幕間二 察知

察知

 駅前のコインロッカーの中に忍ばせていた大き目のスーツケースを開けてみると、黒、紫、藍色、深緑、紅色、灰色の巾着が所狭しと並んでいる。

 俺は、自らの頬がニンマリとつり上がっているのを自覚せざるを得なかった。

 そのスーツケースの中にまた一つ、深緑の巾着を放り込む。

 そして、まだ空の、少し濁った白の巾着二枚を手に取った。

 ――残るは、あと二か所。

 そこが終われば、いよいよ“本丸”ということを考えると、ブルリと身体が震えた。


 ――待ってろよ、史。もうすぐ、会えるぞ。


「なあ、丹原君、まだ、ボイコ先生には連絡つかないのかい?」

「それが、どうやら……」

「まあ、少ない休暇を楽しんでいるならね、それでいいが」

 と、背後を二人ほどの気配が通ったので、突発的に俺はスーツケースを閉める。

 ――全く、恐ろしい。

 俺は、そのまま漆黒のスーツケースを引いて、改札に向かって歩き出した。




 “本丸”が待ち受ける県に入り、目的の駅前で降車する。

 この辺りはまだ都会で、香水と煙草が混じった不快な臭いが鼻を濡らしてくる。


「フッ……マジでか」

 鼻から、不覚にも嘲笑が漏れる。

 駅から徒歩十分の公園に、お目当はあった。

『要石』

 これまでに比べて大き目の、丸く磨き抜かれた黒めの石は、しめ縄のようなものを巻かれて鎮座している。

 隣の石碑には、

『地震、洪水の絶えなかったこの町であった。とりわけ、この石が動いてしまった時は、行方不明者が多数出、今でも見つからない者も数多くいる。そこで、近隣住民らによってこの石が祀られたところ、大きな災害は起こることが無くなったため、この石は『要石』と呼ばれている』

 と、彫られていた。

 ――馬鹿馬鹿しいにもほどがあるだろう。

「あ、これ? これを動かしたら、変な世界にワープしちゃうみたいなやつ」

「これだろ。でも、これ結構重そうじゃね?」

 スマホを構えた二人の若い男が、しげしげと石を見つめている。

 俺は、そっと裏側に回り、石のすぐそばの地面を掘った。

 ――ビンゴ。

 三回スコップを入れただけで、白いものに当たった。

 その周りの土を丹念に覗き、そっとそれを取り出す。

 道行く者の視線が背中に刺さっているようなくすぐったい感じがあって、俺はすぐにそれを、白い巾着に入れた。


「ちょっと、君!」


 と、背後から声がした。

 振り向くと、名前は分からずとも、見覚えのある中年が拳骨を振りかざして走ってくる。

 ――そんな、ドスドス言うような走り方じゃ、追いつけるわけないだろ。

 軽く掘ったところを埋めてから、俺は走り出した。




 墨の日本地図の、一番大きな点のすぐそばに、俺は赤ペンでバツ印を入れた。


 ――史、あとちょっとだ、もうすぐだ。


 脳内で、先程の半分にもう半分が合わさって、細長く角ばった頭蓋骨がお目見えする時を想像すると、下腹辺りが高ぶる。

 と。

 

 カタカタン、カタカタン、カタカタン


 頭上の網棚の上で、スーツケースが震えて音が鳴った。

 電車の小刻みなリズムからどこか外れた、小さな金属音。

「あれ?」

「なんか、ちょっと揺れてる?」

 車内の向かいの中年女性二人が、ヒソヒソ話のつもりであろう声で話している。


 ピコン


 スマートフォンが鳴った。


『神生町で、震度五の地震発生』


 胸に、テレビの砂嵐並みのざわめきが起こり始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ヨモスエソワカ、ヨモスエソワカ。 DITinoue(上楽竜文) @ditinoue555

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