第15話
青い鯨。
少しずつミッションのようなものを課して、クリアのハードルを段々と上げていく。最後には自殺を課して、他人を自死に追い込む、という行為を指す言葉だ。つまりは、自殺幇助である。
あたしは、同じことをしていたのだ。全く同じではないけど、同じようなことをしていた。
あたしが、あの子を死へと導いていたのだ。
あたしのせいだ。
その意識はあたしの中で徐々に膨張していた。あたしがあの子を死に導いたのだと、そう思ってならなかった。
あたしは警察になりたかった。それで人を救いたかった。けれど実際は、あたしは警察に手錠をかけられる側の人間なのだ。こんなあたしが警察になりたいだなんて、笑止千万だ。
あれから時間が経過して、あたしも高校三年生になった。藤ちゃんとはクラスは離れたけど、未だにお昼休みは一緒にご飯を食べるし、週末には頻繁に出掛ける仲だ。
そうせねばならない仲だ。それが、あの子の命を繋ぎ止めているあたしの責任だ。
あの夏から、あたしは物事を純粋に楽しいと思えることが少なくなった。
藤ちゃんと一緒に遊んでも、あの子の後ろ姿が脳裏に去来する。それを忘れて楽しいと心から思えた時、あの子の存在を思い出して罪悪感に襲われる。そして徐々に朧げになっていくあの子の姿を必死に反芻する。あの子の声を繰り返し聴く。そうして、あたしはあたしが罪人だという意識を深く深く刻みつけていく。
受験にあたって、将来何になりたいか、どんなことをしたいかを書かされた。
『人を助ける仕事をしたい』と書いた。嘘ではなかった。中学生の時からずっと思っていることで、ずっと変わらない。
人を二度も助けられなかったあたしがそれをする資格があるのか、迷った。けれど、やはりその文字列は消せなかった。その代わり、警察の道は諦めた。
あたしは別の方法で人を救うことを選んだ。
あたしがあの子に青い鯨幕を被せてから、何年もの時間が経って、あたしは大人になった。
今日もあたしは、人を救うために言葉を繰る。
目の前に座る人の頭上には文字列。おそらく、もうすぐ自殺してしまうであろう精神状態の人。
あたしはその人の目の前に座って、そしてできる限り安心を誘うような柔らかな微笑を向けた。
「初めまして。カウンセラーの天瀬逢鳳です」
もう二度と、青い鯨などしない。
もう二度と、鯨幕は張らせない。
その決意を心の奥底に秘めながら、私は今日も自分の首を絞めるのだ。
青い鯨の幕を引く 完
青い鯨の幕を引く 凪野 織永 @1924Ww
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