第45話 衝突と説得とピアノの音

 朝日が昇って、三時間も経っていない。

 アルテナスの使徒たちは、最初の被弾、そしてレベルアップ後、真っすぐに本当に真っ直ぐに歩いた。

 それがそのまま最短ルートで中央の城へと伸びる。


「よお…、って。なんでお前が」

「どうして、レイ君が…ここに」


 魔王の象徴である太陽は真東から昇る。

 この世界、この場所でのそれは夏を意味するのか、真上に向かって進んでいる。


「あれぇ、一般人のイッチじゃん」


 眩しくない太陽は、ジリジリもキラキラとも大地を照らさない。

 ユリ曰く、この世界は神々が作った。

 最初にフォーセリアが大地を作り、それから太陽アクレスと月ルーネリアが生まれた。

 だから、大地は動かず、星々が動いている。天道の世界。


「アンタ。ここがどこか分かってんの⁉」


 明るくもなく、白くもない太陽でも、西からやって来た人間を易々と照らし出す。

 銀髪を正しくなく、赤銅色に染めている。


「貴様。アウターズを騙る不届き者の分際で気安く我らに話しかけるな‼」


 アウターズを語る男の顔を、正しくなく笑顔に染めている。


「久しぶりだな。未来の…、じゃなくて今世紀の勇者様」

「レイ。久しぶりとかじゃない。どうしてここに居る…」


 まさか自分が勇者になるとは知らなかった金髪の男は、勇者になると知っていた男に近づく。

 そこで彼は動きを止めた。


「そうだぞ、レイ。ここは」

「ケンヤ。俺が一般人なら、なんでガチャが回せたんだ?」

「はぁ?そんなこと俺が…」


 彼を一般人だと断言した大剣豪は、唐突な質問に声を失った。


「アレはただの絡繰りだ。そもそも、何人が呼ばれるから分からない」

「へぇ、そうなんだ。あ、そういえばさ。お前、パルーの祭壇の夜になんで反政府組織と接触していた?お前が裏に居るんだろ?」

「な?何を言っている。俺はただ動きを探っていただけ…」


 黒の魔法剣士が反政府組織に近づいていたのは間違いない。

 誰にも言ってなかったのだろう。狼狽して動きが止まる。

 次は


「いや、待てよ。洗礼式で一人余り、新たに追加されたよな?変じゃないか、リューズ。もしかして…」


 こいつが足を引っ張る。あれは間違いなく、この男の声だった。

 だから、この男を…


 ガン‼


「ぐ…。うわぁあああああああああああ」


 ドンっと強く、背中を打ち付ける。

 地面を何度か抉り、皮膚が粗く削られた。


 そこで


「リューズくん‼止めて、その人はレイ君って言って…」

「…うん。知ってるよ。アレかなぁ。偽物で無職、偽証の罪で…、所謂無敵のヒトってヤツ?

