第52話 勇者は光の女神を助ける。

 天空から白い翼を生やした白髪のオッドアイ厨二病男の姿は、神か天使と呼ばれるに相応しいモノだった。


 ただ、形相は悪魔と呼ばれるに相応しいモノ。


 既に出来上がったバトルフィールドは崩れない。

 これが崩れるという事は下の大地も崩れるから、そこには至っていない。


 けれど、勇者たちが力なく倒れていく。


「くそ…。俺達の加護が」

「うん…。抵抗しちゃった…から」

「仕方ないわよ。あんなの…」

「でも、悔いはない…かな。レイ、ちゃんと君の顔が見れてよかった」


 加護はゼロ。だからアルテナスの味方ではない。


「邪神化してもイケメンじゃん」

「おい、ロゼッタ」

「大丈夫。あんたもかっこいいよ。行動もね」

「レイ君。ゴメン…ね」

「もっと早く…、千年前…って。君はいないけど」


 一番最初に仲間になり、途中で離脱して、その後は敵になって、最後は見た目は敵なのに仲間になってくれた。

 こんな嬉しくて熱い展開はない。

 だからって俺にはもう、その熱い心に応える力はない。

 そして、やっと見た目も含めて仲間になってくれた彼らにも力が残っていない。


「いや…。いけ、俺の加護」


 でも、巻き込ませやしない。

 今や抜け殻だけど、俺は俺の残りの力をソイツに注ぐ。


 ゲロ…


「四人を安全な場所へ」


 するとカエルは奇妙にまで大きく膨らんで、長い舌で四人を包んでぴょんぴょんと跳ねていった。

 そちらを攻撃する手も見られたが、俺だけを睨んでいるから、その心配はなくなった。


「貴様。神に対して調子に乗り過ぎだ」


 流石に力を使い過ぎた。

 しかもアルテナス権限で魔法システムが使用不可になっている。


「褒めてくれよ。結構頑張ってた…ろ」

「どこがだ。全部、俺が魔法の許可を出していたからだ。アレは俺の力。俺の力を借りていたにすぎん」


 お前の力もアルテナスから横取りしただけ、なんて反論する力も残っていない。

 相手は神。だけど神の体を持っている。でも、それでは人間には見えない。

 それに人間界が崩れていくのを見るのも神目線だと迫力がない。


 でも、一番大きな理由は、未知の力が怖かったから。


 ラプツェルの言葉が絶対に正しいのに…


「これほど馬鹿にされて、ただで済ますわけにはいかない。壊す予定がないなら、ミジンコにでも転生させて」

「それじゃあそうしてくれよ。這い上がってみせる…から」

「そこまで待っていられるか。今日、壊す。絶対に壊すと決めたと言っただろ」

「そこをなんとかさ。見下すの…好き…だろ」


 今のうちに、…逃げろ。ラプツェ…


「時間稼ぎだな。こういう時、一番聞く方法は分かっている。このまま滅してもつまらないからな」


 その言葉に俺は目を剥く。

 もう、隠す余裕もなかった。


「ラプツェル…。だな。こっち向かっている。よほど愛されているらしいが…。サーファ‼」

「くぅぅぅぅぅっ」


 大地から氷の塊が突き出して、それが彼女の体に纏わりついて体の下半身を呑み込む。

 彼女も力を奪われているから抵抗が出来ない。


「や…めろ…。彼女は関係ない」

「いや。大いにある」

「お前の妹だろ?」

「いや。その前にな」


 背筋が凍り付いた。

 過去のどんな因縁があったかは分からない。

 だが、リューズの目。既に喋り方も違うからソレではないのかもしれないけど。


「アポロニアの姫巫女、イスタル…。なるほど。アルテナスの加護がなければさぞ美しく見えるのだろうな」


 髪色、肌の色を除いては、クリプトをそのまま魔族として成長させたような見た目。

