第40話 部外者

 45人の子供たち。

 中には抱えないといけない子もいる。


「マコ」

「分かってる…」


 俺を迎えに来る役に抜擢されるだけあって、マコは賢い子だった。

 ただ、少し明るい場所に出ても兆候とやらは分からない。


「これは風…、これは精霊?」


 ほんの一瞬、何となく分かる。

 多分、相手が動く時だ。


 残念ながら北側の動きは分からない。

 ただ、神殿に残った大人たちの言葉から通信手段があることが分かる。

 その程度調べておけと言われそうだが、少し前までただの庶民。

 今だってそう。


「ゆっくりと山を降りよう。あの暗闇に向かって」


 将棋のように考えるべきか、リアルタイムストラテジーのように考えるべきか。

 どちらにしても、逃げ延びる可能性があるとすれば、申し訳ないけれど、残った大人たちを頼るしかない。


「レイ様お願いします」

「私は…こちらへ」


 ゾーフの行動が目に焼き付いている。

 それが彼ら、彼女らの覚悟と言うなら、俺も覚悟を決めるしかない。


 ただ、ここで俺は気付く。

 どうしてウドの流れが分かったのか。


 ウーエル様、分かってますよね。


 すると、コメカミに痛みが走った。


 協力するつもりはない、と言いたそうな痛み。


 だけど…


「北からも来てる…か。問題は経路…。灯りを持つのは…」


 するとくいっと肘が引っ張られる。


「お兄ちゃん…、地図読めないの?」

「いや、これだけ暗いと…」

「暗いと読めないの?」


 更にもう一つ、気付き。

 成程、確かに兆候が出ている。

 グレートアンデッドは物凄く強かった。

 魔物化とはそういうものだろう。


「それじゃあ地図はマコに任せよっか」

「わーい!あ、でも…、ノノの方がいいかも。ノノぉ?」

「な、なに?マコちゃん、あたちは」

「ノノはね。ここでかくれんぼが一番上手なの」


 女児二人の頭に手を置く。

 変な意味はない。可愛いって理由で頭を撫でる行為が変な行為に当てはまるなら…、変な行為だけど。


 ただ、変な行為にも意味はあった。硬いものが触れる。

 比較があったから分かりやすい。ノノの方が兆候が出ていた。

 そこに触れると、ノノは「あ…」と小さく言った。

 だからさらに強く撫でまわす。


「かわいいね。ノノ」

「え…」

「えー、ずるーい。マコはー?」

「マコもかわいいよ。うん。みんな、かわいい」


 そう言われてみると、みんな少しずつだけど、角が生えていた。

 ただ、角が生えただけ。だけど、魔物化の兆候に違いない。


「…みんなで一緒に逃げよう。悪い人たちから」

「うん‼久しぶりのお外、楽しい‼」


 この程度で


 ——人間と認めろ、などと言うつもりか?


「さ、それじゃ行こう。お城への道は…」

「分かるよ。王都からの参拝は簡単なの!」


 当たり前だろ


 ——ゾーフという老爺を見てもか?


「おーい。僕も前にいくよー」

「タウは力持ちでしょ。みんなをおぶるの!」


 だってあれは


 ——ならない、と証明できるか?


「リンの方が力持ち」

「なんですってぇええ」

「痛…。ほら、ちから」

「また、ぶつよ」

「ううう」


 ならない。そう決まってる。


 ——話にならん。今のお主の言葉など誰も耳にせん


「てんことりまーす。1!」「2」「3」「4」


 俺が証明する。


 ——どうやって?


 街や森への避難ならともかく、王都への避難は容易な道のりだった。

 それは最初から分かっていたことだ。

 先の信徒の説明にあった通り、王族と大神殿は強い結びつきがあった。

 そもそも、以前までは同時に攻略していたくらいだ。

 

「どうやってって…。考えてないけど。そもそも魔王を倒せば、みんな元通り」

「お兄ちゃん、あれ!」


 俺達は今、アクアス山を西向きに下っている。

 参道の整備も山道の整備も来る時とは比べ物にならない程、行き届いている。

 ただ、子供の足で歩くので、時間はかかる。

 

 因みにこの世界リラヴァティは、何処かの世界を真似たのか、それともそうなるものなのか、東から太陽が昇る。

 俺達の後ろ、つまりアクアス山の裏から昇る。

 そして朝日は、目を焦がすほど明るくもない。


「イブランタンの光。それにもう朝…か。動き出している、始まってる…」


 真四角の壮大な敷地を、王都の正確な地図を遂に目の当たりに出来た。

 四隅に塔があり、そこから城壁が真四角に連なる。

 中央にあるのが城だろう。荘厳な城だ。

 全体的に目を奪われる古都というべきか、民主主義下では無理だろう大規模な芸術作品に見える。


 ——で、証明は可能か?


