2-3 黒服の二人組③
「アッレ、レーー?⭐️」
などと女はよっぽど意図しない事でも起こったのだろう。素っ頓狂な声を出して困惑している。だいぶ驚いている様子なのだが、この女はこういう時も変わらず笑顔のままだ。
「こ、困ったな」
「うん、ホントだねー⭐️」
男の方は完全に焦り出して営業スマイルをやめてしまう。彼は胸元からスマホを取り出して、いよいよ深刻な事態が起きたとばかりに、泡を食ってどこかへ連絡をし始めた。
「先輩、時間押してるネ⭐️ このあと田中さんの所へ行かなきゃだよ〜⭐️」
「ええ。分かってます」
なかなかスマホは繋がらないようだった。そうして受信待ちのスマホを片手に、二人は私に背を向けてヒソヒソと会話を始めた。
さっきからこればっかりだな。
「‥‥この人、そもそも、ちゃんと手順踏んでるんですかね?」
「‥‥ちょっと待って調べる⭐️(タブレットを見て)あ、やってる⭐️ けど、もー、ウミちゃん、テキトーだな⭐️」
再び私をそっち抜けにして二人組は、また分からない内輪の事情を喋り続けている。私はずっとなんのこっちゃの状態だ。
「ちょっと、込み入ってまして、待っててくださいね」
と、男が振り返って申し訳なさそうに言ってくる。
トラブルが起きてから彼のスマホはずっと応答を待っている状態だ。恐らく彼らが派遣されてきた上の機関か何かに連絡を入れて伺いを立てているのだろう。
「うーん。じゃ、田中さんのところに急いで誰かを行かせなきゃだね⭐️」
それを黙って見ているだけでなく女の方も機転をきかせて対応に取り掛かり始めたようだ。彼女もスマホを取り出してどこかへ連絡するようだ。
待ちぼうけを食らい、ずっと二人の様子を見つめていた私と黒服の男の目が合う。彼はスマホに耳をつけたまま、こちらに向かってペコペコと頭を下げてくる。
「本当にすみませんね」
その慇懃な様子に納得して、私は男の謝罪に一つ頷き、言われたとおり待つ事にした。
しかし、しばらくしても問題は収拾つかないようだった。黒服の二人は、繋がらない電話を片手に持ったまま、他の対応策やら何やらの内輪の事情というやつを話し続けている。
そう言えば生前勤めていた会社の事務たちもトラブルが起きた時はこんな感じだったなと思って、懐かしくそれを眺めていた。
などと考えていたら、
おっと、急にモヨオしたくなってしまったな。ジジイなので近いのだ。
それではちょっと失礼して‥‥。
「ダメー。こっちもヘルプに連絡つかないや⭐️ あ、ウミちゃん。絶対ウロウロしてどっか行っちゃダメだよ⭐️ 待機だよー⭐️」
言われてしまった。
仕方がないので私は続けて待つ。
それにモヨオしたいというのも気のせいだったようだ。死んで霊体となったこの身に小便など出るはずもなかった。恐らく生前の習慣的な記憶を引き摺ってしまっていたのだろう。
「(スマホ)かかりませんね。ふむ、困りました。上でも何かトラブルがあったのでしょうか‥?」
「ん〜〜⭐️ いつもはすぐに取ってくれるはずなのに⭐️ なんですぐに取ってくれないのー?⭐️」
二人は引き続き、内輪の話をして慌ただしくしているが、私は暇だ。
いよいよ堪えようもなく飽きてきたのだが、動くなと言われているので有意義に時間を潰す方法もない。
やれることと言えば鼻くそをほじくる事ぐらいだ。私は鼻から取り出したソレを造形して芸術まで高める作業をしていた。
ふむ、満足な出来に仕上がったところで、その芸術品を人指し指でピンと飛ばす。
すると当然、鼻くそは地上に落ちてゆくのだが‥。
おお、そう言えば、(鼻くそに)実体がある。あの落ちていったヤツ、地上の誰かにくっつかないかな、などと思っていた。
「うみねこ様、ここはあまりいい場所ではないから、私たちのいるこの場から離れないように気をつけてくださいね。––––あ、繋がった」
「そうそう。危ないよー⭐️ 願望を垂れ流しているとフツーに幻覚とかあるし、それにここって綺麗に見えるかもしれないけど、あいつらが平気でうろついている場所だからね⭐️ 見つかっちゃうと、すっごい面倒臭いの⭐️ 惑わしとか。誘惑とか。––––あ、こっちもやっと繋がった⭐️ もしもしー⭐️––––」
私はいよいよ完全に飽きた。
二人を残して、辺りをウロウロとする事にした。
⚪︎
やはりここは神秘的で摩訶不思議な場所であった。
空の上をのんびり散歩しながら楽しんで、二人から少し距離があいた時である。
空というのは海にも似ているので、そんな風景をぼんやり眺めていたら、ふと何気なく釣りでもしたいなあ、と思ったのだった。
本当に何の脈絡もなく、そう思っただけなのであるが‥‥。
すると突然、目の前に釣り道具一式が出てきたのだ。
おお、と心で歓声を上げ、私はそれらを手に取り確認する。間違いなく私が普段使っている装備一式であった。
ならばと思い、
––––
と念じた。
すると先ほどと同じように釣竿が出てくる。
漆黒に輝くそれは、間違いなく私が改良を加えて磨きに磨き抜いたロッドそのものであった。
だいたいの仕組みは分かった。
私はこの時、すでに目の色を変えていたのだと思う。
必然、ならばならばと思い、次の物を念じた。
––––出よ、私の生涯の夢で、けっきょく夢に終わった憧れのクルーザー!
再び驚くべきことが起こった。
まさに奇跡だった。
私が憧れに憧れて抜いた、購入すれば家一軒の値段にもなるという釣り人すべての夢である船が現れたのだ。
おおおおおおお!
おおおおおおおおおお!
私は嬉々として飛び上がった。
年甲斐もなくはしゃぎ回った。
こうなったら他のことなど考えることなどできない。私のするべきことは一つだった。
何か警告されていたような気もするが、そんなものは速やかに忘れた。
私は小躍りしながら憧れの船体に乗り込み、ワクワクしながらエンジンをかけ、空という大海原へ出航したのだった。
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