第二章 神に愛されていないなら

第36話 誰がために、俺はいるのか

     ♧


 霊山サーファには秘密がある。

 まず、霊山と言われるだけあって、とんでもない標高があること。

 そして、何故かその標高の上に大神殿があること。


 そこに辿り着く為の道はあるけれど、どうしてこんな場所に神殿を作ったかは謎だ。


シュウ「これだけ高いのに何も見えない。あっちに大陸がある筈なのに」

ユリ「元々、神様は大陸を分けようとしてて、見つけられないように」

シュウ「そうだったね。この景色、彼に見せてあげたかったね」

ユリ「…うん」

ケンヤ「なんの話だ」

シュウ「なんでもないよ。ほら、もうすぐだよ」


     ◇


 ライトニングは遂に邪に染まった大神殿に挑む。

 五百年前の勇者も辿り着いた筈だ。

 途中に襲いかかる魔物たちを、同じように蹴散らしていただろう。


ユリ「シュウ君、これって‼」

トオル「おお!これか!足元が隆起、というより…」

ロゼッタ「エリアボス、というより大陸ボス…よね」


 五人の若者はレベル18だ。

 寒さにも耐えられる肉体を持つ。


シュウ「セリカさんとシャニムくんは無事に避難できたかな」

ロゼッタ「大丈夫じゃない?詳しそうだったし」


 雪と氷が混ざった山が隆起する。にしては一部が歪だ。

 ただ歪ってわけじゃなくて、


ケンヤ「この形。象?……じゃなくてキングマンモス!氷の女神サーファの依代!俺っす!俺が勇者のケンヤっす!」


 ズドンッ!!


ロゼッタ「バカケンヤ!何、アピールしてんのよ!」

トオル「そう、なぜなら俺様が勇者だからな」


 ズドン!!


シュウ「その前に力を示そうかな?」


     ◇


 氷漬けマンモスは死んだのか動かない。

 その傍らで、凍てつく顔の美女が佇んでいる。


邪神サーファ「お兄様…お許しください。忌々しい人間、いや勇者の卵とでも言うべきか。言い伝えとは違う名に惑わされた」


トオル「何度も言わせるな」

ケンヤ「あぁ、あいつは」

ユリ「……」

ロゼッタ「神は滅せない…。でも、十分でしょ?」


 すると邪神サーファの体に罅が入る。


邪神「そして…、また蘇る。それはお前たち人間もな…」


 氷の体だったのか、ボロボロと崩れ落ちる。

 つい、勿体ないと思ってしまう程に儚く。


 ただ、その中心は黄色い光を宿していた。


ユリ「フィーゼオのオーブ…、これで」

シュウ「うん。ボクたちはアクアスに迎える」


     ◇


 青い肌の拳が振り下ろされる。

 頑強な机からは大きな音が鳴るが、壊れたりしない。

 振り下ろした拳も傷ついたりしない。


 どちらもその程度で壊れたりしない。エネルギーがただ音に変わっただけだ。


 本来であれば数キロ先の窓ガラスを割る程の轟音に女はイラついた。


ルーネリア「相変わらず、うるさいわね。心配しなくとも妹は滅びたりしない」


リバルーズ「なことは分かってるよ。サーファの奴が不甲斐ねぇのと、てめぇのいい加減な情報網にイラついてんだよ」


ルーネリア「そんなこと言われてもねぇ…。言語化・・・は難しいのよ」


アクアス「お兄様、どうか落ち着いてください。アレらはオーブを手にした。次は私の大陸ですから、そこで…必ず」


レイザーム「うむ?だが、まだルーネリア姉貴の城は」


ルーネリア「はぁ…。あそこ、ね。元々は魔王様を奉っていたんじゃなかったかしら。それに今回は無視される…みたいな話が聞こえるけど」


魔王アクレス「いや…。我らが主は仰っている。あの地の血が必要だ…と」


ルーネリア「ちょっと…。聞いてないんだけど」


     ◇


 はい、臨死。臨死。

 もう、はっきりわかんね。

 金縛りとか、明晰夢とかの類。俺が勝手に見てるだけの妄想。


「あぁ…、でも。今回って助けられる仲間がいない…。まさかこのまま?」


 パルーの祭壇の件は、そもそもボスを見たわけじゃない。

 それに元々多神教国家だから、アルテナスの使徒と対立する人間がいてもおかしくない。

 勇者の誕生を快く思っていない連中が、人間でもおかしくない。


「そのアジトと思われる場所に、偽冒険者に生まれ変わりホヤホヤの俺が行って、ホヤホヤ故に仲間だと思われた。このまま殺されてもおかしくない。どうするべきか…。いやいや、ここからどうやるってんだ?」