 角が生えた青い肌、ストレートに伸びた濃い紫の髪、中性的で細身の慎ましい体が曝け出される。


「やめて。気持ち悪い」

「おやおや。これは傷つく。気持ち悪い見た目なのはお前の方だ。男か女か」

「たのむ…やめて…くれ…」

「いや、見た目なぞ。醜悪でも神々はこういうのを好むだろう?英雄以上にな」


 壊れる世界。

 その中でこいつは、その直前まで憎らしい。

 俺の…ラプツェルを…


「そこでじっくり見ていろ。愛するイスタルが穢される…。いや俺は神だ。もしかすると天に昇れるかも、なんてな」

「そんなことしてみろ。お前が作った世界に行って、絶対に復讐してやる。お前を」


 ダン‼


「ぐぅぅ…」

「やめて。レイをこれ以上…」

「どうせ、滅びる。気にせず、俺と楽しもう。それに俺は最高神だぞ。あんなカエルの神など。カエルは井戸の中から羨ましそうに眺めていろ」


 ——ドクン‼


「分かった。分かったから。私が全部、受け止める。だから今すぐレイを」


 ——ドクン‼


「どうしてあいつなんだ。イスタル。歴史上、一番の美女。カエルなど…」


 ——ドクン‼


「天と地。カエルとウサギ。いやいや。この場合、とすっぽん——」


 ——ドクン‼ドクン‼ドクン‼


「月…と」

「あぁ、すっぽんは返事をしなくていい」


 体が…、熱い…

 これって…


「ラプツェル…。ラプツェル‼」

「ええい、鬱陶しい。その口、きけぬようにしてやる‼」


 そして一瞬、リューズはラプツェルから離れた。


 だから、俺は彼女の美しい宝石のような、月を…。月…。


 ——ワシは敵わぬよ。


 井戸の底から、ずっと眺めていた。真上を通るのはいつか。


 真上を通ってくれたら、どれだけ素敵じゃろうか…とな


 分かるよ。…分かる。


 だって、クリプトはラプツェルは…、とても美しい。

 俺の闇を払ってくれる彼女は


 なんで気付かない。目いっぱい伏線は、いや気付けるタイミングはあったろうに。


 彼女は、


「ラプツェル‼」


いや、君は…、君の本当の名は!


「…ルーネリア…だ」

「レイ?僕は…、ううん私は…」


 そして、ラプツェルが返事をしたその瞬間だった。

 ラプツェルの黄金の瞳が輝く。


「わたし…は…」


 ラプツェルの下半身を固定していた氷がジュウと音を立てて蒸発する。

 細身の体が理想的、魅惑的に変わる。

 顔つきまでもが、息を呑むモノへと変わっていく。


 その容姿はどこかで


「映像で見たルーネリア?今、何をした?」

「はぁ、やっと思い出した。そう…よ。私はルーネリア。あんたこそ。何してんのよ‼」


 ラプツェルの様子が変わる。見た目は美しい。

 いや、そもそもラプツェルは美しいのだ。

 クリプトは可愛らしい青年だ。

 ルッキズムのない世界が故、気付けない。

 それを簡単に打ち破る、突き抜ける圧倒的な美が存在した。

 

「それで、レイ」


 彼女が言えば、体が勝手に動く。

 アレは滲み出たもの、極限まで抑えられてのソレ。

 この異世界で一番美しい、黄金の満月が俺の瞳を覗く。


 体があつくなる。カエルでもやっぱり空で一番美しい宝石の価値は分かる。


「ご、ごめ、…スミマセン」


 でも、それにしたって熱い。熱い。燃えるように…


「レイは悪くないわよ。私は中のカエルに言ってるの。ねぇ、ウーエル。いいえ、——アクレス」

「な?アクレス…って⁉」


 体が燃える。さっきまでが嘘みたいに。

 燃え上がる。燃え盛る。破裂しそうだ。


 そして、


 ——いつ、我がカエルだと勘違いしておった?


