三十一 混沌

 大和やまとが令和に戻ってくると、ちょうど光秀みつひでの着陸の様子がテレビで放送されているところだった。無事に着陸したらしく、固唾かたずんでその様子を見守っていたメイドたちが大歓声を上げた。

 そんなメイドたちの歓喜の輪の中に大和が入りづらそうに入っていく。


「あ、あの、すんません。皆さん喜んでいるところホント申し訳ない。帰ってきましたー……」


 メイドたちはみんな「あんた誰」という目で大和を見た。

 視線が痛い。


「あ、あの、将の惟任これとう大和です。ただいまですー……」

「え……お嬢様……?」


 メイドの一人がつぶやく。


「え? 惟任だって⁉」


 メイドたちの壁をけ、レックスが姿を現した。彼の腕にまとわりついていたかなも突然の親友の登場に血相を変えていた。それもそのはず、彼女の親友は空中爆発した坂倉さかくらの機体に乗っていたのだから。現れたのは言わば亡霊である。


「大和ッ‼ やま……と……? ぷっ!」


 親友の顔がゆがんだ。

 刹那、親友は大和を指差して大笑いを始める。

 腹を抱えて笑い出した。


「何だ~! こんなの大和じゃない~‼ 偽物じゃん! 信長さんの策だよきっと~‼」


 今の大和は鼻が潰れており、前歯も欠けている。とても彼女の記憶の中の大和と同一人物に見られない様子だった。


「うん、これはかげしゃってやつだよ。さすが信長。ここまで考えていたか……。でも本物と入れ替え損ねるなんて……こんなこと言っちゃあれだけど君が本物だったらよかったのに……」


 何と薄情な奴らだ。

 大和は心底傷ついた。


「早くコントの中に帰りなさいな、偽・大和さん? あぁ……本物はどうなったの……? やっぱり……死んじゃったのかな…………? 信長さんだって……帰ってこない……!」

「分からないな……。奏多。これだけは言っておく。最悪の事態を想定しておいて」


 奏多は心配のあまり胸が潰れそうになっているようだった。

 レックスはレックスで凛々りりしく、気丈に振る舞っている。

 大和にしてみればどちらがコントの中の人間か分からない状態なのだが。

 力強く奏多を抱きしめるレックス。これぞコントである。

 その時だった。


「大和殿?」


 メイド服をまとったままのらんが偽物呼ばわりされた本物の大和のほうへ駆けてくる。ふらつきながらも、とてとてと元気に脚を動かした。


蘭丸らんまるさん? その大和は贋作がんさくだよー?」

「ええ……お二人とも。確かにお顔は多少、気の毒なことになっていますけれども……」

「大和はこんなのと違ってもっと恰好いいんだから!」


 奏多が鼻から大きく息を出す。


「大和……生きててね、大和……‼」

「きっと生きてる……‼ 今はそう信じよう……‼」

「だからお二人ともー……」


 言った乱が大和の掌中しょうちゅうにある赤い忍者のスカーフを指差した。


「これ! このスカーフ見てくださいよ!」

「「??」」


 二人の目の色が変わる。


「偽物とか散々言われている大和殿。このスカーフはどこで手に入れたんですかあ?」

「え……えと。その……坂倉に人質に取られて足を縛られた時に……おまけみたいに付いてきた……」


 奏多とレックスは顔を見合わせた。だが二人はすぐさま屈託のない笑みを浮かべ、「またまた~」と招き猫がそうするように手を前方に大きく振り下ろすのだった。

 どうやっても信じないのか。大和はジト目で二人を突き刺した。


「蘭丸が言う通り……あんたら散々言ってくれたじゃない……‼」


 奏多とレックスの額には冷や汗が噴き出ていた。

 どうでもいいがテレビに映っている光秀はすっかり忘れ去られている。光秀はいきなり日本の戦闘機を乗り回した未成年の不審人物という扱いを受け、青くなっていた。警察の事情聴取を受けている。


「うーん。ここは高級水ようかん十個で手を打ちましょうか!」


 いっぽうこちらは大和たちである。乱が小悪魔めいた微笑を顔に張り付けるが、


「あたしそんなにいらないし。てか何であんたの好物をそんなに買わないといけないの! どうせならあたしの好物を買え‼」


 大和が残った歯で牙をき——その牙が収まった。


「信長……」

「ん? 大和殿。上様うえさまがどうかされたんですか?」

「信長が帰ってこない……」

「え? いや、惟任。帰ってこない……ってのがよく分からないんだけど」

「そだよそだよ! 大和! ちゃんと説明してよ!」


 突如として大和は信長のことが心配になってきた。あのあと何か問題が発生して帰ってこられなくなったのか。それとも信長の気が変わって戦国時代の光秀を討ち、天下を統べることにしたのか。いくら何でも遅すぎる。

