介へと向かうと、凄まじい勢いで平手打ちをした。
「邪魔は部屋に籠ってろっ。それか出てけっ」
健介は涙ぐむと階段を駆け上がっていった。幸子が健介に手を挙げたことなどただの一度もない。文太が来てから幸子の性格が凶暴性を生み出したように思えてならなかった。
「お母さん、ここはいったん警察に任せてください」
結局児童相談所の担当も来て、文太は引き取られていった。そのときの幸子の絶望した顔は実の両親が亡くなったときにも見せなかった深い悲愴感に覆われていた。
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