「って、アンタが何言ってんのよ。アタシたちは名を奪われて、力を奪われて潜伏してたんじゃない」


 ——あ、そうでした。全部、ルーネリアの言う通りです‼俺の方が兄なんだけど


「?」

「レイ…。名前を呼んでくれて、ありがと」

「え、いや。その…」

「イスタルはアタシが目にかけていた子。遥か昔だけどね。その子を通してずっと見てた」


 イスタルを通して。そうでもしなければ絶対に分かる。

 イスタルに化けて、男の子に化けて…。

 今の彼女なら、アルテナスの加護を持つ世界中の人々の悪意を貫通する。


「なーんか、変な感じだったけど。アタシもアンタ、気に入っちゃった。だから…」


 月の女神ルーネリア。またの名を美の女神。

 化けた後でも、ウーエルはタジタジだったに違いない。


「そのカエルに化けたアクレスをその身に宿しなさい…。って、あれ?なーんだ。もうとっくに出来てんじゃない」

「え?っていうかカエルがアクレス、アクレスが魔王で…、あれ?」


     ◇


 白と黒からシクロと名付けられた彼女は神様だ。

 その隣に立つのが俺で、向かいに立つのは完璧なんて超越した金髪の美女。


「合体した…世界?」


 そう、確か。俺はその後、説明を受けた。


「異世界募集要項。経験問わず…」

「その下。というより経験問わずは訂正されとるじゃろ。よく見ろ。その下の文字」

「経験者優遇。魔王か邪神の経験。できれば魔王と邪神。両方経験している者、優遇?…何、この。俺にピンポイントすぎるやつ」


 そして俺はシクロと共にキリアという女神に会った。


「魔王と邪神、両方とも経験済みね。アンタみたいなのを丁度探してたのよ。私たちの子供たちの世界が、なーんか面倒くさいことになってんの。だから魔王と邪神が必要。経験者となればなおさらね。どうにかギリギリでねじ込むわ」


 で、そこでは色んな会話を神の言葉でされて…

 その後結局——


「ふむ。いくつかの記憶は封印させてもらったよ。流石に世界が違うんだからね」


 その後は、茫然としながら説明を聞いた。


     ◇


 そう。

 俺の目的は、最初から邪神および魔王になることだった。

 なんで忘れてたんだ。じゃなくて、無理やり記憶を消されてたっけ。


「アクレスって今、邪神。で、魔王。え…?都合良すぎない?」

「そんなの知らないわよ。で、ダーリン、行けそう?」

「ダーリン?アクレスとルーネリアは、き、き、き、兄妹」

「アクレスは関係ないわ。それに神話よ。で、どう?」

「えとクリプトだし。いっか。…うん、問題ない現在進行形でやってたし」


 いやいや、全然違う話じゃなかったのかよ?

