第39話 意味不明な事態
馬車が止まる。
展開が余りに早くて考える余裕もなかったが、今までのケースで考えるとおかしなことがある。
「マコは、それにガラドさん。あと俺は魔物化していない?」
「それについても後だ。お前の知っての通り、この中はレベル20の化け物だらけだから急ぐぞ」
もっと落ち着いて考えると、今までのケースだっておかしい。
人間を生物と見做すなら、ボスエリアに入った瞬間に魔物になってもおかしくない。
その場合はアウターズのみ魔物にならないという理論が通ってしまう。
とは言え、俺はアルテナスに認められていないわけで
「マコ。落ち着け。お前も来るんだ」
「うん。あたしも…がんばらないと…」
「そう気張るなよ。レイ、こっちだ。絶対にはぐれるなよ。イブの炎を辿ればいい…ってもんでもないからな」
星の明かりはアルテナスの星くらいで当てにならない。
魔物だらけで真っ暗だと思っていたが、そうでもなかった。
ただ、空を見上げた意味はあった。
「ここは山の南側。爆走で気付かなかったけど」
「あぁ。一先ずこの辺に魔物は出ない。簡単な質問には答えるぞ」
と言われても、聞きたいことだらけで逆に思いつかない。
強いて言うなら
「人間も魔物になる。これは」
「ケースバイケースだから、パス。次」
最初の質問から肩透かしだった。
でも、これくらいテンポが良いなら気軽に聞けそうだった。
「俺を連れる為に三人も」
「三人だけだな。他にもメンバーはいるが、王都の方に回ってる」
「そうか。…俺のせいで」
「その質問もパスだ。お前にはやってもらいたいことがあるから、今は仕方ないと考えるしかない」
「俺にはそんな力は」
「パス。もっと聞くべきことがあるだろ」
とは言え、俺のことになると全てがパスされた。
戦えないと言ってもパスされる。ゾーフさんの死の意味を昇華させることもできない。
「じゃあ、なんで全員を前の内に避難させなかった?」
ただ、これには男も逡巡したように見えた。
「殆どの住民は避難させた。ただ、さっきも言ったろ。戦争があったって。それで殆ど無政府状態で災厄が始まった。それに…」
そして会話が止まる。
五百年に一度、必ず起きると言われているのに戦争。
ただ、五百年ってのは流石に長い。そんな話をライトニングのメンバーとしたようなしていないような…
だから俺は質問を変えた。
「王は。王族は生きているのか?」
「…あぁ。生きている。今は安全な場所に避難させている。王子も含めてな」
「生きている?生きていたのか…」
あの白髪はやっぱり適当な事を言っていた。
だけど、その原因を作ったのは出てこない王だろう。
「悪いが居場所は明かせない。それに王自身、動くことが出来ない状態だ。正直言ってピンポイントで安全ってだけだからな」
「それで仕切っているのがグラスフィール家っていうことか。でも…」
「いや、済まない。正直言って、実は俺も分からないことが多いんだ」
「あれ。そうなの?でも、反政府として動いてるんだろう?反政府って言い方はさて置いて。まぁ、理屈は分かるけど」
男は大きく溜め息を吐いた。
本来、仕切るべき貴族が仕切っていない。
仕切るべき側を反政府呼びしている、らしいが部外者の俺には何とも言えない。
「とにかく俺に分っているのは、残った住民を避難させないといけないってことだけだ。あとは…、ここのエリアボスに聞いてくれ」
「エリアボス…?それ、話せる状態…のやつもいたな。でも、それって」
「あぁ。元・教皇だ」
元・教皇が川の邪神クワスをその身に降ろしている。
それってここがラスボス戦じゃん、と思わなくもない。
俺には関係ない話…、だけど
「元…?と、とにかく偉い人ってことか。それに残った住民の避難は…、うん。納得だ。ちゃんと人助けだし」
さっきのを見てしまった以上、俺をここに呼ぶために殉死した信者を見た以上、その気持ちを汲みたいとは思った。
「…助かる。マコ、後は頼む」
「うん」
「え?こんな小さい子にって」
「お前にもマコにも悪いが、とんでもなく人不足なんだ。イスタ側とも連絡を取らないといけないからな」
三十過ぎの男は肩を竦めて東を見つめた。
そう、この瞬間だった。
——王都の地図を見たくはないか?
