第33話:潜入

 三宅がこっそりとトイレから廊下に出ると、消灯時間を過ぎた六階の病棟はすっかり静まっていた。

 警備員らしき人間がトイレを見回りに来たときは肝を冷やしたが、掃除用具入れに隠れていたおかげで、誰にも気づかれることなく事なきを得た。


 遠くの廊下に、ナースステーションの仄かな明かりが見えた。看護師や、寝ぼけて起床してきた入院患者に見られないうちに、急がなければならない。


 三宅は靴を脱いで足音を殺し、目的の病室へ向かった。病室前の患者名のプレートを確かめて扉に手をかけると、音を立てないようにそっと開いた。


 病室の中は、ほぼ真っ暗だった。ベッドサイドモニターのおぼろげな光が、僅かに部屋を照らしている。

 三宅は窓際のベッドサイドに近づいて鞄からFREAMを取り出すと、寝ている患者の枕の下に差し入れた。

 意識がないはずなのに、患者が起きてしまうのではないかと慎重に行動する自分に気付いて、静かに笑ってしまう。


 準備を終え、もう一つのFREAMを鞄から出した。

 迷った挙句、念のため持参したヨガマットを床に敷いて、その上に持参した枕を置き、枕の下にはFREAMを敷く。

 窓際に寝ていれば、もし誰かが夜間に入ってきても、気付かれる可能性は低いと考えてのことだった。


 三宅は手元に二つのリモコンを持って、操作した。部屋に響くバイタルの音より早く、自らの心音が鼓動を刻んでいる。

 リモコン側の操作を終えた三宅は、靴を脱いでヨガマットの上に横になった。幸い、空調が効いているので、寒くない。


 覚悟は決めたはずだが、緊張は消えなかった。緊張で寝られないかもしれないと思っていたが、暗闇で目を閉じているうち、次第に眠気は深まっていった。

 バイタルを知らせる定期的な音が、胎動のように耳に心地よい。


 三宅の覚悟と緊張は、眠気と共に薄らいでいった。

 次第に、二つの静かな、ゆっくりとした寝息が互いに呼応するように繰り返された。

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