第46話 無事に就職できました

 王都周辺は大混乱に陥っていた。

 爆音の連続程度はどうにか持ちこたえていた。

 ただその後の光。特に、四方の尖塔から立ち昇る真っ白い光にライゼンは目を剥いていた。


「あ、アルテナス様‼行かなくては‼父上‼俺は何故、あの下にいないのです‼俺は‼」


 レベル20の男を止めるのは並み大抵の人間には出来ない。

 ただ、この場合。問題は光の柱が登ったことだった。

 驚くべき光景に、誰もが上を向く。

 そうなるかもと考えていた人間でさえ、どうしても目線を切る。

 仕方のないこと。誰もこんなこと経験していない。

 記録にも残っていない。


「居ない?おい、そこにいた青年はどうした?」

「え?いや、さっきまでそこにいたのですが」

「近くに居るはずだ。探せ!」


 厳戒態勢で取り組んでいた。

 とは言え、閉じ込めることも出来なかった。

 その警戒をしていた一人が叫ぶ。


「王都に向かわれた!それしか考えられない!」


 行くだろう場所は分かっていた。

 それでも遠ざけることは出来なかった。

 アレがその気になれば、ここにいる誰もが、レベル20程度の誰かでも、止めることなんか出来ないのだ。

 ただ、その中の一人が叫ぶ。


「王宮へ向かおう。問題ない。間に合った筈だ」


     ◇


 中心にある宮殿の周りは真っ白な粉で包まれていた。

 さっきまでは。だが、今はその全てが漆黒と混ざり合い消えていた。


「あれ?アタシたち…」

「シュウ君!その子…」


 アルテナスの加護によるテンションは一瞬で剥がされた。

 そして、次に口を開くのは眼鏡の青年が押し倒した銀髪。


「クリプト‼なんで、ここに‼」

「なんでレイがここにいるの‼大人しくしててって言ったのに…」

「あそこに居たら、こうなっちゃったんだよ‼クリプトこそ‼」

「ここは僕の居場所なの‼僕は逃げちゃダメだったんだ…」


 突然の眼鏡青年の乱入に勇者の剣は止まった。

 いや、違う…、と勇者は顔を顰めた。


「シュウ。クリプトは無関係よ。クリプトも!こんなとこに来ちゃダメじゃない」

「うん、分かっているよ。でも、クリプト。君は…」


 一旦の休戦。

 だが、この空気を嫌ったのは——


『トゥルルルルルルルンッ‼』


 やはり鍵盤の音だった。


『トゥルルルルルルルンッ‼』


 更に鳴る。すると、シュウの腕が動き始める。

 そしてレベルアップの効果、そもそもレベルとはアルテナスの格に近づく行為だ。


「ちょっと待て。どういうことだ。なぜ、クリプトがここにいる…」

「トオル?突然どうしたんだよ。城外から入って来ちまったんだろ」


 とは言え、その反応は様々だ。


「問題ないっすよ。もうすぐっす」

「本当だろうな?」

「ちょっと二人とも‼トオルの様子がおかしいわ。ユリからも何か言ってやって」

「え?えっと…、クリプト…くん?あれ…」


 彼のアイデンティティの眼鏡が落ちる。

 彼は何度か瞬きをして、その黄金の瞳を細める。


「レイ。子供たちは…」

「え?も、問題ない。今、姫様と一緒に…いる…けど」


 レイもその鈍色の瞳を剥いた。


「そっか。逃がしてくれたのはレイだったんだ。だって…、本物だもん」


 徐々にクリプトの栗色の髪が長くなる。

 生え際から紫の色に染まっていく。


「だから…、知られたくなかった。見られたくなかった」

「クリ…プト…?」


 小柄だった彼の体が、手が足が伸びていく。

 爪も鋭利に尖り、犬歯も伸びる。

 何より一番目を引くのは肌の色だ。

 色白かった肌の色が濃くなる。人外の色に青く染まっていく。


「ちょっと待って‼どういうこと⁉クリプトは子供の頃からずっと一緒に居たでしょ?ラプツェル様はだって…」

「…あの子オーガの親分が…クリプトだったってことかよ。俺達をずっと」

「騙すつもりはなかった‼でも、そうしないと…、は」


 変異していく。人から人で非ざるモノへと。

 変化していく。神へ近づく者へと。


「隠すなら人の中。力あるなら、力ある者の中。女ではなく、男。その力があるなら利用すればよい。流石はイザベル様だ」


 漆黒魔法剣士の言葉に、人外の女鬼は目を剥いた。


「その言葉遣い…。覚えている。まさか、お父さ…」


 そして震えた。


「ラプツェル。早く去れ。その醜い姿を止めよ」


     ◇


 え?

