第41話 王都戦の前日
一方その頃を入れるべき時間だろうか。
そのまま王都に乗り込むかに思われた英雄たちだが、実はその場で待機が命じられていた。
だから、戦いは直ぐには始まらない。
海を渡る冒険には、パトロンの存在が必要不可欠である。
そんなパトロンたちにとって、中央大神殿であるアクアス大神殿の解放は、待ち望んでいた重大なイベントの一つなのだ。
「おいおい。どうしたんだよ、期待の勇者」
「よしてください、ライゼン様」
「様はつけるなよ。共にフィーゼオを解放する友だろう?」
「まぁ、それは…」
シュウとライゼン・アールブが並ぶ。
二人の傍らに居るのは、メリッサ大聖堂の司祭長だ。
「我らの母、アルテナス様も喜んでおられます。皆さまにも伝わっていることでしょう。二つの神殿が我らの手に戻りました‼」
司祭長の話は、今回も長々とした世界の話だ。
最高神アルテナス以外の神が、全て邪神に変わってしまったという、超絶にヤバい状況が、どのようにして安寧に向かうかという話。
そして、この世界生まれの希望の光では邪神を沈めるのは不可能という話も再び語られる。
「王都が残っているというのに延々と…」
「いいじゃんいいじゃん。俺達の伝説は多くの人に聞いてもらわなくちゃ」
ライトニングの仲間たちは当然居るし、
「結局、王も王子も見つからなかったです」
チーム草原のリーダー、タチも呼ばれている。
その隣にいる壮年の男がグラスフィール伯である。
「まぁ良い。これでアルテナ人の支配は終わる。我々はもっと自由であるべきなのだ」
グラスフィール卿は王に反旗を翻して以降、一度も公の場に現れていなかった。
つまり、ここで初めての登場となる。
触り心地の良い髭と、悪い無精ひげを睨むのは、スベント伯とメゾリバリア領主の二人だ。
うろんな目つきで周囲を見回しているから、二人の周囲に人が寄り付かない。
その二人の視線が、通りすがりの一人の男にも注がれる。
「いやいや。今回の趣旨を忘れたわけではありますまい。我が息子、ライゼンが歴史あるアクアス大神殿と神学校を取り戻したのですぞ」
息子と同じ藍色の髪にクルクルと光る石を装飾した妻もその隣にいる。
「アナタ。シュウ君は成績も十分ですわ。それに息子ともあんなに仲良さそうに」
「お。そうだな。あの髪色は生粋のアルテナ人。中身はまだ信用できないがぁ、まぁ、アルテナの未来は明るいに違いない」
うろんな目つきの男二人は、彼らが自分たち向けに言っていないと知り、小声で囁く。
「俺の息子たちが動き始めた。今のところ問題はなさそうだが」
「ただ、計画の一つは潰された。どこからか情報が漏れ出ているぞ」
「ライトニングか。あの中に…」
「ハヤト商会?一応、洗ってはみるか。それより…、一番重要なのは」
「分かっている」
その更に向こう、裏参道として栄えた街、ウーエルからは多くの参列者が並んでいる。
その中に見知った顔もいる。
「久しいな、元気にやっているか?」
「…え?えっと、ぼちぼち…です。あっという間にここを解放したと聞いて、僕の無力さを知りました」
「でも、頼りにされているって聞いてるわよ。アイツのことは残念だけど」
「あ…えぇ。そう…ですね。お二人は」
「ビックリするくらい仕事をさせられてるよ。こんなことなら来るんじゃなかったって思う位にな」
「お‼クリプトじゃん‼」
眼鏡の青年の髪がふわりと浮く。
その魔力が篭められた眼鏡に写るのは、茶色の髪と真っ赤な髪だ。
「元気してる?…結局、彼らとは馴染めなかったみたいだけど」
「あはは…。…うん。イブファーサのこと…、根に持たれてて」
「かー。長いねぇ。ま、クリプトが真面目過ぎってのもあると思うけど」
「アタシはそんなこと思ってないからね。それにケンヤに言われたくないわよね」
「ロゼッタはその…。華があるから…。今日も…綺麗…だし」
「だろ?そこの趣味だけは合うよな、俺達」
「ちょ、アタシの前で言う?」
法律が違うのでアルコールはオーケー。
ということで、前世の決まりを破って飲酒中のケンヤ。
そして酔っ払いには酔っ払いなのか、他の冒険者の姿も。
「あぅれ?その眼鏡。クリプトじゃぁん」
「う…わ。最悪のタイミング。しかも酔ってるし。ルメール。クリプトに近づかないで」
「なぁに。本当は貴族の癖に庶民の味方ですかぁ?」
「チッ。ウィンディまで。イブファーサでは世話になったわね」
「っていうか。クリプト、笑える。アレだけ魔術を弁舌してて、まだ眼鏡卒業出来てないのね」
「え…。そういえば。もしかしてレベル上げられてないの?」
「違うわよ。レベルなんて誰でも上がるでしょ。その眼鏡、細工薬師引いちゃってねぇ」
ロゼッタは目を剥いた。
クリプトのことを小さな頃から知っているからだ。
「嘘…。あんなに魔術の知識があったのに…。アルテナス様…」
「アルテナス様…。本当に私、分からないですぅ…。どうしてレイ君のことを見てくださらないのですかぁ…」
そして人が人を呼ぶ。
そもそも、アクアス大神殿は名前に不釣り合いな程に狭い。
「ちょ…、ユリ。どうしちゃったの?」
「テシウス様のことだけじゃなく…、レイ君も…」
「どうしてお酒飲んでるのかって聞いてるの!」
