第42話 王都戦の前日、再録とレイ

      ♧


 空には赤黒く輝く星々が見える。

 これが神々が邪に染まった証拠だが、旅立った日と比べると随分マシになった。

 ただ今は、噴煙が邪魔をしているから空は殆ど見えない。

 大地より湧き出る溶岩のぎらつきで見えないのかもしれない。


???「流石に熱いんだけどぉ?」

シュウ「ここは火山地帯だし…ね。それにしても、ここが魔界の入り口…」

???「そうじゃ。エルフのひよっこ。ワシのお陰でここまで来れたんじゃがな」


 眩しそうに溶岩を見つめる二人の後ろから野太い声が響く。

 背丈は二人の六割程度で、見るからに違う人種だった。

 リラヴァティでは『ドバルフ』と呼ばれる。伝説に僅かに残る種族である。

 横には広く、縦には低い。彼の後ろから顔を覗かせるのは青い髪。


ユリ「…ここを降りるん…だよね」


 地獄のような風景に天使が降り立ったような衣装を纏ったプリエステス。

 彼女も心配そうに覗き込む。


(ムービーの再放送って聞いたことないんだけど)


???「大丈夫。君たちなら世界を取り戻せるよ」



     ◇


 ザッ…ザザザ…


 光の女神アルテナスを除く、全ての神々が反旗を振りかざした理由は、人間たちが後に生まれた女神を最高神と崇め奉ったから、と言われている。


 その旗振り役及び、邪神の筆頭は太陽の邪神『アクレス』だ。


アクレス「臭う…。臭うぞ。忌々しい人間共。いや、外なる魂を持つ異分子か?」

シュウ「お前がアクレス…。お前さえ倒せば…、ボクたちは」

???「シュウ。落ち着きなさい。気持ちは…あたしたちエルフには分からないけど」

???「エルフの娘。分からんなら何も言うな」

ユリ「そ…だよ。皆も見守って…くれてる…」


 仲間の死を乗り越えて、新たな仲間と共に彼らはここに立つ。


(あぁ…、戦うから?もう一度見とけってこと?ケンヤとロゼッタはその途中で死んでいる。トオルは…、あの???だっけ…。当然だけど俺はいない…な)


     ◇


シュウ「ユリィィィィィイイイイ‼」

アクレス「何をやっている?お前が世界を救うのだろうが」

ユリ「う…う…」

シュウ「ユリを放せ‼」

ユリ「逃げ…て…」


 遥か東の大陸フィーゼオで始まり、西の大陸フォーセリアで旅が終わる。

 その道中を支えた賢者は、最後の力を振り絞る。

 ほんの少しの魔力で十分なのだ。

 その魔法は冥界の門番に自らの魂を捧げるだけで成立する。


(自爆呪文。冥界の門番って確か、ヘスティーヌだっけ。漸く、意味が分かる。ユリは魂を捧げて…)


シュウ「やめろ‼その魔法だけは…」

???「シュウ。世界の為だよ。この為に頑張ったんじゃないか」


(こうやって聞くと、やっぱアイツだよな?流石に声質くらいは分かる…。え?なんでアイツがいる…?)


シュウ「お前に何が分かる‼新参のお前のせいで、ボクは…」

???「そんなこと言われても…ねぇ。だって、さ」


 こんな状況で笑っている男。

 魔王ではなく、勇者の仲間の内の一人だ。

 途中からパーティに加わった存在であり、チームの足を引っ張った一因とも言える人物である。

 その男を呼び込んでしまったのは、賢者たるユリ。


(今なら分かる。ユリは歴史的にも稀有な存在、賢者だ。流石はユリ。本当に賢者になるなんて…。それにしてもなんて魔力だ)


ユリ「お願い‼生きて‼」


 彼女は爆散する直前に、その男にではなくシュウに向かって叫んだ。


(…?)



     ♧


「ぐへっ‼な、なんだよ。突然動いたと思ったら、首に…。首輪?」


 と言っても、指に当たる感触だけだ。

 ユリから発生した爆風のせいか、風景が全て吹き飛んでしまったらしい。

 周囲に光と呼べるものは何もなかった。


 もしかしたら、光の女神アルテナスの奪還に失敗したのかもしれない。


(ここも再録?そうだ。これは臨死の映像だった)


