第12話:どきどき学園ハーレム部?

 そこは学校で、教室だった。

 机と椅子がいくつも並んでいる。だが、誰もいない静かな教室だった。


 三宅は、辺りを見回した。自分が椅子に座っていることに気が付き、立ち上がる。

 窓の方に近付いて、外を眺めた。雲のない空が広がっている。日は高く昇っていて、あたたかな陽が差し込んでいるのを感じた。


「三宅君」


 静かな教室に、突然声が響いた。三宅は驚いて振り返る。

 そこに居たのは、髪の長い制服姿の少女だった。

 初対面の気がしない。どこかでみたことがある。それどころか、名前も知っている。


「こんどうさん、なにかな?」


 三宅の口は勝手に動いた。そう、この人は近藤さんだった。クラスメイトだ。


「朝、早いんだね」

「うん」


 少女は三宅の隣に並び、空を仰ぎ見た。嬉しそうな声を上げる。


「今日は、チョコレート、回転してるね。好きな本、降るかなあ。三宅君は手術する?」

「そうだね。ホフスタッターだ」


 微笑む少女に、三宅は自然と頷いた。


「よかった。じゃあ学校でね」


 少女は窓を開けて外へ出た。三宅の視界から、彼女は落下して消えた。 

 彼女が学校に遅刻しなければいいが、と三宅は思った。


 物音がして振り返ると、生徒たちが規則正しく椅子に座っていた。

 三宅も慌てて自分の椅子に座ろうとするが、空いている席はなかった。


「こら、三宅君! また忘れたの? しょうがないわね。斎藤さん、お願い」


 白衣の看護服を着た女性が、黒板の前に立っていた。先生だ。

 はぁい、と間延びした声を上げた少女が、立ち上がってこちらに向かってきた。皆がこちらを見ている。


「ほら、使って?」


 短髪の少女は今まで自分が座っていた席を指さした。

 三宅は申し訳なくなって、礼を言ってその席に座った。

 机にはノートと教科書、シャープペンシルがあったので、勉強するのに何の不便もない。三宅はほっと息を吐いた。


 その時、がらり、と音を立てて教室のドアが開いた。

 現れたのは、眼鏡をかけた少女だった。教室が再び、しん、と静まり返る。教室中の視線が、眼鏡の少女に集まっていた。


 その少女には見覚えがあった。焦って立ち上がり、三宅は少女の蛮行を咎めた。


「美亜子先輩! 今は、授業中ですよ! だめです!」


 美亜子は、少女だらけの教室をざっと見まわして、小さくため息をついた。教室の中をすたすたと進み入り、三宅の目の前までやってくる。


「なあ、三宅。これは……」

「先輩、今はまずいですよ。後で、聞きますから」


 三宅は教室中の視線にさらされ、ささやくような早口で美亜子を諭した。

 どうして彼女は、こんなことをして自分を晒しものにするのかと、美亜子を心の中で詰った。


「ふむ。前頭葉の活性化が未熟なのか? これも個人差か……」


 ぶつぶつと美亜子が言う。


 突然、教室中から笑い声が上がった。皆が笑っている。

 三宅は気の遠くなる思いがして、おもわず美亜子の腕を掴んだ。そして、教室の外へ連れて行こうとする。


「三宅、待てよ。これは夢だ」

「何を、馬鹿なことを……!」

「今、何時だ?」

「何時って、それは」


 三宅は教室内を見回した。時計はどこにもない。


「ここは、どこだ?」

「見ればわかりますよ、教室です」

「なんという学校の?」

「そんなの……」


 答えは霧の向こうに消えて、浮かんでこない。


「どうやって、ここへ来た?」


 三宅は沈黙した。美亜子の詰問に対する答えを、三宅は持ち合わせていなかった。どうやってこの教室に辿り着いたのか、覚えがない。


「君は、誰だ?」

「僕は……僕は、三宅雄一です」

「三宅。これは夢だよ」


 急に教室が静かになった気がした。気が付くと、目の前に美亜子が立っている以外、教室には人がいなかった。


「夢……」

「そうだ。認識できたか?」


 美亜子の言葉が、はっきりと理解できた。美亜子の言う通りだ。自分が寝床に入って寝ていたことを思い出した。そして、なぜ美亜子がいるのかも。

