第48話 イブファーサと推理タイム

 南側が一万メートルの氷の壁に迫られた戦い。

 仲間のそれぞれに見えない壁がある勇者との戦い。

 そして戦いが面白くない。

 イッチを嘘乙と断定したアイツが暇そうな顔をしているのはもっと面白くない。


「勇者、提案。ちょっと頭を冷やさないか?」

「冷やしてあげるわよ、クリスタル・サーファ‼」


 巨大な氷塊が飛ぶ。

 どちらかというと物理攻撃に近い。


「ド・ゴート」


 邪神ラプツェルが手を翳す。

 邪神レイに到達する前に液体へと戻り、バシャと顔に水がかかる。

 そして女邪神は耳元で囁く。


「ね、レイくん、これで涼しくなった?」

「あぁ、そういえば顔を洗ってなかったか。って、そっちじゃあないぃ‼っていうか、なんでクリプト風?」

「あの時の方が、優しかったような。もしかしてレイ君ってショタが…」

「ショタも好き、ロリも好き。その辺のカテゴリーは全部好き…って、もしかして暇?」

「ひ、暇じゃないよ。その、どう接していいか分からない…から」


 どうやらこっちも壁がある。

 人と人とは決して交われない。見えない壁があるなんてつまらないことも考えてしまう。


「そうだな…。世界の成り立ちから考えて…。——地母神の剣フォーセリア・ソード‼これが最強か」


 その瞬間、勇者の目が剥かれる。

 隣では賢者も思わず口に手を当てた。


「フォーセリア・ソード…。それ」

「邪神と繋がり、魔素の流れが見えるようになった。お前達のいう精霊の姿もな。なるほど、確かに。この地は最初の創られた女神フォーセリアが作ったものらしい。隕石の飛来もない。だから、大地の構成成分から作られるんだろう。見た目は王宮の壁画を参考に…、って‼」


 目の前に居た勇者がいない。

 即座に見上げると、


『トゥルルルルルルルンッ‼』


 そのせいで分かったまである、レベルアップ音。

 その燐光を剣に宿したまま、振り下ろされる。


 バキン…


 折れたのは…


「くそぉぉぉぉ。それをどこで手に入れた⁉」


 勇者の剣の方だった。

 レベルアップした彼の力に武器が耐えられなかったのだ。

 だが、構わず振り続ける。


「どこにある⁉どこで手にした⁉」

「勇者‼勇猛果敢…なっ‼攻めっ…だな‼どう…っした‼」


 畳みかけるが、折れた剣での戦いになれていないだろう、軽すぎて逆に振り回される。

 もしくは、連続レベルアップのせいで体の方がバランスを失っているか。


『トゥルルルルルルルンッ‼』


 これでは流石に


「興醒め…だな」


 邪神レイは勇者の腹をドン‼と蹴る。

 ステータスではもしかしたら格上かもしれない。

 だとしても、合気道の知識も必要とせず、吹き飛ばせる。


「アルテナス‼見ているのなら、ちゃんと導け。正気を失わせてどうする」


     ◇


 光の女神アルテナスは、きっと天に居る。

 だから皆、空に祈りを捧げる。

 でも今は、視界の半分を独占されている。


 だからだろうか、彼は言った。


「ラプツェル。暇だから登山でもするか。霊山サーファ参りだ」

「え、いいの⁉僕、登るの初めて!」

「あれ…。結局、それ?」

「だって、一番反応が良かったし」


 その言葉にボクの両肩が浮く。心臓が跳ねる。

 そして元・幼馴染だった邪神と、ちょっとだけの憧れと、ちょっとだけの嫉妬を感じさせる旧友だった邪神を睨みつけた。


「止めろ‼ここにいろ‼」


 するとボクの幼馴染も叫んだ。


「駄目‼ここで戦って‼」


 だけど、イブファーサの同級生の一人は違うことを言った。


「逃げるの?シュウ、追いかけましょう‼」


 もう一人もボクの考えとは違うことを。


「俺達も行くぞ。俺に良い考えがある。直接よじ登るんだ!」

「はぁ?そんなの言われなくても分かってるし。でも冷たそうでアタシは嫌」

「なんだよ!またそうやって俺を!なら、おぶってやってもいいんだぜ?」

「えー。変な事考えてないでしょうね」


 なるべく、こんなこと考えないようにしていた。

 理由は分からないけど、友達って大事だし。仲間なんだし。

 でも、ボクは思ってしまう。


 ——何も知らないくせに、と

 

