三十一 混沌
そんなメイドたちの歓喜の輪の中に大和が入りづらそうに入っていく。
「あ、あの、すんません。皆さん喜んでいるところホント申し訳ない。帰ってきましたー……」
メイドたちはみんな「あんた誰」という目で大和を見た。
視線が痛い。
「あ、あの、将の
「え……お嬢様……?」
メイドの一人が
「え? 惟任だって⁉」
メイドたちの壁を
「大和ッ‼ やま……と……? ぷっ!」
親友の顔が
刹那、親友は大和を指差して大笑いを始める。
腹を抱えて笑い出した。
「何だ~! こんなの大和じゃない~‼ 偽物じゃん! 信長さんの策だよきっと~‼」
今の大和は鼻が潰れており、前歯も欠けている。とても彼女の記憶の中の大和と同一人物に見られない様子だった。
「うん、これは
何と薄情な奴らだ。
大和は心底傷ついた。
「早くコントの中に帰りなさいな、偽・大和さん? あぁ……本物はどうなったの……? やっぱり……死んじゃったのかな…………? 信長さんだって……帰ってこない……!」
「分からないな……。奏多。これだけは言っておく。最悪の事態を想定しておいて」
奏多は心配のあまり胸が潰れそうになっているようだった。
レックスはレックスで
大和にしてみればどちらがコントの中の人間か分からない状態なのだが。
力強く奏多を抱きしめるレックス。これぞコントである。
その時だった。
「大和殿?」
メイド服を
「
「ええ……お二人とも。確かにお顔は多少、気の毒なことになっていますけれども……」
「大和はこんなのと違ってもっと恰好いいんだから!」
奏多が鼻から大きく息を出す。
「大和……生きててね、大和……‼」
「きっと生きてる……‼ 今はそう信じよう……‼」
「だからお二人ともー……」
言った乱が大和の
「これ! このスカーフ見てくださいよ!」
「「??」」
二人の目の色が変わる。
「偽物とか散々言われている大和殿。このスカーフはどこで手に入れたんですかあ?」
「え……えと。その……坂倉に人質に取られて足を縛られた時に……おまけみたいに付いてきた……」
奏多とレックスは顔を見合わせた。だが二人はすぐさま屈託のない笑みを浮かべ、「またまた~」と招き猫がそうするように手を前方に大きく振り下ろすのだった。
どうやっても信じないのか。大和はジト目で二人を突き刺した。
「蘭丸が言う通り……あんたら散々言ってくれたじゃない……‼」
奏多とレックスの額には冷や汗が噴き出ていた。
どうでもいいがテレビに映っている光秀はすっかり忘れ去られている。光秀はいきなり日本の戦闘機を乗り回した未成年の不審人物という扱いを受け、青くなっていた。警察の事情聴取を受けている。
「うーん。ここは高級水ようかん十個で手を打ちましょうか!」
いっぽうこちらは大和たちである。乱が小悪魔めいた微笑を顔に張り付けるが、
「あたしそんなにいらないし。てか何であんたの好物をそんなに買わないといけないの! どうせならあたしの好物を買え‼」
大和が残った歯で牙を
「信長……」
「ん? 大和殿。
「信長が帰ってこない……」
「え? いや、惟任。帰ってこない……ってのがよく分からないんだけど」
「そだよそだよ! 大和! ちゃんと説明してよ!」
突如として大和は信長のことが心配になってきた。あのあと何か問題が発生して帰ってこられなくなったのか。それとも信長の気が変わって戦国時代の光秀を討ち、天下を統べることにしたのか。いくら何でも遅すぎる。
——大和は腹の底が冷えてくるような
「のぶ……な……が…………‼」
「大和殿⁉」
「いや‼ 帰ってきて信長‼ 離れたくない‼」
「帰ったぞーっ‼」
——突然目の前に紫色の光の渦が現れて。
低く優しい声がした。
その男はいつも大和たちの予想の
「信長ーっ‼」
大和は顔をくしゃくしゃにして信長の
「ばかっ‼ ばかばかばかっ‼ どこで何してたのっ‼ 心配したんだからっ‼」
「ん……? 大和。貴様は最近いつも泣いているな。令和の光秀のようだぞ……」
★ ★ ★
「ええーッ⁉ そしたら信長って……安土桃山時代の本能寺まで
レックスが目を輝かせ、
大和はまだ信長の腕の中で泣いている。
「そうだ。この
「そんなことって……!」
クラっと体を傾けるレックス。
急にこんな話をされて驚くなというほうが無理な話だ。
ようやく大和が泣きやんできたところで、信長が満を持して懐から何かを取り出した。
「……そこで貴様たちに
「「「「褒美⁉」」」」
「まず奏多。貴様には本能寺に刺さっていた矢だ。この時代では貴重だろう!」
「え……? は? あ、ありがとう……」
信長の独特なセンスに、奏多は複雑そうな顔でリアクションに困っている様子だ。
「次にレックス。貴様には本能寺の
「えーっっ⁉ マジでっ⁉ 超嬉しいんだけどっ‼」
飛び跳ねて喜ぶレックスはまるで子供のようだ。少なくとも大和はあんなにはしゃいでいるレックスを初めて見た。
「そして。乱」
「ええっ! わ、私にも⁉ 私が
「そうか。切るな」
「……ははあっ‼」
さすがの乱も信長には逆らえないようだ。
「貴様には……ほれ」
信長は白い
「本当は貴様と初めての空をともにしたかったぞ。乱。いつまでも
「…………うえっ……さまっ……っ……‼」
乱は
「最後に大和! 貴様には『
大和の腰に桃色の
「この時代の光秀の奴には何もない! 貴様たち、せいぜい幸せにな‼」
大和が再び信長の袴に顔を
「……あんたさあ。絶対ばかでしょ」
「……何だと⁉」
信長が眉根を寄せた。
大和は信長の腹に頰をぶにゅっと押し当てつつ、目を細めてジト目を作る。
「あたしが散々心配してるのに何を本能寺のお
「言うまでもない。途中で
「それで遅くなったんでしょうが‼ 無駄に心配かけんなっ‼」
大和は信長の右足の親指を踏み潰した。
「っ‼ 大和貴様……‼
「……
乱がメイド服から短刀を取り出した。
大和は一目散に逃げていく。
——その頃テレビに映っていた光秀はパトカーで連行されていくところだった。
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