 シュウらは見事に邪神サーファを打ち倒した。

 それは簡単に想像できることだ。

 神々の名前だって、ユリから教えられたことだ。

 悪魔側でそんな会話があると、頭の中で勝手に構築できるだろう。


「なんか、変なことも言ってたけど。そこは夢だし?よく分からないことも起きるものだし?金縛りの心霊現象の大半がそれで説明つくと思うし?だからさ…」


 慣れたもので、この状況にも困惑しない。

 俺は暗闇の中で、四つん這いになっている。

 金縛りで四つん這いじゃなくて、意識して四つん這い。

 んで、半眼になっている。


 っていうか、目の前の奇妙な生物を軽く睨んでいた。


「死神ジャスティラスはどうした?あの、チラっと見た感じ、凄く綺麗な人、リンネ様はどうした?そこは俺の見たいものにしろよ…」


 そもそも、前回は登場しなかった気もする。

 そもそも、死神の方は姿を見ていない気もする。

 そもそも、リンネの容貌だって朧にしか見ていない気もする。


 でも、こいつの姿は容易に思い出せる。


 だってこのカエルはしっかり見えていたから。


「ワシに言われても…なぁ。本来、神とは姿が見えんものじゃから」

「だから今回の死神の依り代はウーエルだって?お前、ただのカエルだろ」

「貴様、ワシを愚弄するか?ワシだって昔はみーんなに愛されとったんじゃぞ?小銭を投げて祈りを捧げられる存在でもあったんじゃぞ?」


 カエルからの反論。カエルの睨み。

 俺は睨むのを止めた。

 明晰夢に説得されることになるとは。

 井戸端会議なんて言葉もある。井戸の周りには人が集まってくる。

 そうすれば神だって


「ん…。あぁ、そっか。そのカエルだって依り代。その場にいた生物に神が宿ったもの…。確かにウーエル様は偉大だな。地下水うんぬんじゃなくて、人が集まるから意味がある」

