第49話 真相オブ真相

 にこやかな笑み浮かべるオッドアイの男。

 それが何かと問われれば、結局信用できない嘘つき野郎。


「それが何…て。ケンヤとロゼッタは分かっただろう」

「リューズは召喚組。でも、召喚組は姿を変えられるから魂は神官長…」

「子孫組まで加護を受けられるんだもの。神官長も英雄になりたかったってことかしら」

「そ!だってズルいよね。数えで17ってだけで加護を受けられないって。俺だって世界のために戦いたかったんだ」


 余りにアッサリのカミングアウト。

 笑顔で理由の説明。

 これじゃ、何のために暴いたのか分からない。


「違う。俺が言いたいのはそうじゃない!ずっとコイツに振り回されたんだろ。シュウ!ユリ!」

「……」

「……」


 様子がおかしいのはこっちの二人。

 まるで二人の正体を暴いてしまった感覚。


「でも、リューズの知識の深さは納得ね。アタシ達の先生だったんだし」

「神官長!新入りなんて言ってスミマセンでした!」

「いいんだよ。俺も色々反省してるんだから」


 そして、俺は頭を抱える。


「それにしても神官長、流石に変わりすぎじゃない?」

「だよな。そういうの」

「厨二病って言うんだっけ?折角だから冒険したいって思ったんだ。でも、そろそろ飽きてきて困ってたんだよ。だからさ」


 正体がバレたところで変わらない。

 信用を失わせれば、と思っていたけれど、あの瞬間を変える為には


「…シュウ。ユリ。つまりそういうこと。分かっているよね」

「…はい。やっぱり神官長だったんですね」

「だから、色々ご存知だった」


 やっぱり、消す必要があるんだ。


「おや。君たちも気付いてたのかい。言ってくれたら良かったのに。時間をかけ過ぎだよ」

「…でも、これで確信が持てました」

「覚悟を決めました」

「そう。君たちが未来を守るためには、邪神を全て倒す必要がある。消す必要があるんだよ。あの二人を」


 そういうこと。

 いなかったのは俺。ラプツェルとトオルはさて置き。

 本来、英雄の一人、シュウの仲間の一人だった俺がいなかったのは、


「…俺を消す必要があった?」

「いや。邪神を全て取り除く。それが必要だったんだ」

「待て‼ラプツェルは元に戻るんだろう?エルメス‼そういう話…」


 魔王を倒せば、連鎖的に残りの邪神も元に戻る。


 そこは、そういう話——


『ドゥルルルルルルルルルルルルルン』

『ドゥルルルルルルルルルルルルルン』

『ドゥルルルルルルルルルルルルルン』

『ドゥルルルルルルルルルルルルルン』

『ドゥルルルルルルルルルルルルルン』


 そういうことだと思っていた。

 だから油断した。それにいつもと違う音に反応が遅れた。


 それから


 トンっ‼…ドサッ


「え…。お、お父様ぁあああああああああああ‼」


 親子の関係、それも盲点となった。


 黒の魔法剣士は俺達よりも遠い向こう側に居て、白の魔法剣士は近くに居た。

 一足で近づける。そして頭部を失った黒の鎧は力なく、ぐしゃと崩れ落ちた。


「リューズ‼お前、何やってんだよ‼」

「何って、今の音。聞いたよね?レベルダウンの音…。邪神に加担した人間は…、どうなったっけ?」

「外道におちる…」

「そうそ。ひた隠したままなら目溢しもされたんだろうけど、今の状況は流石に不味いって、我らが母も思ったんじゃない?」


 躊躇なく、自分の父の首を斬った。

 即死…、いやもしかすると


「おかしいわよ!ユリ‼今のアナタなら」

「…邪神に加担したなら、アルテナス様のご加護は使えない。…もう無理。…私たちは戦うしかないの」


 賢者の魔法ならあるいは。

 という希望。でも、賢者は首を横に振った。

 そして元、神官長は朗々と語る。


「アルテナスの加護は、アルテナス様の意志の下で与えられるからねぇ。でも、安心して。俺はケンヤの話もちゃんと覚えてる。もっと良い世界にしようよ。その為には仕方ない。君たちの歴史でも王様は処刑されてたんでしょ。今回は邪神に味方したんだから、当然だよね」

「それにしたって…」

「やりすぎ?でも、状況を理解してる?シオン王はイスタル家殺しを君たちに被せようとしてたんだよ?それにさ。俺達の力って魔王を倒したあとってどうなるんだろうね。やっぱ、ただの一般人に戻らなきゃおかしいよね」