「ジャスティラス…」


 声が聞こえた。


「はい。なんでしょうか、リンネ様」


 男の声と女の声


「その者は死なないらしい。臨死で引き返すことになった。死神の出番ではないな」

「成程。お母様の御力ですか?」


 く…は…


「死神って‼」

「おや?流石はこちらに来たての魂。自我を保っていたとは」

「死神はジャスティラスだから…。リンネ、じゃなくてリンネ様っ。さっきのムービーはなんですか‼」

「…成程。臨死で私の力の一端を垣間見たか。気にするな。忘れろ」

「そうですよ。君は自分の命だけを気にすればいいんですよ。それでは」

「ええ。ここに用はないから、もう行きましょう」

「せめて、教えてくれ‼アレは未来の?それとも過去の…」


 神の光ではない。邪神の発光でもない。

 光の向こうに見えたのは、…最初は青い髪だった。


 俺の体感では、何年も彷徨っていた。


     ♧


 天へ届かんばかりの大樹の下は精霊たちが飛び交う森。

 そこには長寿の知的生物が点々と暮らしている。

 フィーゼオ大陸では見られなかった動植物が生息しているのは、この地には神の気であるオドが溢れているかららしい。


ケンヤ「こっちだ!俺はコッチにいるぞ!」

ロゼッタ「もう…いい…」

ケンヤ「俺はまだピンピンしてんぞ!ほら、どうした?」

ロゼッタ「やめ…て…。にげ…」

ケンヤ「逃げない。俺はお前を守るんだ!」


     ♧


「だっ…。また、これかよ。暗闇…、それから——」


 ただこの景色は、風景が全て吹き飛んだ暗闇は、光の女神アルテナスの威光が届かぬここは…


「はぁ…。死神ジャスティラスさん、俺はまだ死んでないっすよ…」


 死神の気配は感じない。が、引っ張られているのならソコにいるのだ。

 目には見えないし、何も聞こえないけれど、仰向けに倒れている『レイ』をズルズルと引っ張っている。


「おや?またですか。ふむ…。どういたしましょうか、リンネ様」


 男の声は死神。そしてリンネ。

 間違いなく死と魂の循環を司る神。


「…はぁ。外から来た魂か。私の力だけでは御せぬ…。いや、もしかするとお母様の力によるもの…」

「あ…、そっか。邪神との戦いで呼び出されたんだっけ。こっちの人間は神とは戦えないってのは本当だった…、ぐへ‼」

「たかが人間の魂が勝手に口を開くな」

「ジャスティラス。それ以上はいけない。やはり、その者は死なないらしい。今回も臨死で引き返す。残念だがな…」

「成程。やはりお母様の御力でしたか…」


 異世界の神とは言え、神は神。

 なすすべもなく首が締まっていくが、死には至らない。

 いや、そもそも死んでいないらしい。


「そのお母様ってさ‼」

「喋るなと言っている」

「なこと言われても‼未来の映像を流してるのはそっちだろ‼」

「…やはり、私の力の一端を垣間見たか。気にするな。そもそも前にも言ったはずだ。可能性の一端だと」

「未来は定まっていない。これはアナタにとって、喜ばしいことでしょう?」

「ムービー?…お前が考えていることは決まっていない」


 ここは、やはり目を剥いてしまう。


「因果の外の者。口にしたくはないが、私たちは用もなくここに居る。それこそが証明ではないか?」


 女の声は後ろから。

 内容に飛び起きて振り返るが、そこに人影はなかった。

 その代わり、やはり消えそうな淡い光がぼんやりと浮かんでいる。


 俺は姿を見ていない。人間に神の姿は見えない。そして彼らは用もなくそこにいる


 その時、俺の中にとある・・・疑問が浮かんだ。


「それ以上は、口にしない方が良いですよ。理由は…、分かりますよね?」


 考えてはいけない。

 踏み込んではいけない。


「ジャスティラス。余計な事を言わない」

「そうでした」


 でも、やっぱり。考えないと…


 未来は決まっていない。でも、時間は存在する。


      ♧


 だったら、あの映像は——


 俺に何を期待している?