「な、なんじゃ。意外と物分かりが良いヤツじゃな…」

「なんとなく、な。で、今は魔法具が出回ってあんな地味な場所に追いやられてしまったと」

「あぁ、そうじゃな。魔法なんぞがあるから……」


 しょんぼり顔のカエル。

 よく見ると可愛い、よく見ると気持ち悪い。

 そのカエルの目が引ん剝かれた。やっぱキモい


「…っていうよりもじゃ‼貴様‼井戸の神になんてことをしてくれたんじゃ‼」

「何?怖‼…急にシャレコワの爺さんみたいなこと言うなよ。俺を呪っても、臨死状態だぞ」

「呪いたくもなる。本来ならワシは滅ぼされて地獄に堕ち、久方ぶりの邪神会の幹事をする予定じゃったんじゃからな」

「急に怖くなっ‼神無月の神在月みたいな流れか…。でも、俺に言われてもなぁ。もしかしてアレ?」


 夢の中で何をやっているんだろうという自分と、なんだか楽しいと思う自分がいる。

 だって目覚めたところで…


「英雄でもない俺が倒しちゃったから、みたいな感じ?だったら悪かったよ」

「何を言っておる…」


 その時、カエルの一か所から光が漏れ出した。

 二か所目からも、三か所目からも、四か所目からも。


「ウーエル、体が‼何か方法がある筈だ。自爆するにはまだ」


 アニメだと、爆発する直前。


「お主が異物じゃからに決まってお…る…」

「早まるな‼ウーーーーーーエーーーーーー」


 蛍光カエルの域を優に超える。

 とんでもない光量が俺の眼球を真っ白に染めた。


     ♧


「ウーーーーーーエーーーーーー」

「ひっ‼」


 ウーエルは爆散した…、と思ったら街中の至る所にあるイブランタンの明かりが見えた。

 そういえば、臨死体験から戻る時はいつも眩しい。

 そして爆散死した筈のカエルが目の前にケロッといる。


 それから…


「ゴメン。薬が痛かった…よね?でも、目を覚まして良かった…」


 見たことがあるどころではない眼鏡っ子もいた。

 何かの薬液が入った瓶を持っていて、少しだけ泣きそうな顔だ。

 俺は辺りを見まわした。知らない部屋だった。


「あ、クリ…プト。そっか、こんな俺を助けてくれた…のか。そのありがと…」


 どうして彼がここにいるのか、なんてことは考えなかった。

 というよりも、俺は彼に対して気まずかった。


「直ぐに出ていくから」

「だ、駄目だよ。まだ、傷が治ってないし。さっきだってあんなに痛がって」

「いや、あれは痛かったんじゃなくて、ウーエルが爆発するのを止めようと…ってわけわかんないよな。変な夢を見てただけ」


 気まずい。だって彼が草原に入った経緯を考えると、それから簡素なボロ屋っぽい部屋を見てしまうと、想像がついた。


「俺のせいでクリプトも追い出されたんだよな…」

「え?ええ?追い出されてない…よ。僕もそうなると思ったけど、仲間の皆が止めてくれて。レイ…くんのお蔭」


 クリプトの眼鏡に魔法具の炎が映り込む。

 だから俺は首を振る。


「薬、ありがと。それに…、クリプト自身の力だよ。紛れもない力。俺みたいな偽物じゃな…」

「ち、違う‼レイは本物‼」


 今度はクリプトが首を振る。

 そして俺は軽く目を剥いた。

 確かに知り合いの知り合い。確かに朝食の付き合いは長い。確かに一緒に即席魔法具を考えた。

 だけど、


 ——イッチ、嘘、乙


 今でもズキズキと胸が痛む。


「俺は英雄でもなんでもない。ただの一般人…だって言ったろ」 


 あんな目に遭わされた。

 彼奴の悪ふざけのせいで、俺は一般人のただのレイだと特定された。

 思い出したくもないし、暫く立ち直れる気もしない。

 クリプトの部屋、ベッドの上。彼のモノだとしても布団を被って潜りたい。

 暫く寝て過ごしたい。


 そう思っていた時、実際に布団を被った時。

 それは微かに聞こえた。


「偽物は僕の方だし…」


 聞こえるように言ったかもしれないし、聞こえないと思って吐露したのかもしれない彼の声。

 紛れもなく、クリプトの声だった。


 さて、俺がもしも冒険者のままだったならどうしただろう。

 もしかしたら、違った風に言ったかもしれない。


 でも、そんなの考えても意味はない。


 だから俺は、きっと返事を期待していない相手にこう答えた。


「あぁ。知ってるよ」


 すると、ガタッと大きな音がした。

 ガシャンとガラスが割れる音までした。

 これは流石に、布団の中の住民になりかけた男も飛び起きる。


「ど、どした?」


 自分で被った布団を剥がし、辺りを見る。

 そこには何も無い。ただ、視界の端に栗色がフルフルと震えていた。

 で、薬入りのガラス瓶が割れて、大変なことになっていた。


「え…、え…、今、知ってるって気付いて…」


 普段着の彼、小柄な彼はカーキ色の寝間着を着ていた。

 カーテンが閉じているから分からなかったけれど、結構な夜かもしれない。

 クリプトは尻餅をついたまま、割れたガラス瓶のことにも気付いていない様子で、ズレた眼鏡を直して、大きく息を吐いた。


「気付いていて、ずっと黙って…」


 何とも言えない複雑な顔。

 流石に俺は慌てて、首を振る。


「いや、悪気はないって。っていうか眼鏡がおかしいって思ってただけだし」

「え?眼鏡…?」

「そ。眼鏡。レベルはちゃんと上がってるのに視力が回復しないのはおかしいって」


 そう。いつかちゃんとツッコもうって思っていた。

 眼鏡自体は珍しくない。

 ただそれは、レベルが上がらない街の住民に限っての話だ。

 ってことは、何か理由があるんだろう。

 あるとすれば、変装とか正体がバレたくない何かがある。

 まぁ、俺には関係ないと思っていた。


「眼鏡、視力…。え?えええええええええええええ‼」


 クリプトの両肩が飛び跳ねて、髪の毛もバサッと浮いて、今度こそ眼鏡がズレ落ちる。

 そして、きっと深夜だろう時間帯の大絶叫に俺自身も飛び上がりそうになった。


 ただ、実は——


「えっと。だって眼鏡は…。僕が細工薬師って職業で、特別な魔法の眼鏡を作ってて」

「へ?特別な眼鏡…?ああああ、そっか」


 圧倒的俺の勘違いだった…、かもしれない?

 とは言え、流石にクリプトの反応はやりすぎだった。


「そういう設定も作ってたのか」

「そ、そうですよ。ちゃんとその時にツッコんで下さい。僕だってしっかり考えてたんだから…、って‼ち、違いますから‼僕は」

「いやいや、もう遅いって」

「です…よね。ど、どうするつもり…ですか…」


 そして今度こそバレたと思って、青い顔になる彼。


「どうするも何も。裏の裏が表って理由ってだけで、変装してるって思ってたんだって」

「あ…、そか。一周周って、そうなるのか」

「そうなる。ま、俺は何も知らないし、冒険者でもないし、世間では嘘つきだし、もう大丈夫だろ?だから」


 彼にとっては朗報で、俺にとっては悲報だ。

 勿論、バラすつもりはないし、正体が誰かなんて分からないから無意味すぎる。

 そもそも、俺はどうしてここにいるのかさえ分かっていない。


 色んな意味でここに。

 その理由の一つはあっさりと明かされるのだけれど。


「うううう。でも、だからって反政府の根城に入ろうとするのはどうかと思いますよ」

「は?…は、反政府?根城…って、もしかして」

「そうですよ。全員が全員、人類の解放を目指してるわけじゃないんです。で、レイくんは捕らえられて、交渉材料にされそうになってたんです」

「あ…、元・ライトニングのとかって言われてたような…。もしかして」

「そう。冒険者でも何でもないことが分かって、解放されたんです。これからは気を付けて下さいね」


 十分過ぎるくらいあり得る。

 今は太陽信仰の人間が悪魔崇拝者扱いされる時期だ。

 偶々、この時代に生まれたというだけで悪者にされる世界。


 カーテンの隙間から、うっすらと差し込む赤い光を神の光と信じる者もいる。


「あ…。もうこんな時間。僕、そろそろ行かなくちゃ」

 

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