 いきなり何が始まった?

 っていうか、お父さ…?トオルが?はぁ⁉


 俺はクリプトの体が変異していく様を呆然と眺めていた。


 繰り広げられる会話に首を傾げていた。


「嫌よ‼ずっと姿を現さないと思ったら、…転生者に紛れていたなんて。ずっと嫌と申していた筈です。私の身代わりを作るなんて…。よりにもよってレイだったなんて…」


 そして明かされる、真の狙い。


「み…?身代わり?身代わりって…、何?」

「身代わりは身代わりよ!私の代わりに王都の邪神を憑依させるつもりだったの。だから、早く逃げて!きっとまだ間に合う。術式は完成していない‼」

「今更駄々をこねるな。お前のイスタルの知恵がなくとも、ワシだけで完成させてやるわい。ふぅ…、漸く頭が回るようになってきたところじゃ。レベルアップがこれほどの力を持っておるとは」


 王都の邪神が、お姫様に降臨した。

 その力はすさまじく、人間に化けることも可能だった。

 で、俺に邪神を降臨って…


「シュウ。トオルがおかしくなってんぞ。早く止めろよ」

「あ、あぁ…」

「おかしくなっておらんわい。貴様がワシのことを痛々しく見ていたこともキッチリ覚えておるわい。そんなことより、ラプツェル。早く、その醜い姿を止めよ。このままではアルテナの血が、イスタル様の血が絶たれてしまうぞ」