 延々と語る。


「ケンヤ。ロゼッタ。…リューズの言う通りだ。俺達は新たな世界を作る。その為にもアルテナス様と会わないといけないんだ」

「変えたいって言ってたよね。だから、今は我慢して…」


 消え入りそうな声。

 そして物理的に黒の魔法剣士はいなくなった。


 何が可能性…だよ。

 完全にアイツのペースじゃないか。


「お父様…。お父様…。私が言うことを聞いていれば…」

「はいはい。もういいって、時間をとり過ぎだよ。高が、イスタの邪神二匹にどれだけ時間かけてんのさ」


『トゥルルルルルルルンッ‼』


「ね。我らが母もそう言ってる」


 最初から分かっていたのだ。

 この男は決して人類の味方ではない。

 だから止めようとした。だけど、未来に俺の姿はない。


 そして問題はアレら。


「お兄様…、本当にお兄様なのですか?」

「邪神の兄ではないけど、ラプツェルのことは良く知ってる。例えば、子供の頃抜け出したこととか。あれは確か——」


 途中で息を引き取り、転生待ちをしていた王と比べて、この男はギリギリまで準備が出来たことだ。

 それこそ、俺が来る直前。いや、来た後だって操っていた。

 トオルにもそれらしいことを吹き込んでいたのだろう。


 一番の問題はアレら。


「レイ。お願いがある。大人しく滅ぼされてくれ」

「クリプト君も世界の為に死んでくれる?子供たちのことは…、どうにか誤魔化すから」


 シュウとユリが絶対に退かないこと。


「なぁ、二人とも。もうちょっと」

「ケンヤ。黙ってくれ」

「はぁ?」

「ロゼッタちゃんも。トオル君みたいに殺されちゃう…」

「ひ…。嘘…でしょ」

「邪神側についちゃ駄目だよ。二人とも…、なんか弱いし」


 ケンヤとロゼッタは現在進行形で取り込まれ中であること。


「優しい勇者はどこに行ったんだ。ただの可能性って。それ以外の可能性がマイナスなんじゃ、意味ないだろうが…。リンネ」


     ◇


 話の流れ上、戦いの場は森の近くに変わっていた。


『トゥルルルルルルルンッ‼』


 相変わらず、女神の鍵盤は鬱陶しい。


「デ・フォーセリア‼」

「もう、バフなんてかけてないよ‼アルテナス・フォース‼」

「ぐ…‼また、回復したのか。だったら…」

「デボネア・ゾーン‼」

「逃げろ、クリプト‼」


 ドンと彼女を突き飛ばすと、体の中がバラバラになりそうな衝撃が走る。


 もはや勇者と賢者はバーサーカーと何ら変わりがない。


 かと言って、


「頼む‼これで滅んでくれ‼イブゴート・爆裂剣‼」

「ちぃ…」

「こっちもよ‼サーファ・メイス‼」

「分かってるよっ‼」

「くそ!逃げるな‼」


 理性が残っていないと言えば、嘘になる。

 そしてこの連携が非常に厄介だった。


 最初から仕組まれていたかと思わせる、前衛と後衛。


 この場合、前衛が弱いから厄介過ぎる。


「エステリアフィールド‼」

「フォーセリア・メルトダウン‼」


 加えて、間違いなく勇者と賢者は気付いている。


「みんな、これで動けないよ!」

「邪神は詰めが甘い。今のうちに高レベル魔法とスキルを体に叩き込むんだ」

「あの時、レイは躊躇なくシュウ君とケンヤ君を刺したでしょ。同じことをやりかえすの」


 そして因果応報か。

 レベル20を優に超えた人間に果物ナイフを刺しただけ。

 あんなの爪楊枝レベルだろうに。


 でも、それは残念——


「分かった。恨むなよ、レイ」

「一気に決めるから‼」


 二人とも剣を使う戦い。魔法剣士と何が違うかはきっと関係ない。


 五大神がいて、その下に眷属がいる。

 上から順番に強いか弱いかがあって、後は相性で決まる。


「動けないから自由?傷つけないから?——アクレスソード乱舞‼」

「ぬぁぁあ」

「痛…、ひぃ…」


 剣で来るなら、近接攻撃。

 だったら、圧倒的に邪神が強い。

 目の前にある魔法のネットを使えば、ドサッと二本の四肢が落ちる。


 これで少しは恐怖を…


『トゥルルルルルルルンッ‼』


「って、治った‼」

「やっぱ、やり返してくるのね」


 …て、おい!どっちが化け物なんですかねぇ!

