第44話 衝突前
「弾幕薄いぞ!何をやってる!」
いくつもの伝音管に向かって、俺は捲し立てる。
何処かの神が恐怖を和らげる為に理性を失わせると言った。
「フォーセリアとアクアスを組み合わせろ!絶対に近寄らせるな!」
だったら俺の理性を奪ってくれ!
あの化物達は何なんだ。
歴史書とか残ってるんだから、考えて欲しい。
策が無いにも程があるんだ。
なんだったら…
「姫はどうなんだ?大丈夫なのか、もうやばいのか?」
そもそも、だ。
王が逃げ、王子も逃げたなら姫を置いておくな。
アルテナスに選ばれないなら、確かに弱いかもしれない。
でも、ここにこんだけ魔法兵器を残して逃亡って
『姫は…子供たちを守ると仰られました』
「そんなことは分かっている!だったらアイツらにそれを伝えろ!あぁ、確かにそうだ。転職のこと頭から抜けてたのは俺のミスだけど!」
『私達は姫とここを守ります!』
「チッ…。でも、絶対に突っ込むなよ」
『ソレは…』
今俺は、俺をここに来たガラドさえ疑い始めている。
本当にお姫様など、ここにいるのか。この世界にいるのか。
だが、子供たちは確かに鬼化していた。
あの子供たちがいなければ、俺もとっくに逃げ出している。
そして、もう一度叫ぶ。
「勇者に人殺しを慣れさせるな。だから逃げろ」
『ですが』
「じゃない。逃げろ。姫はいるんだろ?そして既に邪神化している。そうじゃないと子供の魔物化の説明がつかない!」
『……分かり…ました』
見た目がほぼ老衰死していた元教皇は、アレが邪神化の形だ。
実際、グレートアンデッドもエルダーアンデッドも出現していた。
なら、マコたちが母と呼ぶ彼女も邪神化していて、しているから子供たちの姿が戻らないのだ。
「姫は俺が守るから…。見つからないように逃げろ」
『その言葉、有り難く…頂戴します…』
何故、子供たちのボスが姫と言えるのか。
エリアボスを倒せば、魔物化が解けるで正解なのだ。
だって、当初は王都の解放をさせない計画だったからだ。
ワールドボスである魔王を倒せば、邪神化が解けると知っているからだ。
かなり早い段階で、姫に邪神が降りたと考えるしかない。
喋ったことも会ったことも見たことさえないアルテナ王国の姫。
彼女を守りたいというよりも、勇者に暴力装置になって欲しくないと考えている。
というか、騙されたこと、馬鹿にされたことの方が有力か…
良いところで自分も逃げよう、そんな下心が湧いた
『レイ様、最後に…』
「いいって。俺は…」
『世界を…よろしくお願いします…』
は?という言葉が出ないまま、ラッパの先から走り去る音が聞こえた。
「世界だと?世界の為だと?」
なんだろうか、この感覚は
勇者の旅はまだ続く。魔王への道のりは長い。
俺は…、知っている。
でも、どうして…、体が熱い?
「…やってやんよ。だんだんムカついてきた。トオル、まぁお前も。リューズ?勿論お前も。だが、やっぱお前だ、シュウ!」
金属管を払いのけると、耳障りな音が王の間で反響する。
うざったい、鬱陶しいノイズはキャンセリングする。
様々な考察はスポイルされ、純粋な気持ちだけがフォルテッシモで、芯まで響き渡る。
「勇者、お前は何を選択した?お前は世界を救える?俺が直接教えてやんよ」
そして俺はうろんな目つきで玉座の間の扉を押した。
◇
城塞都市イスタの外側、というより北側。
ホッピー農園は、川の邪神がいなくなって今は平和だ。
だのに、険しい顔の男がいる。
「どうしてだ、父上!シュウは王都の奪還に向かった!」
「落ち着け、ライゼン。お前はもう役目を果たしている」
「何を言う。私は世界を救う英雄になる男だ。王都奪還の後、アクアス大陸に向かう。そこからが本当の戦いなんだぞ」
シュウの説得だけで止まる彼ではない。
旅はこれからだ。新大陸を目指す旅で、食糧も魔法具も沢山いる。
パトロン達に止められたら言いなりになるしかない。
それが分かる彼でも若い故に、始まってしまえば感情的にもなる。
「王命ならまだしも」
「ライゼン様。これは王命です。民を守ることも大事な約目です」
そこに同じく紺色の髪の壮年の男。
「スベント伯もそう言われておる。旅がまだ続くこそ、ここは平民に譲るのも未来の王の資質だぞ、ライゼン」
「ぐぬ…。だが、アイツらはなんだ。グラスフィールの港を借りる必要があるとは言え、貯蓄した食糧を貪るだけのアイツだ。なぜ、アイツを咎めない?」
ここから北西に行けばビシュマに辿り着く。
伝承によると、そこに船を浮かべてオーブを翳せば、フィーゼオの加護で船は次の大陸アクアスに着く。
それ以外での航海は、リバルーズの怒りを買うため不可能とされている。
実際、5分と経たずに船は崩れ落ちる。
そこの領主が若者たちを整列させて、民に見せびらかしていた。