その声の主は既にいない。
理性を失って、戦って死んだ。
「ちょ、ちょっと待って。王都って…」
ここは山の中腹だ。
東側の尾根が暗闇に伸びている。
これが正に王都の地図そのものだった。
東向きには解放されていないのは王都イスタのみ。
それ以外の場所はイブの光が輝いているから、暗黒地帯の広大さが良く分かる。
「そういうことだ。王城は四つの塔の中心にある。その五つが全て拠点。それぞれに俺の同朋がいる筈だ」
声を失うほど、今までと規模が違った。
そして男は東に向かって歩いていった。
◇
「えっとね」
後ろを紐で結んだ可愛らしい少女、いや幼女は頑張って道を探している。
王都の広大さを見せつけられたら、人手不足は言うまでもない。
だとしたら、あの時殺された人数は相当痛手だった筈だ。
俺がなんとなくで殺された…?
でも、その逆も同じ?
シュウとユリを失っていたら、他の冒険者も委縮していたかもしれない。
「大丈夫だよ。俺がちゃんと見張ってるから」
「マコ。信者になりたてで、洗礼を受けてて道を覚えてなくてごめんなさい」
敬虔な信徒ほど、魔物化しやすい。
それはありそうな話だ。
いつかフォグに言われたが、ここはクワスという神が治める地。
だけど、ユリに教わったのは五大神がいて、その眷属たちが各地にいるという話だ。
実際、いやアレを信じればだが、俺の名前をルーネリアが言っていた。
「どれくらいの人が匿われてるんだい?」
「えと…。最初は千人くらいいた…かな」
「千人‼あぁ、避難する前…」
マコは首を横に振る。
「少しずつ減っちゃう。こないだはいっぺんに…」
「う…、そっか」
「今は五十人…くらい」
茫然としてしまう。
あの時はパルーの祭壇の外に居たアンデッドと同じだと思った。
でも、そう言えば肉も骨もしっかりとしていて…
俺が…、いや俺は結局無理だったんだけどやったようなものだ。
でも…、やらなければ殺されていた。
「えと、こっち!」
暗いから分からないけれど、大神殿と呼ばれるほど大きくはなかった。
どっちかというとメリッサ大聖堂の方が多い。
山の中腹に建てられたというのが最大の理由だろう。
「明るくなったらまた違うんだろうな。…ってか、あれって星?アルテナスの星以外にも…」
「ね。こっち。アレはサーファ大神殿だよ」
「な…。いや、なんでもない。いこっか」
話半分だったし、また臨死体験話だけど、一万メートルの山だった。
未来の勇者は空に登ったらしい。
俺に勝ち目なんてない。でも、避難させるくらいなら…
「ここのドアを」
「手伝う、じゃなくて俺があけるよ」
「うん!」
普通の女の子だ。絶対に避難できる。
どうして避難できないのか。いや、分からないことは山ほどある。
「今は話を聞く方が先だな」
「ワタル!」
「マコ!」
開いた瞬間、俺の脇から少女が飛び出し、奥に居た少年も駆けだした。
俺は何となく想像していた光景と一致し、その場で立ち尽くした。
「あなたは…」
その様子を見たのか、それとも既に連絡を取っていたのか、僅かに残った大人が駆けつける。
そう、残った五十人の殆どは子供だった。
「レイ様ですか?」
「そ、そうです。様とか要らないですけど」
「いえ、そうは参りません。では、奥へ」
簡単に案内される。
これだけ人数が少なければ、そうもなる。
こっちとしてもこれだけ人数が少なく、子供たちばかりでは警戒心も薄れる。
そして通された先で警戒心だけでなく、声も失った。
大人が五人。四人が一人を支えている。
既にアンデッド化してる、と言われても驚かないほどやせ細った、性別も分からない人の形をした何かを。
でも、と心の中で呟き、俺は話し始める。
「…話を聞かせてください。ここに来れば聞けるとガラドさんに聞いたので」
とは言え、口が動いているかも分からない。
本当にアレが邪神クワスの現身なのか。
これこそ盛大に釣られているように思う。
が、隣の壮年の女が頭を下げて話し始める。
「申し訳ありません。猊下は只今、邪神クワスと会話をしているので」
「会話…。そういうものなのか…。…なるほど。分かりました」
ある意味、俺もそんなものだった。
だからそう答えたが、四人ともが軽く目を剥いてしまった。
というのも…
「し、信じてくださるのですか?」
だそうだ。でも、これって——
「えっと…。ちょっと待ってください。もしかして、人間に憑依した事例はなかった…とかですか?」