「クリプトぉ。血が、血がってお父さんの血ってこと?その場合って」

「あ、血は繋がってないんです。私の家は代々、王族として隔離されておりまして…。って、レイ?」


 クリプトと目と目がぶつかった。

 その瞬間…とか、俺にはなく、疑問と疑問がぶつかった。


「クリプトが正当な後継者だけど、父権制的に親戚が王になったってことか。俺が口出しすることじゃないけど。前にケンヤが言った通り。昔の制度って感じだな」

「な、そう思うだろぉぉぉ…って!いや、お前…」

「私が怖くないんですか?」

「えっと、その設定。もう、子供たちの時に使っちゃったんだけど…。寧ろ、全然アリ」

「え…、そう…なんだ…」


 皆が目を剥く。

 一番目を剥いていたのは邪神の彼女だった。

 黄金の瞳が満月のように輝く。

 ただ、それはさておきなのだ。

 だって、合点がいったのだ。アハ体験はやっぱり快感。


「俺、職業ガチャでスカ‼って出たんだ。それって結局、アルテナス様の加護がないって意味だったんだ…」

「職業がスカ?そんなことってあるのかよ…」

「聞いたことがない。でも、納得かもしれない。だからレイはボクたちには異質に見えていた…んだ」

「今考えるとそうだな。ルッキズムが通用しない世界だし」


 転校生効果とは珍しい存在ということ。

 顔貌、容貌、なんでも弄れる世界だからこその「無加護」、それが「個性」だった。


「そんなの信じられません。レイ君。駄目ですよ。そっち側に行っては‼」


 だが、駄目だと、賢者様は仰る。

 現実を考えると、確かに難しいかもしれない。


「流石に子供が45人もいるのは…」

「保護してる子供って意味ですよ‼私はまだ25歳です‼こういう事情なんで、誰とも…」

「クリプト君?じゃなくて、ラプツェルさん。俺はそこまでは聞いていないんですが…」


 無職だから無理って意味で。

 ん、えっと…


 成程。職業ガチャ。

 勇者という職業も、英雄という職業も意味が分からない。

 英傑も賢者も、ゲームとかなら何でもあり。


 だったら、こういうのはどうだろう。


「俺の職業は『スカ‼』じゃなくて、『身代わり‼』ってことで‼」


 俺はラプツェルの手を引き、体の位置を入れ替えて、そう言い放った。


     ◇


 その後、本当に休戦した。

 お姫様の身代わりをアウターズから選ぶ。

 そんな裏政策が本当にあったのだから、利害が一致したのだ。

 だったら儀式を完璧に行う為に、より完璧にした方が良い。

 そして俺は再び玉座に座る。

 ここが魔法陣の中心らしい。

 因みに、その表現いる?と何度か差し込まれた太陽の位置なんかも条件の一つだったらしい。


「それで執拗なまでにここに座らせてたのか。反政府組織の狙いはお姫様を守ること。勇者が王都を狙う場合は身代わりを立てること。アウターズから選ぶこと…」


 王都の形は確かに魔法陣を思わせる。

 早い段階で、クリプト改めラプツェルの邪神化は決まっていた。

 勇者じゃなくとも他の誰かが王都解放に動いてしまう。

 そこで考え出されたのが、魔法の神とされるイスタルの知識を使うことだった。 


「過去の戦いでも王都に邪神は現れている。王都の、しかもここに邪神が座っていれば、身代わりと気付かずに倒す、倒されるが決まる。なるほど?」 


 凄まじい魔力を持っていたラプツェルは、男の子の体に変身して転生組の中に紛れ込んでいた。

 その魔力がバレないように、細工薬師とかいう意味が分からない職業を名乗っていた。

 職業ガチャの時、一人多かった理由は彼女が紛れ込んでいたから。

 確かにあの時、本殿から一名加入と言っていた。


「ラプツェルは反対したけど、シアン王はイスタルの血統を絶やす訳にはいかないと押し通した。イスタルの血統は女系じゃないと駄目って意味か」


 過去の歴史については、確かにユリが言っていた。

 あのユリが俺の邪神化に了承したのは意外だったけど。

 それだけ、血統とは重いのだろう。


「さて、結構前から光の柱は立ってたけれど。邪神とやらはいつ来るんだ?」


 因みに俺は独り言をしているんじゃない。

 前にもこんなことがあった筈だ。


 そう、目の前にはカエルがいる。


 つまり、


「ウーエルがクリプトの前で喋ってたのは、クリプトが既に邪神化していると知っていたからか」


 ──そう。しかもあの魔力。隠し通せるわけがない。嘘が通じる方ではない。


「全然気付かなかったからな。俺、ベッドの匂い嗅いだりしてた…。って、あの扉の向こうでお着替えしてたのか!」


 ──まぁ、姿形は男でも気持ちは違っていたのじゃろうな


「成程…、ってか、邪神のやつ遅くね?どんだけ待ってると思ってんだよ!今回くらいがクライマックスと思ってたからね?」


 そもそも玉座に座った瞬間、何かあると思っていた。

 まさか、正しく儀式を行いたいから座り直してくれと言われるとは思わなかった。


「邪神と会話するってどんな感じなんだろうなぁ。なぁ、ウーエル。邪神とどうやって会話したらいいんだ…って!」


 いや、違う。ちゃんと前をみろ、俺!


「って言っても、畏れ多くて、神様と会話なんて出来ないなぁ」


 ──そうじゃのう…って、おいぃぃぃ!ワシと会話していたであろうがっ!っていうか、お主こそそろそろ気付け!


「え?ってことは、俺の職業って井戸の神様になっちゃうじゃん!」


 そう。

 計画はずっと進行中だったのだ。

 クリプトの、ラプツェルの頭の中というより、イスタルという魔術の女神の中で。

 その過程で、俺は魔法爆弾を手にしたり、子供たちを運ぶ方舟を使ったりしていた。


 因みに、利害の一致と言った。


「冗談はさておき。これで俺も戦えるって訳だ。今度こそ、世界を正しく導いてやる。あの厨二病男を絶対に排除してやるからな。そのついでにトオルの心もへし折ってやろう」


 こうして俺は、本当の意味でこの世界に就職した。


 職業名は『邪神』で、存在理由は——


 最後の戦いで語ることにしよう。

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