 だけど、殺すわけには


「もう一度聞くぞ、勇者。どうしても俺の死が必要なんだよなぁ」

「何度も言わせないでよ。どうしても必要なんだよ」


 ユリの魔法のせいで、足は膝まで地面に埋まっている。

 どうしても逃がしたくないらしい。

 ここまでの執着は異様だ。俺が知っている未来の彼らなら追い詰められないかもしれない。

 それこそが、別の可能性かもしれない。


「分かった。なら頼みがある」

「…頼み?それを飲めば」

「ラプツェルは絶対に殺すな。約束してくれたら大人しく殺され…」


 だったら、ここまでやった意味はある。

 リューズの怪しさは伝わった。

 少なくとも、アイツに騙されてケンヤとロゼッタが死ぬことはない。


 俺に殺すのは無理。ならもう、潮時か。


 その覚悟が、…伝わってしまってた。


「それは絶対にダメ‼」


 背後から。勇者の背後からの声だった。


「それをやったら。ユリちゃんを…殺す。私にはレイしかいない。ほんとにほんとに殺してやるから‼」


 気迫に押され過ぎて、そっちの可能性を失念していた。

 兄に父親を殺されたばかり。

 兄を兄と思えないほど関係が薄かったか、今の兄は別人に思えたのか。

 どちらにしろだ。自分のことも殺せと言ったのだから、やはり兄ではない。


「クリプト。俺は」

「良くない‼私はレイが必要なの‼」

「う…う…」


 賢者は邪神ラプツェルに首を掴まれていた。


「私のことは…大丈夫…だから…、シュウ…くん」

「シュウ…、今すぐ止めさせろ。ユリは」

「シュウ。これは世界の為だよ。この為に頑張ったんじゃないか」


 って言っていいのか分からない。

 でも、あそこまで絶望的な状況じゃない。


 だから、まだ…


「うん…、分かった。ユリとボクで君たちを殺す。これで終わり…」


 俺は目を剥く。

 そこに、ラプツェルの瞳が映る。

 黄金で満月のように美しい瞳だ。

 決して穢れてはいけないフローレスの宝石だ。


 だから、


 ——ブチ切れた。


「お前ら、何やってんだ…」


 全ての粒子の動きが止まった気がした。

 如何様にでも動かせる気がした。


 しょうもない剣を振り下ろす勇者を押しのける。


 冥府の門なんて、近づかせずに高が人間を剥ぎ取る。


 そして、抱きしめた。


 その間、何が起きたかなんて知らない。


「ラプツェル‼俺にはお前が必要なんだ‼」


 ここから粒子は加速していく。

 その場の全員が弾き飛ばされて、それぞれに受け身をとりながら転がった。


「レイ‼私…」

「もういいんだ、ラプツェル。それより、勇者ぁぁあああ‼お前、なんでユリを見捨てたんだよ‼お前はユリのヘスティーヌの自爆魔法を見て、止めろと手を伸ばすんじゃなかったのか‼」


 すると、今まで見せたことのない顔で勇者は睨み返した。


 そして。


「お前に何が分かるんだよ‼ボクたちはそうするしかないんだ‼」


 ついに真実と思われていた何かの皮が剥がれていく。


「自爆…って、どうして⁉ユリ、アンタ、何考えてるのよ‼」

「シュウもシュウだ。俺達は」

「ケンヤもロゼッタも知らないだけだ‼ボクとユリは…見てしまったんだよ」


 未来は、——決まっていない。

 そして


「何をだよ。あの時って…」

「…リューズが現れて、話しがあるって二人を連れ出したのよね」


 真実という名前は誰かが、俺が勝手につけただけだった。


「そうだよ。洞窟を通って神殿に行った」

「そして私たちは神殿のボスを倒した」

「その後、リューズが、神官長が来て、こう言ったんだ」

「外を見てみたい…って」


 高さ一万m、馬鹿みたいに高い山だ。

 アクアス山からの景色だと、神殿の明かりが星のように見える。


 そこからならきっと


「無かったんだ…」


 振り絞るように勇者は言った。


「無かったって、何が?」

「全部…。あそこからならアクアス大陸の世界樹が見える…のに」


 賢者が震える声で言った。


「世界樹…。でも、確かあそこには不思議な力があって、普段は見えないようになってるって。ほら、ユリも習ったでしょ」


 そして


「ロゼッタ、駄目だよ。ちゃんと授業を聞かないと。俺は授業で言ったでしょ。オーブを取ったらフィーゼオの加護でアクアス大陸の姿が露わになる。でもね、世界樹どころか、火山も。フォーセリア大陸もなかったんだよ。これ、どういうことなんだろうね!」