 強いて言うならムービーがっ‼とかゲームみたいなっ!!とかて

 でも良く考えたら邪神絡みの映像も見えてたし。

 ウーエルが入ってからはもっと見るようになった。

 ウーエルじゃなくて邪神にして魔王か。ここはピンポイントにも程がある‼


「だったら、分かるわね」


 そしてここは二人だけの空間じゃない。


「ちょっと待て。お前達は…!いや、お前はルーネリア!どうしてここに!!ルーネリアなら話は別だ!お前だけは生かしてやる」


 そういえば、コイツも居た。

 でも、さっき二人の空間じゃないって言ったのは


「丁度空っぽの人間がいるんだ。フォーセリア、赤毛の子に入れ」


 するとロゼッタの体が光りだす。


「アクアスは青髪の女の子」


 ユリの体も


「イメージ違いだが、リバルーズは茶髪戦士」


 ケンヤの体も同じく光る。

 それで彼の体はどうするか。


「エステリア、だな」

「ええ、彼女が適任ね。ほら、皆」

「あ、ちょっと待って。折角だから」

「えー。ダーリンって本当優しー!」

「だから、ダーリンじゃないから。レイザーム、下で頭と体が離れてる黒剣士の中に入れ」


 その様子に尻餅をついたまま。

 ただ、指を突き出して抗議をする。


「てめぇら!勝手にやってんじゃねぇ!俺様が最高神、アルテナスの移し身だぞ!」

「私たちは天使でも堕天使でもないの。邪神と言われる意味を考えなさい!」

「そんなの屁理屈だ!認めない。その全てを認めない!力の行使を禁止する!」


 確かに今はそうかもしれない。

 でも…


「神官長?神話学は苦手ですか?」

「俺だってそれくらい知ってるっての。なぁ妹よ」

「わ、私は妹設定ってだけです。…って、ケンヤ君、からかわないで」

「まぁまぁ、みんな。多分、結構巻いてるからその辺にしとこっか」

「え、エステリア様、母上‼ここに御座ったか‼」

「あの、ボク的にそっちはなんというか。トオルの人格を使ってくれる?」


 人間が描く神話像はそれが正しいかは分からない。

 勿論、ここにいるのだって正しく五大神ではない。


 一つ言えるのは、そこには束縛はなく、拘束もない。

 流動的に物事は変化をしていく。


「神は神。何に神を見出すかは、人それぞれ。禁止なんて意味はないわね」

「世界だって無限にある。どんな形の世界でも、架空って設定でも、思い描けばそこにある。だから、お前ひとりの好きにはさせない」

「煩い。俺は最高神だ。全ての決定は俺が下すんだ…」


 勿論、そういう設定だってあるだろう。

 だけど、全てを一つに縛れるものでもない。


「っていうか、ホントだった。ケンヤ、かっこいいとこ見せてるじゃん」

「俺が守るって約束したんだ。当たり前だろ。んで、世界樹をアイツが折りやがったから、大陸中の生物に狙われた。酷い目に遭わされたもんだな」

「よね。何故かあの時に限ってレベルが上がんないしで、たっぷりお灸をすえないとね。ま、功労賞はやっぱりリンネかしら。ついでにジャスティラス?」


 リューズは生まれ変わりを利用して、神に近づくことを繰り返していた。

 だから、リンネとジャスティラスの力だけは奪うことが出来ない。

 故に、俺と接触していた。

 ミスリードに思えたのは、そんな彼女達も力の制約を受けていたのだろう。


「ラプツェル‼最初からその御姿であれば、私は…」

「そんなこと言ってもだーめ。地味で冴えない眼鏡っ子の私、ここはみんな美男美女。それもあっては埋もれに埋もれてた。そんな僕のベッドの匂いを嗅いでたんだよ、レイは」

「って、見てたのかよ‼」

「えー、それは羨ましいです。レイ君は」

「でも、ルーネリアのだろ。だったらそうなるって」

「名前を失って海鳥になったリバルーズに言われたくないわね。あの時の私たちは原形を留めていなかった。そんな僕でも大事にしてくれたんだよね、レイ」

「最初からクリプトは可愛かったろ。って、そろそろやらないとこの世界が耐えられないぞ」

「待て‼どうしてだ?貴様らは葬った筈だ‼」


 ラプツェルが言った通り、脅威は外からやって来た。

 だけど、それもこれもリラヴァティの神々が反撃の準備をしていたからだ。

 アクレス、いやアレクスの記憶によれば、民間伝承の神になりすましていたらしい。

 神とは概念であり死ぬことはない。概念であるが故に力を失ってしまう。

 とは言え、今は現世も前世も神代の記憶が入り混じる。この状況はハッキリ言って異常だ。

 この崩壊寸前の世界では受け止められない。


「あと一歩だったんだ。クソ。欲張った。俺が現世に降りなければ、勝手に崩壊していたのに…」

「そうかもしれないですね、神官長。でも、世界を壊すことが出来たのはアウターズの仕組み。異物の混入を恐れていたから、近くで見るしか出来なかった。そして見事に的中しました」

「流石はボクたちの先生だ。でも、先生。先生が教えて下さいましたよね」

「シュウ。その力で先生を助けろ。俺はもうミジンコは嫌なんだ‼」

「そんな酷いことはしませんよ。でも、先生。先生は教えてくれたじゃないですか。ボクの中に居るエステリアとアルテナスは元々、一つの神。ボクの中から生まれたのが光の女神アルテナスって…」


 俺が召喚された世界は既にボロボロで、三つの大陸のうち、二つがすでに失われていた。


「ここではなんだな。皆、移動をしようか、天界へ。——魔法軍幹部専用魔法イツマゾク‼」


 大陸が失われたから、魔王は居ない。

 データが失われた欠陥だらけのゲームみたいな世界。


 だけど、最後の目的は変わらない。


「こ、ここは?なぜ…」

「ボクたちの大切な家族を、光の女神アルテナスを返してもらいます。神官長はもうただのリューズです」


 本来はバグで到達できなかった筈の世界だけれど、その場面はちゃんと残っていた。

  勇者が囚われの女神、光のアルテナスを救い出す、っていうエンディングシーンはちゃんと。


「…ずっと夢を見ていました。でも、これは現実なのですね。有難うございます。私は光の女神、神様の中では一番最後に生まれた少し抜けている女神です。アナタのお名前は——」

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