 ——大和は腹の底が冷えてくるような戦慄せんりつを感じていた。


「のぶ……な……が…………‼」

「大和殿⁉」

「いや‼ 帰ってきて信長‼ 離れたくない‼」



「帰ったぞーっ‼」



 ——突然目の前に紫色の光の渦が現れて。

 低く優しい声がした。

 その男はいつも大和たちの予想のはるか上を行き。

 泰然たいぜんじゃくとして動じない。



 たいらの朝臣あそん織田おだ上総介かずさのすけ三郎信長さぶろうのぶながが令和に帰還したのである。



「信長ーっ‼」



 大和は顔をくしゃくしゃにして信長のはかまに飛びついた。


「ばかっ‼ ばかばかばかっ‼ どこで何してたのっ‼ 心配したんだからっ‼」

「ん……? 大和。貴様は最近いつも泣いているな。令和の光秀のようだぞ……」



 ★ ★ ★



「ええーッ⁉ そしたら信長って……安土桃山時代の本能寺まで時渡りタイムリープしてたの——っ⁉」


 レックスが目を輝かせ、うらやましそうに驚いた。

 大和はまだ信長の腕の中で泣いている。


「そうだ。このじっきゅう光忠みつたださえあれば楽々時渡りができるぞ」

「そんなことって……!」


 クラっと体を傾けるレックス。

 急にこんな話をされて驚くなというほうが無理な話だ。

 ようやく大和が泣きやんできたところで、信長が満を持して懐から何かを取り出した。


「……そこで貴様たちに此度こたびほうをくれてやろう‼」

「「「「褒美⁉」」」」

「まず奏多。貴様には本能寺に刺さっていた矢だ。この時代では貴重だろう!」

「え……? は? あ、ありがとう……」


 信長の独特なセンスに、奏多は複雑そうな顔でリアクションに困っている様子だ。


「次にレックス。貴様には本能寺の御殿ごてんの柱を少し削って持ってきたぞ。もっと歴史を好きになってくれ!」

「えーっっ⁉ マジでっ⁉ 超嬉しいんだけどっ‼」


 飛び跳ねて喜ぶレックスはまるで子供のようだ。少なくとも大和はあんなにはしゃいでいるレックスを初めて見た。


「そして。乱」

「ええっ! わ、私にも⁉ 私がさらわれてしまったばっかりに上様には大変なご迷惑をおかけしましたので……その。ことが落ち着いたら腹を切ってお詫びをしたいと思っておりましたのに……」

「そうか。切るな」

「……ははあっ‼」


 さすがの乱も信長には逆らえないようだ。


「貴様には……ほれ」


 信長は白いフィン欠片かけらを袴から取り出す。坂倉さかくらのミサイルをりにした時の破片だった。


「本当は貴様と初めての空をともにしたかったぞ。乱。いつまでもそばにいてくれ」

「…………うえっ……さまっ……っ……‼」


 乱は嗚咽おえつのあまり言葉が出てこない。


「最後に大和! 貴様には『打掛うちかけ』だ! 戦国時代の身分の高い女どもは夏、これを腰に巻いてだな……!」


 大和の腰に桃色の打掛うちかけが巻かれた。


「この時代の光秀の奴には何もない! 貴様たち、せいぜい幸せにな‼」


 大和が再び信長の袴に顔をうずめた。


「……あんたさあ。絶対ばかでしょ」

「……何だと⁉」


 信長が眉根を寄せた。

 大和は信長の腹に頰をぶにゅっと押し当てつつ、目を細めてジト目を作る。


「あたしが散々心配してるのに何を本能寺のお土産みやげ探してんの‼ どうせこれだけ選ぶのにかなり時間かかったんでしょ⁉」

「言うまでもない。途中で天井てんじょうが崩れて危うく生き埋めになりかけた!」

「それで遅くなったんでしょうが‼ 無駄に心配かけんなっ‼」


 大和は信長の右足の親指を踏み潰した。


「っ‼ 大和貴様……‼ 謀反むほんか‼ 乱‼ 惟任これとう大和やまとを討ち果たせっ‼」

「……御意ぎょい——ッ‼」


 乱がメイド服から短刀を取り出した。

 大和は一目散に逃げていく。


 ——その頃テレビに映っていた光秀はパトカーで連行されていくところだった。


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