ご存知の通り、アウターズのセーフティネット、チーム草原である。
ヘア!トア!と剣を振らせて、一般人にアピールをしている。
「…気持ちは分かります。ライゼン様」
「その声はウィンディか。先日は話せずに済まなかったな」
「いやはや。私はあそこまでではありませんが、レベル上げが余りできておりませんので、航海の出る資格さえありませんが」
ウィンディは子孫組だが、ロゼッタと同じくイブファーサに居た。
だから、ライゼンとの交流は少ない。
「私もです。…アールブ侯。ライゼン様にあのお話は?」
それはルメールも同じだ。
「…ワシも未だに信じられなくてな」
「そうでしょうね」
「なんだ、ルメール。それに父上も」
アールブ侯爵、こちらをお使いください。
そこにスッと魔法具を差し出したのはスベント伯だ。
「秘密の会話…?一体、何だというんです」
「ライゼン様。私たちは過去の英雄、アウターズの子孫です」
「それは当然だ。歴史を考えれば貴族全員。加えて、民の殆ども少しずつ血を引いているだろうな」
「ええ、ですが。アウターズの血を引いていない者もいます」
ウィンディの声もルメールの声も、途中で波の力を失い、遠くには伝わらない。
勿論、ライゼンの声もだ
「純粋なアルテナ人…だと?噂には聞いたことがある。王族の極一部、まだ続いていたのか。それとこれと…、いや。まさか…」
「そうとしか考えられません。王と王子が雲隠れした理由…」
「真の王の血族…が」
「私たちは姫、と呼んでいますが。その者が邪神になってしまった…」
「ライゼン様。これは真の王殺しです。その手を汚しては…」
「そういうこと…か。だから平民のアイツに…」
その時、ドン!!と城塞都市内で砲撃が始まった。
周囲の人々の動きに、スベント伯は魔法具をしまった。
「そういうことだ。息子よ。今回だけは大人しくして欲しい。憎々しいが、アレらのようにな」
「クリプト。民が不用意に近づかないよう見張りなさい。決して動かないように」
「はい。…動きませ…ん」
「心配なのは分かります。でも、勇者は強い。結束も固い。安心して待ちなさい」
「…はい」
等間隔にならび、それらを指導する幹部たち。
「分かってんだろうなぁ。1ミリも動くんじゃあねぇぞ」
「1ミリもって、なんもしませんって」
パンク頭の男に
「そうそう。オレらと一緒にいりゃ、安全に暮らせるんだよ」
オレが一人称の可憐な騎士
バレットは彼女に憧れていた。
「イルマさんは行かなくていいんすか?実はめっちゃ強いって…」
「あ?いいんだよ。今回の報酬はとんでもねぇからな。お前らだって楽したいだろ?」
彼らの声は勿論、魔法具による妨害を受けないわけで。
容易くオドを読み解く眼鏡には正確に伝わっていた。
「そういう…こと…。これって…えっと…。えっと…」
「クリプト君。これは仕事ですよ」
クリプトが尊敬するフォグは、元々イブファーサで教師をしていた。
それもあって、色々と世話になった。
これが偶然か、それとも必然か…
「じゃあ、チーム草原の…本当の役割は…」
博識の彼は考える。
仕事をしながら考える。
拳を握って、汗を滴らせて耐える。
とは言え、ここでファインプレーを起こすのは…
今、同じく拳を握りしめている
「おい!今、魔法弾が上がったぞ!」
「ライゼン!話は聞いていただろう。ここは」
「分かる。分かってるんだよ。でも、差をつけられちまう。俺の耳に聞こえるんだよ!アルテナス様の美しいピアノの音がよぉおおお!」
その瞬間、ライゼンの体にマナが宿る。
すると即座に二人、同じくマナを宿しながら立ちはだかる。
「だから駄目と言っています!」
「これは王国の為でもあり、世界の為なんです。永遠の平穏の為なんです!」
俄に場外が騒がしくなる。
◇
王都イスタは巨大な方形の城塞都市だ。
流石に外の喧騒音は入ってこない。
王城の大きな扉に小さな隙間。
そこからひょいと顔を、そして体を出す。
銀髪が揺れる。鈍色の瞳がギョロっと動く。
レイはその辺を、例えばコンビニに行くような感覚で歩いていた。
王都に備え付けられた魔法弾は収まり、今は粉塵とマナの残り香が漂っていて、できればマスクをして歩きたいくらいたった。
でも、今は顔を隠さない。
真っ直ぐに西に向かって歩いていく。
その方向には勿論、顔見知りがいる。
まだまだ遠くだけどハッキリと分かる。
ド派手な格好だから間違いようがない。
こちらは質素な村人の服だというのに。
そこから更に歩き、俺は極自然に、殺気なんて帯びずに、魔力なんて持たずに、彼らに手を挙げた。
「よ、元気してたか?」
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