大事な箱

香久山 ゆみ

大事な箱

 田舎のばあちゃんの家の納屋に、箱があります。

 どれくらい古いものなのか、箱を包む風呂敷は色褪せて触れるとはらはら朽ちてしまいそうです。いえ、そうでなくとも、触ろうという気は起こりません。触るなと言われているわけではありません。むしろ逆で。

「じょうちゃん、納屋から箱取ってきて」

 幼い頃、初めてばあちゃんの家に遊びに来て、甘いものをたらふく食べさせてもらったあと、ばあちゃんは言いました。「はあい」と元気に返事して私は納屋に入りました。

 箱はすぐ見つかりました。納屋には棚がいくつも並び、ぎゅうぎゅうに物が詰められていますが、その棚だけはぽつんと箱が一つ置いてあるだけだからです。一番上の段の箱に手を伸ばしましたが、残念ながらうんと背伸びしても、その辺のガラクタを踏み台にしても、どうしても手が届きません。「お客さんの忘れ物だから」とばあちゃんに言われていたので、精一杯頑張りましたが、駄目でした。

 座敷に戻って報告すると、ばあちゃんは顔を顰めて舌打ちしました。気のせいかもしれません。お年寄りは元よりしわくちゃの顔をしていますし、いつも何やらくちゃくちゃ言っていますから。ただ、私はばあちゃんを失望させたことを心苦しく思いました。「大きくなったら、ちゃんと取ってくるから」と約束しました。

「そうしておくれ。あれは昔々に大事なお客様から預かったものなのだから。準備ができたら取りに来られるのだから」

 幼い私は疑問も持ちませんでした。大事な物なのに急がなくていいのか。どうして子供の私でなく大人に頼まないのか。

 子供の成長は早いもので、次には私はばあちゃんと同じくらいの背丈になっていました。

 頼まれて納屋に入ります。十分箱に手が届きます。それで、ふと疑問が過ぎりました。ならどうしてばあちゃん自身が取りに来ないのか。幼い子供に頼んでおいて、抱えられないほど中身が重いということもなかろう。また、私の見る限り体が悪いということもなさそうです。すると急にその箱が不気味に思えました。まだ触れもしないのに、伸ばした手の先におどろおどろしい気配が纏わり付くようで、手を引っ込めて、そのまま祖父母の家に逃げ帰りました。

 それ以降、二度とばあちゃんの家には行きません。

 ああ、ばあちゃんは、私の祖母ではありません。退屈して田舎道をぶらぶらしていた私を、にこにこ手招きしてお菓子をごちそうしてくれた、親切なおばあさんです。

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