「はぁ?何言ってんのよ」

「ユリっち、ロゼッち。何やってんすか、回復魔法っすよ‼」


 漸く、事態が動き始める。

 銀髪の不審者にして無敵のヒト、つまり俺は弱弱しく立ち上がった。


「無抵抗は知人による犯行って言うけど。…なぁんだ。リューズ。お前だけは俺を知人と見てくれなかったわけだ…」


 次々に膝を突く、戦士たちに女たちが目を剥いた。

 顔を青く染めて、彼らの元へ駆けつける。


「はぁ?何言ってんの?もしかして殺害予告スレでも立てた?」

「く、大丈夫だ。これはかすり傷だよ。それよりレイ、どういう…つもり…?」


 吹き飛ばされた場所から1m先に、刃渡り5㎝の果物ナイフが落ちる。

 その先に真っ赤な液体が付着している。


「流石は世界を救う勇者たち。流石に死には至らない…な」


 装備も最新で最強のモノ。急所はきっちり守られている。

 とは言え、


「お前。何、血迷ってんだよ‼俺達はお前を‼」

「まだ仲間って思ってくれてたってことか」


 これは不意打ちにして宣戦布告。いや…


「知れた事。反政府側の人間だったのだろう。恐らくパルーの祭壇の一件もソイツの仕業だ」

「レベル0相手でも、ちょっとは恐怖を感じてくれたか?お前たちがこれからやろうとしていることに比べたら、大したことないだろ?」

「そんなわけないじゃない‼アンタ、どうかしてるわよ‼」


 戦いは既に始まっている、か。

 流石に理解している筈だ。


「シュウ。この先にはアルテナ王国の姫がいる」

「…うん、知ってるよ」


 辛そうな顔をする優しい勇者は、やっぱり知っていた。

 最初はそういう顔で乗り込んできた。

 ただ、全員が知っていたわけではなかったらしい。


 何人かの顔色が変わる。


「え…?そうなの?ラプツェル様が…邪神になられた…の?」

「おい。マジかよ。そ、それで…か。だからライゼンが来なかったのかよ」

「そうだね。邪神化したとはいえ、王家は王家。王族が姿を見せないのはそういうことなんだ」


 勿論。何人かの顔色は変わらない。


「なんということだ。だが邪神を滅ぼすことが俺達の務め。ロゼッタ、ケンヤ。王都の解放は皆が願っていることだ‼」


 黒の魔法剣士が剣を振りかざす。

 回復魔法により、いや因らなくても、虚を突かれた程度だから余裕で動ける。


「ラプツェル様…?とにかくそれを知ってて、攻めてきたんだ。どっちが反政府の人間か、分かるよな?」

「ええい。貴様も既に魔物化しているのだろう‼レイザーム破邪聖剣‼」


 未来にこの男はいない。

 ここで俺が倒すからか?いや、流石に俺じゃ無理か。


 ——五大神の中に雷帝レイザームは居ない。そもそも


 分かってるよ。


「遠慮なく使わせてもらう。大地大盾フォーセリア・シールド


 玉座の間には様々な魔法兵器が置かれていた。

 厄災前戦争の余りものか、それとも姫を守るためか。


 雷鳴を帯びた勇者らしき黒剣士の一撃が…


 ガキン‼


「どぅわぁぁああああ。目がぁ‼目がぁ‼」


 エステリアの魔法の袋を地面に布くと、そこから岩石が生まれた。

 大地の女神が作った岩石だ。ただ硬いだけではなく、レイザームの力を弾く。


「ちょ、どうなってるの?ユリ、早く‼」

「うん。アクアス様‼トオルくんを癒して‼」


 チェーンソーが突然硬い木材に当たった時に生じる事故。

 それと同じ現象だ。


「ただでさえ片手剣で、キックバック対策も出来てない。そんなことじゃ、先が思いやられるな、トオル」 


 もしかして、ここで俺がトオルの心を挫く?

 もしかして、アイツを再起不能に追いやる?


 だけど、その未来は知っている。

 未来が決まっていないなら、俺にもやれることがある。


 ——成程。一気に決めるか。ならば、ヘスティーヌの槍じゃな


 分かってるよ‼結構なもんを揃えてんじゃねぇか。


 空間の全てを司る二面の女神エステリアの陣。

 そこから、色んなものを取り出せる。

 流石は王家。国宝級のお宝を取り揃えている。


「勇者‼ここは無視して先を進め‼だが、お前は居残りだよ、リューズ‼」


 魔法兵器は凡夫を英雄に変える。

 一般人の投擲でも——


 カンッ!


「マジで何やってんだよ、レイ‼お前はそんなんじゃなかったろ!」


 だが、英雄が魔法兵器を持てば話は違う。

 アクアス大陸の最深部に間違いなく到達した闘士の盾が冥府の番人の槍を弾き飛ばす。

 でも…、それって


「ケンヤ‼お前こそ、何をやってるんだ。お前もその男に殺されるんだぞ‼」


 俺は未来を知っているんだ。

 あの声の主が分かったんだ。


 でも、その前に。

 俺の視界が赤く染まる。

 体に強い衝撃が走る。


「レイ。アンタ、何言ってんのよ。やっぱり魔物になってんじゃないでしょうね?」


 斬られたわけじゃない。赤毛の神聖騎士が軽く小突いただけで俺は吹き飛ばされる。


「ロゼッタ。お前もだ。お前も新入りに足を引っ張られて…」

「ええ。今、正に足を引っ張られてるわね」


 ——ねぇ。アンタって本当に召喚組なわけ?


「違う。俺は未来の話を…」

「ただの変人。…幻滅したわ」


 あの時、俺の隣に座っていた翠の瞳の女の子。

 キラキラしていた美しい瞳が、冷酷に剥かれる。

 当然だ。こんな話をこんなタイミングでしても、こんなタイミングじゃなくても頭がおかしいと思われるのに。


 信じてくれない。でも、だったら


「ユリ。お前は賢者なんだろ?ちゃんと考えてくれ。この先には…」


 ドゴッ…


 息が止まる。心臓も止まりかける。


 勇者の膝が俺の臓腑を抉り、その反発で俺の体が吹き飛ばされる。


 心優しい勇者様が、いつものように肩を竦めて、こう言った。


「レイ。ユリを困らせないでよ。これ以上、ボクたちの足を引っ張らないで」


 今は俺が足を引っ張ってる?

 俺の話は通じない?


 ぐぇぇぇえええええ


 少し前に雑に放り込んだ内容物が王宮を汚す。


「なん…でだよ」

「なんでって、ボクたちはアルテナス様の使徒なんだ。だから退いて。君を斬りたくない…」

「お願い。レイ君。終わったら、色々話そ!だから今は」


 今もまだ分からないけど、右も左も分からなかった頃、寄り添ってくれた二人。

 その二人があの時と変わらない優しさで、俺を説得しようとする。


 なんで?