 また…。何を言ってるんだ。ちょっと角が生えてるだけだ。あと、ちょっとだけ牙。可愛いだけだろ


「久しぶりに明るい時間だ。だーれもいなーい」

「ノノ!駄目だよ。見られちゃう!」


 とは言え、確かに。

 古い体制故に、人と違うって大変かもしれない。


「大丈夫だよ。それくらいの方がずっと可愛いし」

「お兄ちゃん…、それ、本当に言ってるの?」

「…当たり前だろ。この目が嘘を言っているように見えるか?」


 目までは覆っていない。鈍色の死んだ魚のような目だけど。

 でも、だからこそ。


 証明できるさ。


 ——まぁ、いい。時が来ればそのようにしよう。


「みんな、かけっこだ。あそこの小屋まで競争だ!」

「勝ったら?」

「俺が誉めてやる。飴ちゃんとかもいつかあげる」

「ひゃくおくまんごーるど?」

「あぁ、ひゃくおくごーるど」


 …は出世払いだけど


     ◇


 地図を見た瞬間、なんとなく分かっていた。


「城塞都市を攻めるのは一苦労だ。相手は魔物。しかも死を恐怖しない」


 あそこを攻めるのは容易じゃない。

 しかも、反政府組織が多く潜んでいるのはあっち。

 ガルドは王と王子を知っている風だった。なら、内側に入ることは可能だろう。

 妨害工作も出来る。


「何より、やっぱ城だし?戦争下だった以上、内覧も難しい…。それに比べてアクアス大神殿は子供の頃から通っていたろうし?」


 俺が知っているアイツなら、間違いなく同じ景色を見ている。

 当時はまだ、戦うのも怖かったと言っていたし、レベルというのも分かっていなかった。

 だから王都攻略は止めた、なんてのも理由の一つかもしれない。


「攻めるならこっち…ですか?」

「確かに。君はボクのことを知っているのか。それでどうして、オーガの子を匿う?」


 久しぶりな気もするし、ついこの間の気もする。

 だが、成程。ウーエルの面の皮を使わなくても、強さが伝わってくる。


「オーガの子じゃありません。アレは人間の子供です。勇者と呼ばれるなら分かる筈です。それくらい、…その情報くらい掴んでいる、聡明な方だと伺っております。我らがチーム・ライトニングの皆さまは」


 アクアス大神殿は山の南側にある。

 霊山サーファも見える。

 以前の攻略が同時に行われたことも絶対に知っている。


 アドバンテージがあるとすれば、今の俺は部外者だということ。


「なに、アンタ。ただの一般人がこんなとこで何言ってんのよ」

「騎士ロゼッタか。そして奥に居るのは女司祭。この状況をどう考えています?」


 そして彼らは、ただの人間をいきなり襲ったりしない。


「人間が…魔物に…。でも、それは」

「いやいや。大変だよねぇ。ゾンビ映画みたい。感染しちゃいそうで怖いなぁ」


 いらっとする。

 やっぱ、こいつだけは許せない…、でも我慢‼


「わ、私が感染していると?…金色の勇者様。その白いやつはなんですか…?」

「待て。さっきからシュウを勇者勇者と」

「す、すみません。えっと…」

「真の勇者、トオル・ハヤトだ。邪神サーファにもそう伝えた」

「は…、はぁ、ですが」

「ま、どっちでもいいじゃん。シュウは王都の解放を目指すんだよね?おっさん、邪魔だからどいてくれる?それともやっぱ感染しちゃった?」

「ちょっと待てよ、リューズ。俺達も目的は魔王攻略だぜ」


 しかも早速、搔き乱している。

 それを出来るだけ利用して、どうにか子供たちを…


「ケンヤも勇者の一人じゃん。歴代の勇者はアクアス大神殿も王都イスタも解放してるって、ロゼッちが言ってなかったっけ?」

「お前、その呼び方止めろって言ってんだろ。新入りの癖に」

「アタシは別にいいけど。それに、これがリューズの言ってた時間稼ぎってやつでしょ?」


 なん…で…?

