第28話:南美亜子の秘め事
どうやって帰宅したのか、三宅は覚えていない。気が付いたら、自室のベッドの中に潜り込んでいた。
身体が芯から冷える心地がして、布団にくるまっていても、震えが止まらなかった。
これほどまでに、よるべない気持ちになったことはなかった。美亜子の存在を頼りにしていたのだと、三宅は痛感した。
だが、いったい、いつ?
いつ、美亜子は黒い女に接触していたのか。それに、千紗都や鮎川浩司に見られた体調不良はなかったはず……。
三宅は、息を呑んだ。
美亜子の異変は、生じていたのではないか。ここ数日……いや、つい昨日に。
思えば、彼女は何かがおかしかった。突然、家に泊ると言い出したり、寝る所を相互に監視するなどと言ったり。あれは全て、美亜子が自らを実験体として、黒い女の正体を暴くために、観察させていたのではないか。
だとしたら、いつ、彼女は黒い女の夢を見たのか。
早朝には、夢をシェアして教室の夢を見ていたはずだ。夢から覚めて以降は、美亜子はずっと起きていたと言った。実際その通り、放課後の美亜子は随分と眠そうだった。オカ研の部室では、コーヒーも飲まずにいて……。
——なぜ、彼女はコーヒーを飲まなかった?
閃光が瞬いた気がした。個々では意味をなさない彼女の行動が、一つの可能性に繋がった。
昨日の放課後、部室の美亜子はコーヒーを絶っていたのに、千紗都の病院から帰る時には、自販機の缶コーヒーを一気飲みしていた。
あれは、眠る必要が無くなったからに違いない。自分が優香と共に、病室を離れていた僅か三十分。
その瞬間に、彼女はどうしても眠りにつきたかったのだ。あの時に……。
——FREAMを、使ったのだ。
昨日、美亜子は、自分にFREAMを持ってこいと言ったくせに、使う気配が無かった。
そうではなかったのだ。美亜子自身のFREAMと、鞄に入ったままの自らのFREAM。その両者が、昨日使われている。
片方は美亜子が使い……もう片方を、意識不明の千紗都に使わせたに違いない。
美亜子が何故そんなことをしたのか、今なら分かる。美亜子は、千紗都の夢を共有することで、黒い女に接触しようとしたのだろう。
そこで、彼女は本当に、黒い女と出会ってしまった……。
三宅は、布団の中で拳を握りしめた。顔が、熱を帯びていくのが分かる。湧き上がる感情が、次第に胸を熱くさせた。
どうして、美亜子は一言も、話してくれなかったのだろうか。なぜ、一人で戦おうとしたのか。
昨夜、寒空の下で握った彼女の手が震えていたのを思い出す。あれは、果たして寒さからくる震えだったのか。
彼女は、孤独な戦いの恐怖に震えていたのではないか。
「僕は……頼りないですか。先輩……」
三宅は、布団の中で、押し殺すように呻いた。
そのとき、不意に振動音が聞こえて、三宅は布団から這い出した。ローテーブルに置いた携帯電話が、振動で着信を示していた。
発信元の電話番号が表示されているものの、登録されていない相手のようで、名前までは分からない。
三宅は、肩を震わせた。再び寒気が襲ってくる。
ゆっくりと手を伸ばし、携帯電話を手に取った。既に、コールは十回を超えているものの、止む気配はない。震える指先で着信ボタンをタップして、電話をそっと耳にあてた。
耳元からは風鳴りが聞こえ、人の声はしない。三宅は動揺を悟られないように、息を殺して相手の言葉を待った。
同時に、これ以上聞くべきではないという葛藤がみるみる押し寄せ、すぐにでも電話を切りたい気持ちで手が震えた。
「もしもし」
それは、若い男の声だった。あまり聞き覚えのない声だ。だが、聞こえてきたのが女の声では無くて、三宅は心底ほっとした。
「もしもし。三宅君か」
声の主は、こちらのことを知っているようだった。三宅は、おそるおそる答える。
「……はい、そうですが」
「おお、よかった。いや、よくないか。事態は非常に、よくないな」
「あの、どちらさまですか」
「俺だよ、王登だよ。今、病院からかけてる」
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