第6話 9月 松原植物園
「大人二人ですね。200円になります。ごゆっくりどうぞ」
スライド式の小窓から、おばあさんにチケットを手渡す。
「ありがとう」
品の良さそうなおばあさん二人は、植物園の中に入っていく。話すのも、歩くのもゆっくり。
ここを訪れるお客さんは、年齢は様々だけど穏やかな人ばかりだった。
植物園でアルバイトを初めて二週間ほどが経った。
自宅マンションから電車を乗り継いで40分ほどの、高級住宅街の一角にある。
植物園にしては小さい敷地だけど、周囲と同じ規模の大きなお屋敷が一軒すぽっと建てられるほどの広さ。
遊歩道に沿って季節ごとの花が色とりどりに咲き、ふんわりと甘い香りが漂っている。
日陰を作るためなのか、高さのある木もところどころに植えられていた。
入園料は大人100円、高校生以下50円という破格の安さ。ぜったい敷地に見合っていないと思う。
以前は無料で開放していたけど、植物を荒らされたことがあるらしい。その対策として、入園料をもらうことになった。
という話を先輩スタッフ美鈴さんから聞いた。
山根美鈴さんは製菓専門学校を卒業しているパティシエール。
もう一人いたスタッフは、旦那さんの転勤で退職した。
私はその人の代わり。
仕事は入園料の受け取りと、喫茶の給仕。
事前に作っておいたケーキや、サンドイッチなどの軽食、その場で作るお菓子がメニューにある。
美鈴さんが休みの日は、オーナーである
御年75歳だけど、足腰が強く、背筋も曲がっていない。
趣味はウォーキングだと聞いた。
オーナーの体調が芳しくない時は、ケーキの販売はなし。
そんな緩いルールが、ここには合っている。
植物園を見て回った後、喫茶を利用していた60代頃の女性客が、席を立った。
「スフレチーズケーキセット1500円になります」
「ご馳走さまでした」
女性客は現金で支払いをし、チリリンとドアベルを鳴らして帰って行った。
扉についたベルすらも上品に感じられる。
喫茶の価格はすこし高めだと感じたけれど、場所を考えると適正か、もしかすると安い方なのかもしれない。庶民の私には、わからないけれど。
植物園のチケットを持っている人は、喫茶の利用が当日に限り100円引きになる。
オーナーも美鈴さんもおっとりして優しい。意地悪なお客さんもいなさそう。
働きやすい環境に私は安心して馴染んでいった。
次回⇒第7話 10月 雨の日
おまたせしました。『雨の君』が登場します
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