十三
脳内がフリーズした後、ぐちゃぐちゃに搔き回された。
この人は、何を言っているんだ。
「もうちょい下の方の、登山道が無いところに川があって、そこに泳げるような平らな場所があったんや。そこで、あいつは、三本は……なあ」
また、ウラベは遠い目をした。あの世の友人と、心を通わせているようにも思えた。
「まあ、そういうわけで、俺は元々、その“末”を知っとったんや。十年前まで住んどったし」
それがまた、随分最近の話だった。
「なんかな、末に献金しすぎて潰れたような会社もあったりしたしな……。そこの娘には、真須美も小さい頃可愛がってもうてたんや。親が離婚して大変やったりしたのに、しっかりした子でなあ」
懐かしそうな顔をして、ウラベは空気を腹いっぱいに吸っている。
ふと隣を見ると、ボリスは少し顔をしかめて、息を吸うウラベの鼻先あたりを見つめていた。
――ウラベさんは、あんまり“末”にいい印象を持ってなさそうだな。
「一個、質問してええか?」
と、ウラベはこちらを向いて尋ねた。
「ハイ?」
「今、あんたの恋人……ハーニャさんとその友人たちは、死をひたすら繰り返す残酷な空間におる。それでも、あんたは、永苦の間を消したくないか?」
景色が、一瞬ガクンと揺れた。
――確かに、ハーニャは今もそこで苦しんでいる。
胸がキリリと痛む。
ボクもハーニャも末の信者で無いのに、なぜか永苦の間にいる。
――それが消えてしまえば。
確かに、ハーニャらはそれ以上苦しまずにはいられる。ただ、その瞬間に、まだどこかにあるかもしれないハーニャの存在は消えて……。
脳の様々な考え、情報がぐちゃぐちゃに攪拌される。
「……どうや」
「消したくないです」
彼の目がこちらに迫ってきたような気がして、ボクはとっさにそう答えた。
――まあ、霊場刑部が復活すればえらいことになるっていうのは言われてるし。
自分の答えを正当化するような頭の声が、どこか後ろめたく感じた。
「よし、ほな、志は同じや」
ポン、と、肩を叩かれた。
「なんか、霊場刑部を復活させようとしとるアホんだらがおるらしいな」
「エ、ナ、ナゼソレヲ?」
そう言えば、この話をウラベとしたことは無かった。
「おう、まあな、ぶっちゃけて言うとな、俺はその全身真っ黒な男が、真須美が失踪したことの鍵を握ってると思うんや」
彼の目の奥に、炎が見えた。ギラギラ燃えたぎる、灼熱の炎だ。
「やから、娘を取り戻そうと調べる中で、三本を失った要山は末の聖地ってことやからな、訪ねてみることにしたんや。そしたら、この情報をゲットした。誰からとは言わんけど」
てわけで、と彼は、ボリスの通訳がまだ終わらないうちにボクの手を取った。
「俺は、真須美を取り戻したい。真須美はまだ生きとるんや。で、あんたはハーニャさんを消したくない。志は、同じやな?」
「ハイ」
とは言ったものの、どこか胸の中に靄が残る。それでもボクは思い切り口角を上げ、目を細めた。
「一緒に、情報共有とかして、それぞれの目的を果たそうやないの」
手を離したウラベは、こちらに拳を差し出した。
頭の中が固まっていたボクは、すぐにボリスの方を向く。
ボリスは、拳をチョンと差し出すような動きをした。
「アア」
ボクは、彼の拳に、自分の拳を合わせた。
「交渉成立や。連絡先でも交換せんか? この経験をしたんは、多分俺らだけやろうからな」
ハーフパンツの後ろポケットにウラベが手を回す。
刹那。
ゴゴゴ……
どこかからか、音がした。地下鉄が駅に迫ってくるのに似た、でもそれに比べれば、どこか不穏な……。
ゴゴゴゴゴゴゴゴォ、ザアザアザアア
木の葉が激しく揺れる音。
地面の石が震え始めたと思うと、次の瞬間、山が爆発したかのように、ボクの身体は地面に吹っ飛ばされた。
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