 理解できると、三宅を羞恥が襲ってきた。


「……すみません」

「まあ、君が普段どんな夢を見ていようと、私は一向に構わないんだがな。君にも、色々と事情があるだろうし」


 美亜子は困ったように言った。その気遣いで、三宅は無性に恥ずかしくなった。


「おっと。あまり感情を昂らせるなよ。夢から覚めてしまう」


 そう仕向けたのは美亜子の方だろうに。三宅は反論したくなったが、我慢した。その代わりに、美亜子の提案の失敗をそれとなく詰った。


「でも、作戦は失敗みたいですよ。これ、FREAMでセットした夢です。暗闇の少女には、会えないみたいですね」


 美亜子は、さほど気にしていないように平然としている。


「そうとも限らんさ。夢は一晩の間に三、四回は見るものだからな。

 私の記憶の限り、まだ一回目だ。FREAMが真価を発揮するのは、眠りが浅くなる明け方のレム睡眠だろうから、可能性はある」

「そうなんですか? 僕はてっきり、一回だけ夢を見てるのかと思ってました。覚えてるのも、起きた直後だし」

「今みたいな睡眠直後のレム睡眠では、比較的、眠りが深いから脳がさほど活性化していないんだろう。

 だから、夢特有の非論理性や自己認識の欠如が表出しているし、記憶にも残らずにすぐに忘れてしまう」


 美亜子は三宅から離れて、ふらふらと周りを見回しながら歩くと、椅子の一つに座った。


「しかし、夢の中というのは内緒話にもってこいだな」

「シェアリングモードは初めて使いましたけど……そうですね」


 部室で美亜子から夢の話を聞いたとき、夢とは精神世界だと考えたことを思い出した。

 一人で見ているうちは、夢はただのゲーム——箱庭のようであるが、夢の中で他人と交流できるとなれば、夢とは真に〝世界〟であるに違いない。


「これが、君が昨日見ていた夢なんだな」

「ええ。記憶はないですけどね。昨日セットしていた夢と、同じ夢です」

「学園モノ?」


 三宅は言葉に窮した。その通りだが、詳細を素直に答えるのは憚られる。


「そう……ですね。学園生活がテーマです」

「割と人気のある作品か?」

「ええ、それなりに。セールスランキングのトップ50くらいには入るかと思います」

「ということは、アクティブユーザーは数万から数十万はいるだろうな……。起きたら、同様の目撃情報が無いか調べてみるべきか」


 考え込むように顎に手を当てて、美亜子は小さく唸った。


 美亜子の算定は大きく外れてはいないだろうと、三宅も思う。

 肌感覚としては、もし『どき学』のユーザーが暗闇の少女の夢を見ているとすれば、もっと目撃証言は多くてもいいはずだが……黒い女のように流行した噂にはなっていない。

 これは、どういうことなのだろう。


「君が見た少女というのは、どれくらいの年齢に見えた?」


 美亜子が訊ねる。


「十代には違いないと思うんですが……顔がよく見えなかったので、なんとも」


 三宅は思い出そうとしてみるが、夢の中であるせいか、頭に浮かぶイメージは酷く不鮮明だった。


「一応は、学園モノというテーマに関連性がありそうだな。だとすれば……」


 腕を組んで、ぼそぼそと美亜子は呟いた。思考の世界に入っていったようだ。

 まるで寝惚けてしまったような感覚の自分と比べて、美亜子の思考は夢の中でも明瞭であるらしい。


 三宅は手持無沙汰になってしまって、教室の中を歩き始めた。

 壁に貼られた掲示物に、教壇、黒板。どこかでみたような教室の光景だ。小学校からの記憶の積み重ねが投影されているのだろか。


 ふと、教室の外へ出て見たくなり、三宅は美亜子の方を見やる。彼女は机の一点に視線を集中させていた。


 今なら教室を出ても、彼女は気付かないだろう。目下のところ、この夢と暗闇の少女はなんら関係がないようだし、少しぐらい冒険をしても問題はないはずだ。


 三宅は美亜子の注意をひかないよう、そっと教室のドアを開けた。

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