 俺は目を剥いた。

 今回も面の皮さんには感謝しかない。


「な、なんの話でしょう。時間稼ぎなんてさっぱり…」

「五百年前にも用いられた手法…。信者を操って当時の英雄を罠に嵌めようとした…。それは確かにそうなんだ。リューズは召喚組なのに良く知ってるね」

「俺達召喚組は、右も左も分からない。だから、先ずはリラヴァティの文化や歴史を学ぶ。傾向と対策を練るなんて当然だろう?」

「えっと…。だから遅れたんだっけ…。貴族にも掛け合って、私たちも知らない情報も手に…。凄い…よね」


 流石はユリ。いや、ユリが尊敬する事態は看過できないが、それはさて置き。

 アールブ侯爵は王の右腕と呼ばれていた。ならば、イブファーサで学ばされること以外も当然知っている。

 今までの彼らの話から察するイブファーサは、転生組に優しくない。

 与える情報も限られる。


「そんな褒めないで。ハヤテ商会の情報も大したものだったよ。反政府の動きもちゃんと把握してたんだし」

「当然だ。いわばグレートリセットに等しいからな。…だが、ハヤテ家は商会ではない‼」

「そうだったね。ハヤテ卿の情報によると王都側にも潜入してて、ここで挟撃をする予定だったんだよね。信者の子供を利用して…ね」

「あ、あぁ…。そうだ。ハヤテ卿は次代を背負うのだからな」


 お前…、乗せられてるけど、あの映像に居なかったんだぞ…

 それにしてもコイツ…。どこまで


「今、お聞きになりましたでしょう?あれは信者の子供たちです。決して、『』ではありません‼それに私は反政府の者でも…」

「…あの、悪いんですけど。反政府組織の人間じゃないなら、邪魔をしないでくれますか?ボクたちはフィーゼオを解放する予定です。反政府も政府も関係ありません」

「子供たちも関係ありません‼アルテナス様の使徒なんですよね⁉」

「アルテナス様の御力は魔物を倒す為の力…。無関係ならアナタを斬りたくはない。だから…、退いてください」


 く…、そんな…


 ——そういうことじゃ


「…あぁ、分かったよ」

「分かった?なら、そこを退いてくださいませんか?ボクはこれ以上、人間を斬りたくないんです。彼に嫌われてしまいそうなので」

「子供は斬るんだな」

「あれは子供ではなく…」


 ——お主は紛れもなく


「魔物ですよ」


 ——部外者アウターズじゃ


「そういう…こと…か。教皇様ぁぁああああ‼」


 俺は大神殿を一瞥して叫んだ。

 彼らはその隙を突く、なんて真似はしない。

 それだけの強者だ。


「何?今更、大神殿に何か期待した?実はさぁ、その挟撃は失敗してんだよねぇ」

「猊下は偉大な御方だ。どうしてそれを理解しようとしない⁉そこの女は司祭だろ?」

「…申し訳ありませんが、元・教皇猊下は…邪神に乗っ取られました」

「今はライゼン隊が討伐中だ。もう、挟撃は失敗。だから、オッサンはもう」

「ケンヤ‼下がれ‼」

「今、大きなウドの流れを感じました。これは」


 その瞬間、彼らの遥か後方で大爆発が起きた。


「あのライゼン‼雑に倒しやがって…。ったく」

「アンタも逃げろ‼」

「シュウ、そんなやつに構うなよ‼」


 理由は勿論、教皇猊下が倒されて、最後の力を暴発させたからだ。


 川の邪神クワスの力。この辺りの魔物をホッピー農場まで流し出せるほどの力だ。


「敬礼…ってのは違うんだっけ?まぁ、いいか。タイミング的に案外楽しんで戦ったってとこ…、うわっ」


 そして俺は鉄砲水に呑み込まれて、下流へと流された。

 反政府組織が用意した頑強な小屋、アレを綺麗に押し流すくらい、川の神には造作もないだろう。


 奇妙なのは挟撃の計画を、彼奴等が知っていたことだ。

 しかも信徒たちの話によるち、その計画は一週間前に中止になっていた。


 何故、中止になったのか。なんで、計画を知っていたのか。


 部外者の俺は、濁流の衝撃で容易く気を失うわけだけれど。

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