「止めろ‼追いかけるな‼」

「追いかけるな…って…」

「シュウ。アンタ、さっきからおかしいよ。ユリも」

「お願い。シュウ君の言う通りにして」

「どういうことだよ!イスタの邪神を倒すって決めたのはシュウだろ‼」


 人の気も知らない癖に、ボクの仲間とボクの敵になった二人は『何も知らない』から、氷の壁を登る。

 そして、ボクは彼らを見る。

 仲間としては新入りの二人。いや、一人は実は王様だった。


「勇者よ。どうした?早く追いかけろ」


 失踪が噂されているのは王と王子。

 昔のボクと同じで、王は実は死んでいたらしい。

 ご高齢で体もおぼつかない中、全ての準備をして蘇る日を死して蘇る日を待っていた。


 だったら、もう一人の失踪者は?


 ボクたちをイブファーサで育ててくれた神官長エルメス様は?


「シュウ。君も追いかけなよ。別にいいじゃん。高が氷の山だよ」


 もう一人の新入り、もしかしたら彼が?でも、彼は——


 だからボクは、ボクなりのやり方で抵抗するしかなかった。


「レイ‼お願いだ‼この通りだ‼ボクの…負」

「シュウ君、駄目。邪神レイ‼…ううん。レイ君‼」


 すると、ボクのことをよく知る、本当によく知っている、ボクの幼馴染が立ち上がった。

 彼女も冷静さを欠いている。ボクも彼女の性格をよく知っている。

 だから、突然現れた「異質な存在」、レイに少しだけ嫉妬をしながら、ユリのやる気を引き出した。


 でも、今になって思う。


 本当は、ボクがレイを必要としていたんじゃないか…って


 それも多分、彼女は知っていた…


 だから


「降りて‼降りないなら‼私は約束を破ります‼破って、その氷山を…」


 ボクは目を剥く。

 でも、目を瞑りそうになった。

 あぁ、それがいい…。それで全部、終わる。


 えっと…、なんだっけ


 あの時、リューズはボクとユリだけに言った。


「ねぇ、ちょっと見て。あれってどういうことなんだろうね」


     ◇


 ファンタジー世界らしい、馬鹿みたいに高い山。

 その上に大神殿があるという、これまたファンタジーでしかあり得なさそうな設定。

 ファンタジーなりの設定で、大地の母神フォーセリアと氷の女神サーファの合作だろうことは、大神殿サーファという名前から想像が出来る。


 でも、シュウはここにあるオーブが必要なだけ、と言った。

 そこにいた邪神も打ち倒している。

 何故か、その光景が夢に出た。だからちょっと気になった。


 なんて考えていたところだったが。

 下から聞こえてくるユリの悲痛な叫びに、当然俺は目を剥いた。


「ちょ‼分かった‼分かったから降りるって‼ラプツェル、悪い。やっぱ戻るわ」

「え。ぼ、僕はいいけど。みんな、どうしたんだろ」

「なぁ、ラプツェル。イブファーサのことを教えてもらっていいか?辛かったら…、全然」

「い、いい…よ。えっとね」


 俺とラプツェルには魔法の網が見える。

 どうすれば、どうなるかが、何となく分かる。

 堕ちたとはいえ神なんだから、当たり前だと勝手に考えているけど、多分あってる。


 空を飛んでいるのも、その力で、上昇をやめて下降に転じたら、地上の賢者は一先ず、自爆魔法の錬成をやめてくれた。


 だから、話をしながらゆっくりと降りる。


「悪魔の子として…。成程。俺が喋っているのが実は日本語じゃなかったことにも驚いたけど、ここに来るときに体が作り変えられるから、そこんとこも上手くなってるんだろうな」


