十一
何やってんのー? ユーリ、起きないと、もう時間だよ、大丈夫?
「ハーニャ……もうちょっとだけ寝させて……」
早く起きないと、ちょっと大丈夫? 遅刻しない?
「もう起きるから……ハーニャ……」
ちょっと、いつまで寝てるの? もう先行くよ?
「待って、行かないで……行っちゃダメだ……一緒に……ハーニャ、ああ……」
ひたり
鼻筋の上の方に、水滴が落ちた。
「ハーニャ……」
サワサワと木々が風に揺すられる音と共に、ボクの身体をひんやりとした空気が包んでゆく。
うつらうつらと目が覚めた。
視界に入ったのは、森林。霧がかかった森林。
「ハーニャ?」
手をついて身体を起こし、キョロキョロと辺りを見回してみる。
山の中だった。
“九十九折り”になった、細い登り道に、ボクは捨てられた空き缶のように落ちているらしかった。
すぐ後ろには、巨大な木がこちらに迫ってきていて、細い道が二手に分かれてその木を迂回し、先へ続いていっている。
――この景色、なんか。
「おおっ、ユーリ! 生きてたか!」
と、頭上から聞き覚えのある声が聞こえた。
見上げても、崖が続くだけで見えないが、足音は少し遠ざかって、だんだん近づいてくる。
「あっ!」
「ユーリ!」
巨木の向こうに、人が現れた。
「ボリス!」
ボクを日本に、そしてこの山に招いた友人だった。
「良かった、どこにいたんだ!」
「ボクも分からないんだよ!」
肩をポンポンと叩き合い、潰れるほどにギュッと抱きしめる。
「ケガは無いか?」
「うん、多分」
「ところどころに擦り傷があるけど……まあ、大したことは無いな」
ボリスは頭についた土をサッサッと払ってくれた。
「こんなに紳士な顔のボリス、初めて見た」
「なんだ、もう一回置いてって欲しいのか?」
「それだけはぁっ……」
二人で軽く笑い合ったところで、ボクは切り出した。
「ところで、ボリスはどこ行ってたの?」
「ああ、それなんだけどさ、ここの頂上までとりあえず登ったら、連絡が来たんだ」
「連絡?」
「そう。昨日行った、寿司屋の“大将”から」
「なんて」
「霊場刑部を復活させようとしている人がいる、って」
頭が少し固まって、霊場刑部という名前が思い出される。
そして、脳裏にはなぜかその名前と同時に、ハーニャがいた空間のカフェのスケルトンマスターが思い起こされた。
「復活? どうやって?」
そう、質問をしながらも、思考は違う場所へ飛んでいる。
――やっぱり、あの人だったのか。
あそこが、“永苦の間”とすれば、そこにいてもおかしくない存在ではある。さらに、自分の居城とも語った。
脳内に、分厚いボロボロの書物が浮かぶ。万物事始書紀、にはスケルトンの絵も、挿入されていた気がする。
この山は――。
「刑部が殺されて、半分以上はまとまったけど、その残りは全国各地に分散されたって言ったろ?」
「うん」
「その遺骨を全部集めて、身体の形に組み合わせるんだ」
脳裏で、その様子を想像する。
セピア色の景色の中で、褐色の骨を一本一本、人の形に並べる数人のみすぼらしい服装の男たち。邪気を呼ぶような、日本古来の呪いの何かのような……。
ゾクッ、と、ヒルのようなものが背筋を走った気がした。
「そ、それは、誰がやろうとしてるの?」
「名前は分からない。でも、元々、末が信仰される範囲に住んでいて、信者止めてるはずなのに、復活させようとしているっていう」
ボリスは、ボクの手を引いて、上へと促す。
山を登りながら、ボクは訊ねた。
「もし、復活したら……どうなるの?」
「さあ、分からない。ただ、そういうえらい能力がある人だから、とんでもないことになるのは間違いないと思う」
「永楽の間とか、永苦の間はどうなるの?」
口が勝手に、間髪入れずにそう話していた。
――死んだハーニャが生きる場所は、どうなるんだ。
「そりゃあ、それを管理している人間が現世に復活してしまうわけなんだから、当然その空間は消えてなくなっちまうんじゃないか」
胸の少し下の方が、ボッと熱くなった。
「じゃあ、なんとしてもそれは阻止しなくちゃいけないんじゃない?」
「ああ、生き返ったら、最悪、世界が終わっちまう可能性もあるからな」
大真面目な顔で、ボリスは頷いた。
「ひとまず、てっぺんに登ろう」
十分ほど登ってしまえば、すぐに山頂についた。道を塞ぐ藪などは、どこにも見当たらなかった。
「オオ……キレイダネ」
そこまで標高が高くはないが、どこを見ても、パズルのように規則正しく埋められた田園が映える。
山頂には、大きな白い石の石碑が立っていて、その元には、巨大な壺が置いてある。
石碑には、『万世万物乃大神墓』と刻まれている。何と読むのかは、ボクには見当が付かなかった。
「あの、石碑の下に、骨壺が埋まっているんだってさ。見えてる壺はダミーらしいんだけど」
柵に囲まれた一段高いその場所の、さらにその下。ここまで、本当に包んだろうかと胸の奥に疑問が生じる。
が、それも一瞬で掻き消された。
「……あれ、あんたも?」
石碑の裏に、こちらまで鳥肌が立つような、半袖半ズボンにキャップを逆向きにかぶった中年が立っていたのだ。
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