どう考えてもそういうリアクションだが、四人が四人だけでひそひそと会話を始めたら、流石に不安になる。
「すみません。俺、全然知らないんです。本当に…って言っていいのか分からないけど」
「あ、いえ。本当にアウターの方なのだと…。ビックリしてしまいまして」
と、一人が言う。
今度はその隣の男が眉を顰めた。
「最近、違う噂も耳に…」
「ですよねぇ。俺も」
「いえ。疑っているわけではありませんから。…神官長の話とメリッサ大聖堂の司祭長と食い違っていたので、少し…」
「神官長?」
「正確には元・神官長です。還俗して今は王子に戻っておりますので」
既に訳が分からない。でも、多分。戦争のゴタゴタで色々あったということだ。
俺の管轄ではない。
「ま、それはさておき。避難ということですか?…何人かの魔物化したという話は聞きましたが、今居らっしゃる皆さまは大丈夫そうですし」
「…率直に申し上げます。今までフィーゼオ大陸の南部を除いて、人間が魔物化した例はございません。ですが」
「あ…。例は一応、あるんだ。フィーゼオ大陸の南、つまり霊山サーファと他の大陸だとあった、と」
意外な話ではあった。
映像に従えば、別大陸にも人間らしき生命はいる。
彼らも魔物化するらしいが
「…はい。ですが、フィーゼオ大陸に至っては神話の時代のみ。それ以降は一度も」
「そ、それに。邪神が降臨したケースは神話を通じて一度もなのです。ですから、テシウス様が声を聞かれたという話を最初は誰も信じられず…」
「成程。…それで避難が遅れてしまった、と。あぁ、でも。だ、大丈夫じゃないですか?ほら、今も対話をしているとかで…」
「既に何人もが魔物化をしております。テシウス様がどうにか法力で神殿の外に出るようにさせているのです」
「その兆候が出た者も…、自ら外へ…そして…」
なんとなく思っていた…けど。
ここだけジャンルが違い過ぎて、懸命に堪えたが顔が引き攣った。
少しずつ、アンデッドに変わる。マジでアンデッド映画の世界だ。
ただ、ここで俺は閃いてしまう。余計な事かもしれないけれど。
いやいや、余計な事なんかじゃない。未来の勇者が言った言葉だ。
「…この邪神化は魔王が倒されたら終わると聞いてます。だったらいっそ籠城をして…」
「聖職者から魔物が出たのなら、それは悪魔の血が混じっているということ。根絶するべきだ…と」
「はぁ?いやいや。だって海見ました?あの海越えるのは不可能ですって」
「ですが、可能性はある…と」
「私たちも何度も交渉しました。せめて、魔王討伐が果たされるまで待ってください…とも」
やはり余計な一言だったらしい。俺なんかが思いつくことは当然やっている。
でも、…であれば。可哀そうだけれど
「子供たちだけでも…、とか」
すると四人ともが、いや五人目も目を見開いた。即ち…
「そう…して頂き…たい…のです。それでお呼びしました…」
「げ、げ、げ、猊下…。ちゃんと喋れたんだ…」
「レイ殿…。お願いいたします」
「わ、分かってます。あの子たちは」
「あの子たちを王都へ避難させてやっては下さいませんか…」
そして、俺は言葉を失った。
え?なんで?
「王都…?どうして?王都も今は…」
「レイ殿もこちらへ来られる時に見た筈です。子供はとても素直…」
「え、えぇ。まぁ」
「素直さが故に兆候が出やすい…。私の判断が…遅すぎました。だが、少しでも長く生きながらえて欲しい。ですから私から遠ざけて頂きたいのです」
「は…い?」
かっすかすの声で妙な返事をした時、大人たちが全員頭を下げた。
「もうじき、やってくるでしょう」
「私たちでどうにか食い止めます」
「王都ならば、もしかしたら…」
「私は既にクワス様と共にする覚悟は出来ています。私が死ねば、兆候も止まるのですが」
「止まったとしても…。おそ…らく…悪魔として」
兆候?兆候ってどこに出てた?暗いから分からなかったけど…
でも、五人の真剣なまなざしに俺は頷くしかなかった。
王都には反政府のメンバーがいるから、相談をしようと思った。それに
「…もう、動き出してる。分かりました。でも、みんなも出来るだけ逃げて下さい‼」
もしかすると、これがウドの動きという奴かもしれない。
なんとなく分かってしまったから、大人の覚悟も分かってしまったから、
——やはり何も知らない俺は走り出した。
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