「王都は襲わない…、そう言ったろ?…ここを見逃してくれるだけでいい」


 そうだ。

 今はそれだけでいい。

 トオルのことは分からないけど、ケンヤとロゼッタはアクアス大陸の最奥まで行ってる。

 止めるチャンスはまだ有る…


「な。そうだろ?」

「済まない。世界の為に邪神化した姫を倒さなければならない」

「なんでだよ…。お前はこれ以上無関係な人間を殺さないんじゃ…」


 でも、何故か首を振る。

 彼女も


「レイ君。心配しないで…。私たちは大丈夫だから」


 優しいプリエステスは優しいウィザードになった筈なのに。

 前に、奥に進もうとする。


 そして何故か、このタイミングで


 彼女が手を差し伸べたタイミングで


『トゥルルルルルルルンッ‼』


 五百年前に英雄の誰かが主神アルテナスに会ったらしい。

 光の女神アルテナスはきっと黄金に輝く髪をしていて、きっと真っ白で薄手の衣服を身に着けていて、きっと手首に金色の輪っかを嵌めていて

 長くて艶やかな睫毛はうっすらと開いてて、たおやかな指先が輝くピアノの鍵盤に乗せられていて

 そこから右に向かって、神の鍵盤を撫でていく。


「は…?」


 そんなイメージが勝手に浮かぶ、流れるような音。


 現在進行形で目を剥いている俺が見ているのは、空から零れる光の粉が六人の体の周りを舞っている様子だ。

 間違いなくトゥルルルルルルルンという音は、五人の体から発せられている。

 空からではなく、彼らの体からで間違いない。


 いやいや、流石に。これは見間違い。

 疲れすぎて脳内再生されただけ。血が減り過ぎてて、目がちかちかしてるだけ?


 なんて気持ちはやっぱり茶髪の仲間によって打ち砕かれる。


レベル光女神の加護アップだ‼アルテナス様のお告げだ‼」

「へ…?なんで?どうしてこのタイミングで…」


 前と同じ?

 いや、それ以上。

 現在進行形で目を剥いている俺が見ているのは、空から零れる光の粉が王都全体を包み込んでいる様子だ。


 ——成程。そういう話か


 ちょ、何を言ってんだよ、ウーエル…


 アルテナスが見ている?


 いや、そんなことよりも


「シュウ‼何をやっている‼そいつはもはや無関係ではないぞ」

「あぁ。分かっている。皆、アルテナス様の為に戦おう…」


 レベルアップしてしまうと、こいつらは


「暴走…する。悪質すぎるだろ、アルテナス‼」


 そうだった…


 ——抵抗せねば、殺されるぞ


「リバルーズ様、アタシに力を。ロゼッタサイクロン‼」

「イブゴート様、俺にも力を。大剣豪ケンヤ、行くぞ‼」


 アレがリューズだとすると、いやリューズの声だったんだから


 未来に俺はいない‼


「殺されてたまるか‼大地大盾フォーセリア・シールド‼」


 咄嗟に魔法具を使った。

 だが、砕かれる。


「ふははははは。遂に正体を現したか。王都を巣食う悪鬼がっ‼」

「お前も居残り組だろうが‼リバルーズの波動‼」

「同じ手は喰らわんぞ‼」


 五大神の魔法具を使っても、レベルアップのせいか今度は跳ね返せない。


「だったら、もういちど。ヘスティーヌ・ジャベリン‼」

「ぐぬぅ…」


 抵抗しないと、攻撃しないと止まらない。


「次は…、太陽神アクレスの——」


 どんどん押し込まれる。


「アンタが投げたって当たらないのよ‼」


 いや、押し込まれていい。

 退きながら戦えばいい。

 今はタイミングが悪いだけ。


「みんな、落ち着いてくれ‼前が見えなくなってるだけだ‼」

「ワラ。前が見えないのはそっちじゃない?」

「新入りのお前に何が分かる‼こいつらは良いヤツなんだ…」


 時間が経てば、暴走は止まる。

 今までだって——


『トゥルルルルルルルンッ‼』


 だが、再び鍵盤は打ち鳴らされる。


『トゥルルルルルルルンッ‼』


 光の粉が蒸気のように上り立つ。 

 白い湯気が勇者たちの体から湧き立つ。

 吸気と呼気に反応してか、本当に熱を帯びているのか視界が歪む。


 そして気が付けば、


『トゥルルルルルルルンッ‼』


 また、レベルアップ

 ドン…と背中に硬いものが当たる。

 ついに中央城の扉まで追い込まれる。


 俺の前に立つのは、真っ白な体にしか見えない勇者シュウの輪郭だった。

 光の粉に包まれた光の剣。

 振り下ろされる。


 俺の体は何故か熱を帯びていて、高熱に魘されるようで、


 あれ…?


「駄目ぇぇえええええええええええ‼」


 見知った顔の友、眼鏡の彼の姿が見えた…気がした。

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