 ファンタジーだし。某有名世界的ファンタジー小説も、実は神目線で人間の言葉に翻訳しているとかだったし。


「でも、僕が一番辛かったのは格差…。扱いが全然違ってて、僕の場合は…」

「裏では不自由のない生活。表では虐められる役…か」

「守ってくれる友達もいて、騙してるみたいで辛かった。…ううん。実際に嘘をついて生活することが一番辛かったかも。本当はみんなに倒される邪神だったのに」


 イブファーサは基本的に二歳から三歳になったら放り込まれる。

 その中で、クリプト少年には奇妙に思えたことがあったという。


「記憶がない…」

「曖昧な感じ…って言ったらいいのかな。ほら、トオルって僕のお父さんだったでしょ。でも、全然分からなかった。それと僕はほら、転生者じゃないから行ったフリだったけど、神官長との個人面談」

「神官長ってつまりラプツェルのお兄さんじゃなかったっけ?」

「お兄さん…って感じたことはなかったかも。年齢が離れてて、僕は子供の頃、力の制御が出来なくて、隔離されてて…。孤児の子供たちが連れてこられて、無理やりその子たちを僕にあてがって、気付いたらその子たちも…。でも多分、その子たちって今思うとアルテナの子供じゃなかったかも」

「あ、そうか。違う大陸にも人間がいるから…」

「そういう意味でも、僕が守らなきゃって…。大神殿で匿ってて、何かあったら王都で匿うって聞いてたけど、全然違ったね…」


 神官長は王子、と言っても若いと決まった訳じゃない。

 そこでラプツェルを匿う為というのもあって、彼女は男の姿でイブファーサに預けられた。


「神官長は調整って言ってたけど、みんな、辛そうだった」

「成程。それで…。過去のことを忘れさせるために色々やってたんだろうな。だから…」


 ここで長く暮らすから忘れる、と誰かは言った。

 でも、違った。そこで無理やり。例えば記憶を否定され続ける…とか、色々想像できる。

 だけどそれも違った。彼もしくは彼女の返答は違った。


「えっとね。ううん。そういう人もいたけど、ケンヤとロゼッタは寧ろ、面談の後の方が異世界の話をしてた気がする。ここは古い!とか文明開化だ!とか革命を!とか…。耳が痛かったし」