 光の女神アルテナスは英雄たちの頑張りに応じて、加護を与える。

 それを人々は経験値と呼び、一定の感覚で神に近づく現象をレベルアップと呼んだ。


 必要なのは異世界の何かであること。

 現時点で数え年の17歳であること。


「どっちも満たしてる…。いや、後半はよく分からないか」


 俺は鉄砲水に呑まれた後、運良く王都まで流された。


「お兄ちゃん!お兄ちゃん!大変!」


 小屋も上手く流れてくれた。

 最初から方舟として設計したみたいに綺麗に流された。


「大変って…、そりゃ」

「お兄ちゃんの顔がフヤケてる!」

「へ?え?オジサン?若返った!」

「ホントだ!ほんとにお兄ちゃんだった」


 子供たちを逃がすとき、川の神は力を貸してくれた。

 井戸の神との相性はバツグンだったらしい。


「変装してたんだよ。マコは知ってたろ」

「うん!」


 ウーエルは邪神の力を失っているから、まだ分かる。

 でも、クワスの力が流れていた筈の二人。

 ゾーフとマコはどうやって街に来たのか。


「っていうか、ここは」

「王都だ。スマンな。出迎えることしか出来なくて」

「ん?ガルドさんってどっち側?」

「どっち側かだと?俺が逆に聞きたいよ。お前はどうなってんだ?因みに俺は人間側だ」

「んじゃあ、マコ達がどう見えてる?」

「そりゃあ…、可愛らしく」

「嘘だー!」

「うん。嘘だね」


 角が生え、牙も伸びた子供たちに叱られる三十代男性。

 ただ、俺は正解に導けない。


「時期的なものか…それとも?ま、いいや。ガルドさんは人間側なのにどうして子供たち側…。あ、教皇側…とかか」

「違ぇよ。そもそも元・教皇に権力が戻ったのは数年前だしなぁ」

「あぁ、そうか。前までは王子が神官長って位に就いていた」

「その辺は聞いてるよな。後は…」


 今まで教わった理屈なら、子供たちの姿が戻る筈だ。

 それに魔物馬車の存在も奇妙だ。いや魔馬の場合は別の可能性もある。

 原産が別大陸という可能性があるかもしれない。


 ——本当に?


「ねぇ、お母さんは?お母さんはどこ?」

「お母さん…?もしかして…」


 はぁ、と溜め息が聞こえる。

 ただ、男は自分の両頬をパンと叩いただけだった。


「アクアス大神殿は落とされた…。明日からこっちか」

「今からじゃなくて?」

「あっちにも色々ある。二大神殿が解放されたんだ」

「そっか…。大神殿は攻略可能レベルが20だった。ライゼン隊のみでクワスは落とされた。つまり、あいつらは強い。どうにか逃げられないのか?イスタのエリアボスも人間なんだろ?」

「あぁ…、狙うならあっちからと思ったが、やはりだな。それと」

「俺へのテスト…。お前達は一体何をしようとしている?俺に…」

「お前、勘違いしていないか?」

「勘違いってほど、物を知らないよ」

「はぁ…、召喚組だったな。そりゃそうだ。じゃあ、言ってやる。最初はなぁ。大神殿も王都も攻略対象になかったんだよ」 


 鬼の子供たちも、一緒についてくる。

 子供たちの扱いを知った後だ。この状況が、俺の心を揺さぶった。


「なんだよ、それ…。確かにシュウは王都と大神殿には手を付けないって言ってた。アレは気を使ったんじゃなかったのか?だったらなんで…」

「お前だって探ってただろ…」

「パルーの祭壇に刺客を送り込んでおいて」

「はぁ?何の話だ」

「パルーの祭壇でシュウたちの命を狙っただろ。あ…、そうだ。パルーの祭壇だって人間が魔物化してて。で、あれは反政府組織って…」


 立ち止まりそうになる。

 すると子供たちに押し流される、そんな状況だけに。

 アクアス大神殿の元・教皇と信徒の声を聞いた。

 つまり…


「パルーは防風林の神だろ、何を言っている。その辺のイノシシの化け物だった筈だ」


 俺の心の底が抜けた。

 宿った魂と一緒に、意識が抜けそうになった。

 井戸の神はカエルとか、海鳥の神は鳥とか

 大前提があったのに、聞かされていたのに、俺はとある理由で勝手に解釈をしていた。

 白痴過ぎて恥ずかしくなる。アイツに比べてと思ってしまう。

 その次に来るのは、もう一人のアイツに向けての怒りの心だった。


「アイツはなんで、あんなことを…。俺のせいで…」

「お前のせいなわけねぇだろ‼俺たちゃ、姫に神様がご降臨されてからずっと準備してたんだよ‼」


 胸倉を掴まれる。だが、投げ飛ばされたりしない。

 彼は弱いが人間側なのだ。条件を満たさないから、アルテナスに選ばれていない。

 そして彼らは裏で、勇者候補だったシュウと王都の誰かをぶつけない計画を練っていた。

 その状況で、優等生だったシュウに人を殺させる。


「召喚組には無理な計画だ。だから元仲間で召喚組のお前を選んだ。しかいない。だから呼んだ。そして説得に失敗した。残念だったよ」」

「そして俺は…。説得に失敗した」


 事前に説明されていたら?

 いや、パルーの祭壇の件を彼らは知らない。

 元・教皇を見せて、子供たちを助けさせたのは、人が魔物に変わり得ることを教える為だ。

 知った後に説得しても、シュウは止まらなかった。

 アイツがいたから、俺は正体を明かせなかった…んだっけ?


「俺がライトニングの所属したままなら…止められていた…」


 そう思ってしまう。

 本当に恥ずかしいと思ってしまう。

 その後のことも全部、全部嫌になって来る。

 そして、これが俺の反逆の理由になっていく。


 後悔と雪辱の念に引っ張られて、俺は未来の勇者チームを迎え討つことになる。


 ——だらりともたれる違和を感じながら。


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