「だって…、レイ君の席がないんです…。ちょっと楽しみにしてたのに」
クリプトの肩が僅かに浮く。
その何の役に立たない眼鏡も。
「え。えとユリさんって…、もしかして」
「ち、違うわよ。ユリは色々、抱え込んじゃってるの。本当に色々あったし…」
「そうなんだ…。色々…」
「色々…」
ユリ、そしてロゼッタが集まることで様々な人々が集まっていく。
そこでポツリ
「ロゼッタとケンヤは本当に王都を…」
「ちょっと、トオル‼あんた、何やってるの‼ユリが落ち込んでるわよ。こういう時こそチャンスでしょ‼」
だが、その声は容易に掻き消される。
黒髪魔法剣士と白髪魔法剣士が歩けば、会場もザワつく。
「ユリ。ど、どうした。あぁ、アレか。子オーガを庇う変人の言葉をまだ気にしているのか」
「あぁあ。ユリちゃん。そんなことだとアクアス大陸でへこたれちゃうよ。何かあったら俺っちに言うっす!」
「貴様…。新入りの分際で何様のつもりだ‼」
「あー、二人とも。ちょっといいかな。久しぶりだね、クリプト」
「しゅ、シュウ…君。じゃなくて…シュウ様」
「クリプトまで止めてって。それより…、謝らないと」
希望の勇者の言葉に、会場は静寂に包まれた。
もう一人の希望の勇者が父と母に連れられて、挨拶回りをしている中だった。
「レイのこと、クリプトも知ってるって聞いて、ね」
「え?あ、謝られるようなこと…」
「ボクとユリは人を殺した…」
「ひ…、人を…殺し…た」
どうして、とクリプトの口が紡がれるが、空気に波を起こすことはない。
「レベルが上がったあの現象のせい…。って片付けようとした。でも、ボクとユリはレイに助けられた。レイを殺そうとしたから仇をとったって今は思ってる。そう言ったらね、彼に今の君みたいな顔をした…」
大神殿にはアクアスの像とアルテナスの像が並ぶ。
その下で、未来の勇者は涙を零して懺悔をした。
そして、
「アイツらをボクは許さない。だから明日、王都を解放する。ボクたちの母、アルテナス様に誓って、…それを最後の人殺しにしたい」
明日の決意を神に誓った。
クリプトの瞳が震える。
その瞼をギュッと閉じて、彼は静かに言った。
「…うん。分かった」
だが、やはりその言葉は
「おい‼こんなとこにいたのか、勇者‼俺の隣にいろと言っただろ‼…って、誰だ、コイツ」
騒々しい声によって掻き消される。
「あぁ、ゴメン。ボクは政治はからっきしで。ってことだから、レイと一緒に待っててね。クリプト」
「クリプト?知らん名だ。レイは知ってるぞ。アウターズを偽った不届き者だ。ロゼッタ。君まで騙されるとはな」
「はぁ?騙されない方が難しいんだけどぉ?」
そして旋風の如く、勇者たちは去っていく。
つまりここに残ったのは…
雷鳴のルメールと疾風のウィンディ。
彼の元、いじめっ子の二人だ。
「クリプトは明日、ライトニングおよびライデンの後方支援だったな」
「…はい」
「王命よ。余計な事はしないように」
いじめっ子らしく仁王立ちした二人は、青年が頷くまで沈黙し、談笑しながら去っていった。
そして…、また風に揺れぬ声で呟く。
「レイは…、本物のアウターズだよ。…え?子オーガを庇う変人…って?嘘…」
眼鏡を置き、細工薬師は瞑目した。
未来の勇者の懺悔も聞き、彼は絶句する。
それから数時間——
黒の魔法剣士は闇夜に染まる。
そこにアクアス山の際から昇る魔王の星が光を刺す。
すると、白の魔法剣士が闇夜から現れる。
「今の話…。本当か?」
「いやぁ、真実は分からないよ。ただ、このままだと君。危ないかも」
「いや。ここまで王族が出てこないのは確かにおかしい」
「だよねぇ。この世界に来たばかりの俺が思うんだ。みーんな考えてるんじゃないかなぁ」
「王が…。エリアボスになってしまった…と」
「まぁ、普通はそう考えるよねぇ。トオルっちのスレが終わっちゃうかも。彼のスレみたいにね。し…」
白髪が指を縦に切ると、小さな音が近づいてくる。
「リューズ、何の話をしているのかな。またボクたちを搔き乱すつもり?」
「いやいや。俺は純粋な疑問を話してるだけっすよ。未来の勇者様も気になっているんじゃない?王子様の行方…。いやぁぁな人だったって聞いてるよ」
「誰から聞いたんだよ。新入りぃ」
「あれ?ケンヤっちからじゃなかったっけ?」
「俺?いや、怒られた話をしただけだって。なにせ俺達…」
イブファーサで育てられた子供たち。
皆、総じて
「悪魔の子として育てられていた。いやぁ…、そんなこと言われたら歪んじゃうよねぇ」
「それは…、仕方のないことよ」
「だって…。私たちが生まれること、即ち厄災が起きるということなんです…」
迫害を経験している。
虐待を経験している。
「記憶持ちか、嘘つきかって本当に酷いよね。そして…、死ぬほど戦いの特訓。なんて恐ろしい。なんて酷い…、世界。いや、この国は本当に滅んだ方が良い…って、冗談っスよ」
召喚組が知らない話で、転生組が話したがらないこと。
「本当にほんと。真実を知りたいだけなんすから。こんな話に釣られないで欲しいっす」
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