第5話 アルバイトのすすめ

「うちの会社の会長の奥さんが趣味で、私設植物園をしてるんだって。そこに小さな喫茶店があって、スタッフを探してるって聞いたの」


 私は渡された書類に目を落とす。

 松原植物園の受付と喫茶スタッフ募集、勤務条件が書いてある。

 アルバイトだから、正社員だった歯科に比べると、時給は低い。


「あまり人はこないから、忙しくはないって聞いた。穏やかな性格で、調理のできる人がいいんだって。彩綺なら気が長いし、料理もお菓子も作れる。問題ないでしょう」


「できるっていっても、お金をもらえる腕じゃないよ」


「パティシエはいるから、教えてもらえるでしょう。もし、そこで働いているうちに、本格的に料理とかお菓子作りを勉強したいって思ったら、お金出してあげるよ。彩綺は大学行かなかったから、貯金あるし」


 今まで調理師やパティシエになろうとは思ったことがなかった。

 趣味で満足していたし、厳しいプロの世界に踏み込む勇気はなかったから。


 でも逃げているだけなのかも、という思いが過った。

 喫茶店に勤めたからといって、考えが変わるかはわからないけれど、社会復帰への一歩になるかもしれない。


「もしくは、結婚する? お見合いとかしてもいいよ?」

 考え込んでいる私に、母がとんでもないことを言った。


「結婚!? お見合い!? 」

 びっくりして大声を上げると、母がけらけらと笑った。


「あたしたちの頃は、25歳が結婚適齢期なんて言われてたんだよ。まだまだなんて思ってたら、あっという間にきちゃうよ」


「でも、まだそんな気になれないよ」


「それは相手がいないからじゃない? 好きな人ができたら、一緒にいたいって思うもんよ」


 母の言うとおり。22年の人生で、彼氏どころか、好きになった人もいない。


「お母さんも、そうだったの?」


「そうだよ。お父さんと30で出会って。この人しかいないと思って、あたしからガンガンいったんだよ。あんなにあっさりいなくなるとは思ってなかったけど」


 後半、寂しそうに呟いて、棚の上のお仏壇に目をやった。


 写真の中の父は、私たちに向かって照れたように微笑んでいる

 父は写真があまり好きじゃなかったらしい。

 私を連れて公園に行った時に、母がなんとか撮った写真だそうだ。

 1年後、この写真は遺影になった。


 仕事でミスをして落ち込む母を、なぐさめ寄り添った父。

 最愛の夫を亡くして落ち込む母を助けたのは、仕事だった。


 そしてバリキャリ主婦真弓ができあがった。


 私は母に感謝している。心配をかけたくない。


「わかった。面接行ってみる」


 後日、面接を受けた私は、採用の連絡をもらった。





   次回⇒第6話 松原植物園

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