第5話  琴音、勇一の家で。

勇一の家は、琴音のウチから、歩いて5分程の近所にある。

勇一が門の扉を開けると、庭に居る小型の柴犬のペスが、盛んに尾を振って、飛び回る。琴音は、ペスを見て言う。

「犬は嫌いだな…。」

勇一は、驚く。

「なんでよ。こんなにも可愛いじゃんかよ。」

「だって、下品なんだもん。舌をぺろぺろ出してさぁ。みっともなく騒いでさぁ。

犬より猫のほうがいいわ。おとなしいし、気高くて、人間に媚びないからね。」

「猫は人になつかないじゃん。こうペスみたいにさぁ。」

「そこがいいのよ。」


二人は玄関で靴を脱ぎ、階段を上って、勇一の部屋に入った。

勇一は、鞄を置くと、部屋を出時に言う。

「今、チーズケーキを持って来るね。」

琴音は、部屋の真ん中に、ペタンと座り、周りを見回す。

壁には、ボブ・マーリーが、気持ちよさそうに、タバコを吸っている横顔のポスターが貼ってある。あとコンポと、机とベット。小学生には珍しいCDが、数十枚ある。

「お待たせ。沢松。」

勇一が、お盆にチーズケーキの乗った皿と、アイスコーヒーの入ったグラスを、二つづつ載せて、部屋に入ってきた。


二人の付き合いは、幼稚園からだった。家も近所だったので、よく遊んだ。

年長の春には、公園でファーストキスも経験している。


琴音は、チーズケーキを、口に運びながら、勇一を見る。勇一は、琴音の斜め左に座って、チーズケーキを、頬張る。琴音は言う。

「このポスター、ボブ・マーリーよね。」

「ああ、よく知っているね。先月、デパートで買ってもらったんだ。ああ、そうか。

沢松は、お父さんに教えてもらったのかな?」

「ええ。そうよ。だけど、あまり音楽だのロックだの、興味がないわ。勇一君は好きなのよね。」

「そりゃ、もち。中学生になったらエレキギターを買ってくれると、お母さんが約束してくれたんだ。沢松は、中学生になったら、何をする予定なの?」

「それは、別に、いいわ。」

「えっ、何でなの?」

「家族がいるからね。」

「沢松は、なんか、変わっているな。将来の夢とか進路とか考えないのね。また家族ね。そんなにも家族が好きなのね。」

「そうね。大切な家族よ。お父さんやお母さんや久留美がいるから生きている。だから、家族。家族抜きにすると何もできない。」

「家族もいいけど、自分がしっかりしていなくて、どうなの?」

「いいのよ。別に。」

琴音は涙ぐんだ。

勇一は、皿を置いて、琴音の肩に手を置いて言う。

「今、沢松の言ったことは、お母さんになってから、考えることだと思うな。親が家族無しでは生きられないというのならわかる。でも、沢松は、小学6年生だよ。」

琴音は、顔をあげた。

「よくわからないわ。もう、帰るわ。」

琴音は、すっと立ち上がって、カバンを持ち、部屋から出る。

表に出て、小走りに駆けていく。道を真っ直ぐに走っていく。



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