 最初のパーティ時代に耳にした。

 行方不明は王と神官長の二名。


 少しずつ、紐が緩んでいく。


 でも、だったら


 なぜ?いや…


「ケンヤ。お前も降りろ」

「てめぇが昇ったんだろ‼」

「ロゼッタを抱えて、ふわっとカッコよく着地。まぁ、無理か」

「はぁ?んなの出来るに決まってんだろ‼ロゼッタ。俺に掴まれ‼」

「ちょ、いきなり——」


 そんなことをいいながらも、ロゼッタはケンヤにしっかと掴まって彼に身を預けた。

 流石に微笑ましい。邪神らしからぬ笑みも出る。


「レイ!僕も…」

「お前は飛べr」

「僕も!」

「分かったよ。んじゃ、ケンヤ。どっちがカッコよく着地できるか、勝負だ」

「おう。ロゼッタ。行くぞ」

「勝手に競わないでよ‼」


 なんだか楽しい。

 命を架けた戦いとか言っておきながら、元仲間だからか、元幼馴染だからか。


 決して相容れぬ関係。アルテナスは認めない。


 だけど、やっぱりこういう絆は…


「絆…」

「どうしたの、レイ」

「…。こういうの、何て言うんだっけなって」

「こういうの?せ、青春…とか?」


 うん、色々違うし全然違う。でも、流石に情緒は大事。


「そうだな。青春だ‼」


     ◇


 着地してドヤ顔をするケンヤに肩を竦めて、俺は安堵の顔を浮かべる勇者に違和感を持った。

 でも、それは後にしよう。

 大事な、大事な考察の時間だ。


「勇者、賢者。お前達の望みは叶える。俺は上には行かないよ」

「そ、そうか。だったらここで」

「ただし」

「ま、また?ちょっとでも変な事をしたら、私やっちゃいますから!」


 賢者様にも手伝って欲しいけれど、今の彼女は自分の体に爆弾を巻き付けている。

 扱いを間違えれば、未来が変わる。

 今、既に色々怪しいのに。だからこその


 そして今回も、利害一致がキーワードだ。


「オーラン地区とウータン地区にも邪神がいるんだろ。そこはいいのか?」

「あ!また、先延ばししようとしてる‼」

「そこは伝統的に解放しねぇんだよ」

「へぇ。でも、俺は聞いたぞ。そこに王と王子が匿われてるって。それって危なくない?」


 真っ先に反応したのはトオル。


「何を申す。ワシはここじゃ。じゃから…、行っても意味はない」


 トオルの反応が知りたいわけじゃない。

 そもそも…


「イッチ。酷いことするねぇ。神官長と言えば、転生者にトラウマを与えたって有名だよ?勝てないと分かったから、次は精神攻めかな?」


 こいつの反応がみたい。

 ただ、その反応は薄かった。

 でも、そろそろ飽きてきた。


「転生者にトラウマを与えた神官長。悪魔の子と呼ばせて精神的苦痛を負わせた神官長。って、リューズ。それって、お前だろ」


 俺はズバッと指を立てた。


「アレがお兄様…ってこと?」

「でも、コイツって召喚組じゃなかったか?」


 白髪、オッドアイ、厨二病魔法剣士はせせら笑う。


「はは。何言っての、イッチ。探偵ごっこ?それとも特定スレ?転生者と召喚者を見分ける方法は」

「それ、お前が言ってただけだよな。それに神官長の立場を利用すれば、俺達の前世の情報を得る機会もあっただろ。ってかさ。そういう痛い記憶って、異世界に行ったら言わないもんなんだよ。異世界に行ったら本気出す…、ってのが異世界転生の定番だからな」

「うぐ…」


 そして攻める。

 こいつは、こいつだけは許しちゃいけない気がする。


 だから、もう一度。


「お前がエルメス神官長で間違いない‼」

「ぐぬぬぬ…」


 効いている。これでコイツの信用はがた落ちだ。


「情報を得る機会はあった。王子、神官長の立場を利用して、国自体を操ることも出来た。王は自分と一緒にいるとでも言って誤魔化せる。その時まで森の中に潜み、時が来たら召喚してもらう。その算段をつけてな‼」

「ぐは…」


 皆が目を剥く。

 イブファーサに居た者は皆、神官長を知っている。


「異世界からの召喚者だが、実際はこの世界から召喚された神官長。皆、これがリューズの正体だ。つまり大嘘つき野郎だ‼」


 ドン‼バン‼ズババン‼と決まる。


 トオルは観念してがっくりと肩を落とす。


 ケンヤもロゼッタもラプツェルも目を剥く。


 だけど。


「大正かぁぁあああい‼リューズは神官長によるなりすましなのでした」


 ここからの反応が違った。


「ほら。いい感じの釣りだったでしょ?イッチもこうやらなきゃぁ」

「いや。だから、そういうのいいから。分かっただろ。シュウ、ユリ。リューズはこういう奴だから信用できないんだよ」


 俺の目的は達成された筈だった。

 これでトオルはおろか、リューズの姿も未来図から消える。


 だけど、シュウとユリが項垂れている。

 自分達も共犯者だったかのように…


「うんうん。そうだね。俺は神官長で、見た目も年齢も弄って召喚された。よくぞ辿り着いた、イッチよ。だからねぇ、だからねぇ…」


 盗人猛々しい…、いや違う。


 これは何かを間違えた…って感じ


 そして、せせら笑うことを止めない厨二病男は続けた。


「ねぇ、イッチ。だから…、何?」

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