 聖職者か、教職者かが嬉しそうに言った。


 この世界には時間が流れている。時間という概念がある。


「それってどういう…こと?この大陸を出て、世界樹の怪異を取り除いて、エルフを仲間にして、火山のあるフォーセリア大陸に行って、そこでもう一つの種族と交流を持って…。その火山の下に魔王が…」

「大正解。ロゼッタ、偉いぞ。そこはちゃんと覚えてたんだね。でも、なぜか大陸が…。いや、アレは二人が言ったように『何もない』としか言いようがなかったね」


 そして神々の加護を得る条件は、異世界の魂を持つこと。

 しかも子孫にも反映されるという、ガバガバ設計。


 ここで恐ろしいのは何より、顔色一つ変えないアイツ。


「大陸がないんじゃ、どうすることできない。ボクたちはどこに行けばいい?」

「ねぇ、みんな。教えてよ。仲間なんでしょ?一緒に勉強したんだよね?」


 だったら、アレは


「そ、そんなこと俺に言われても…」

「全部、嘘だったってこと?魔王は…」

「船を出しても何処にもいけないんだよ?支えてくださった皆に、なんて言えばいいの?私はどうしたら良かったの?」


 ——未来の出来事じゃない。


「さぁ。そこで俺はこう考えた。だったらこの大陸の邪神を倒せばいいんじゃないかなぁ…ってね」

「そう…。リューズ、いや神官長にそう言われた」

「だから、私たちはアクアス大神殿と王都イスタを解放しないといけない…。それしか…ないじゃない」


 つまり、俺が見ていたモノは


 ——彼らの魂に残っていた過去の記憶だ。


 ラプツェルに「ちょっと待ってて」と小声で言って、俺はあいつの胸倉を掴んだ。


「お前は全部知っていたんだな‼」

「放せよ。俺に触るな、アウターズ。それに何を知っていたって?」


 この世界だからこそ可能。

 その証拠がトオルという存在。

 そしてリンネというシステムだ。


「シュウ、ユリ、ケンヤ、ロゼッタはお前と一緒に、過去の厄災で大陸に渡ったんだろ?」

「…なんだ、貴様」

「見たんだよ。シュウの前でユリが自爆したところ。ケンヤとロゼッタが世界樹で命を落としたところ」

「ほう…」

「アレは未来の映像だと思った。でも、本当は四人の転生前の記憶だったんだ」


 リンネが垣間見せた彼らの記憶。


 それを面白くもないという顔、…だが直ぐに笑顔に変わる。


「チッ。これだからアウターズは。まぁ、いい。俺は気分がいいからね。その記憶は一部、間違っている。あと、気軽に触るな‼」


 やはり、一人だけ動きが違う。

 邪神の力でも簡単に剥がされる。


 でも、そんなことがどうでも良くなることを彼奴は言った。


「シュウとユリがフォーセリア大陸まで行った。それはそうだ。でも、ケンヤとロゼッタの時は既にフォーセリア大陸が無かったんだ。だってシュウとユリと俺が壊した後だったからね。いやぁ、さっきも惜しかったよ。もうちょっとでこの大陸が消し飛んでたのにねぇ」


 今更だし、意味のない話かもしれない。

 それぞれの話の中に、それぞれの名前は出てこない。

 ただ一人、アイツとか新参者という言葉を除いて。


「ケンヤとロゼッタの時は参ったよ。ほんと、使えない二人だったからね。仕方なく、その後で俺っちがぶっ壊しといたんだけどね」


 そして、本当に悪質。

 反吐が出るほどの悪意。


「だったら…」

「そう、つまりはね。最期の集大成として歴代で騙されやすい四人をチームにしたってこと。ほらほら、全員集合ってやっぱ熱いじゃん」


 大陸を壊すきっかけとなったアウターズを、最後の大陸フィーゼオ破壊の為に用意した。

 それが出来るほどの男。


「ただの神官長じゃない…。そういうことか」

「さぁね。ってことで、ほらほら。最期の戦いだ。みんな、死力を尽くして戦いなよ」


 そう。


 ——ここ、リラヴァティはゲームみたいな絶対悪が存在する世界だった。

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