第35話 職を失って、殴られて、女神に見放され

 次の日の朝、ホッピー倉庫にはアールブ侯爵の旗が立てられていた。

 ホッピーエリアは、ホッピーの縄張りだが、夜は川の邪神クワスの魔物がやってくる。

 丁度良いレベル上げ場所だからと、子孫組が好んで使っていた場所らしい。

 具体的に言うと、ライゼン・アールブをリーダーとするチーム・ライゼンのレベル上げ場所が、そこだった。

 そんなつまらないオチだ。


「タチ、その辺にしな。そいつは結局、嘘つきの一般人だったってだけだろ?」


 結果的に五人、全員が助かった。

 その後、チーム草原の事務所に偽物が引き渡されて、ボコボコにされているというつまらない話だ。


「あぁ?ほとんどはフォグじゃねぇか。俺様は五発殴っただけだ」

「本当に許せません。私の子供たちに嘘を吐いて殺そうとしたこと」


 悪そうなグループに見えて、意外と真っ当だった…のかもしれない。

 フォグは本当に心配で夜も眠れなかったのだという。

 この男に殴られても文句は言えない。勿論、この男に対してってだけだけど


「ってか、アレだろ?リューズが貴族と繋がってた。アイツ、オレはずっと気に入らなかったんだ。何考えてるか分かんねぇ奴だったしな。あ、ってか」


 そう。今にして思えば、ホッピー倉庫の前の井戸の神の時から、チーム草原としてはおかしな行動を取っていた。


「てめぇが拾ってきたんじゃねぇか。ゼオ、どう落とし前つけんだよ」

「知らねぇよ‼グラスフィールの叔父貴に言ってくれ」


 召喚される前から世界は存在していて、神が邪に染まる前は貴族政治が布かれていた。

 転生組によると、いついつ染まるか分かるので、領民を含めて全員で非難をするという。

 だからって以前の貴族間の関係値を知るわけがない。

 だから知ったことではない。

 だから殴られ続ける痛みの中で、俺を支配していたのは彼奴の言葉だった。


     ◇


 ライゼン・アールブは紺色の髪の若い男。煌びやかな白い鎧に青のマントの男。

 夜だというのに、やっぱり目立つ格好だった。


「リューズ。まぁたレベル上がったんじゃねぇか?」

「そうかな。俺、チマチマ敵を倒すの好きじゃないんで」


 侯爵家は王の右腕、その息子とそっけない会話を交わすのは白髪の嘘つき男。


「で、元・ライトニングと同じチームねぇ」

「ま、さっきまではね」

「ってことは、やっと雑魚に群れるのを止めたってことか。漸く俺の」

「はぁ、そんなわけないだろ。貴族と群れる気はないよ。面倒臭そうだし」

「チッ、んだよ、それ」


 チーム草原は寄せ集めの集団だ。

 右も左も分からない召喚組を、グラスフィール伯という貴族がタチという男を通して纏めている。

 そして俺みたいな中途採用の召喚組がいるし、クリプトのような中途採用の転生組もいる。

 出自に拘っていないし、強さにも拘っていない。


「やぁやぁ、草原の諸君。そして噂の元・ライトニングの英雄じゃあないか」


 やはりあの時と同じく、鷹揚に手を掲げ、マントをはためかせた。

 あの時と同じく爽やかな笑顔。だが、勝ち誇った笑顔でもある。

 それに


「た、助けてくださり、ありがとうございます‼」

「おお。君、可愛いねぇ。行き場を見失ったら、オレが匿ってやってもいいぜ」

「そ…、そう…ですね。か、考えときます」

「マジで強ぇ。お、俺も」

「ちょいちょい。そういう話はまた今度な。で…」

「あの…。その…、レイ君は」

「ん?レイ?そんな名だったのか」


 グレートアンデッドをあっという間に撃破した強さを見せられた今、反骨心も何処かへ消えていた。

 さてそんな俺は、クリプトがこっそり渡してくれた傷薬塗れの体を横たえていた。

 そんなクリプトも気まずく思ったのか、それ以上は近づいてこない。


「成程。英雄は傷だらけ…」

「違うんです‼アイツ、あたしたちを騙してた一般人だったです」

「マジでその嘘に殺されかけたんすよ。もしかしたらウーエルで死んだ仲間も…」


 それは冤罪だが、反論する気力もない。

 シュウが作ってくれていた、元・ライトニングという肩書を完全に剥がされたレベル0の男だ。


「はぁ?こいつ、ただのリラヴァティ人だったのか?こいつぁ…、笑えねぇなぁ。ま、行政も死んでるようなもんだし、そういうこともあるかもな。んじゃ、リューズは」


 ヨハネス十三支部の方の人達のせい…、なんて考えることをせず、ただひたすらに心の中で最初の仲間たちに謝り続ける。

 とんだ汚点を作ったものだ。後でなんて言われるか、なんて思っていた。


 その時だった。


「いやいや。俺は俄然、ライトニングに興味が湧いてるよ。これはただのお節介か、それとも狙いがあったのか」


 体が反応した。でも、痛みでただの痙攣で終わる。

 藻掻こうにも、英雄たちのようにレベルアップでの回復は起きていない。

 そもそも、今は真夜中だ。考える力も衰えている。


「おいおい。ライトニング入りしようってか?俺様のライバルなんだぞ」

「よく言うよ。世間的には完全に負けてるじゃん」

「馬鹿を言うな。そもそも王都を復興せずして、だ」


 衰えた思考の中、うっすらと思い出す。

 足を引っ張る新参者はこんな喋り方じゃなかったか、と。


「リューズ…、それは」


 だから、俺はそう言いたかった。

 喋ろうものなら咳き込むほど、口も鼻も血に塗れていた。


「分かってる。クリプトのことは良いように伝えておく。それじゃ、後のことは任せたよ、ライゼン」

「お前、ちょっと待てって」

「何言ってんだよ。グラスフィール伯とは良好な関係を築きたいんだろ?なにせ、ビシュマからしか、アクアス大陸に渡れないんだし」


 颯爽と立ち去る白髪の魔法剣士。


 そこで明らかになるグラスフィール伯領。

 チーム草原の親玉は、ビシュマの街の主だったらしい。


     ◇


 て、そこで俺は意識を失った。

 それに貴族がどうとか正直言って興味がない。


「アイツは…、あの後何処に」

「今頃、西海道で馬車に揺られてんだろ?で、有り金はそれで全部か?」

「全部だよ。…って、銀行口座まであったなんて知らなかったし」


 解放するたびに報酬を受け取りに行く。

 これは前にも言った。そういえば、特にリーダーを決めていないということも言った。

 だからって、俺の分まで報酬を等分していたとは思っていなかった。

 その上で、俺の為に装備を整えてくれていた。


「てめぇにゃ、この服で十分だ。ま、果物ナイフくらいは許してやるけどな」


 そして、その全てを没収される。

 リヒトとトーコは、足を洗う為に金を払い続けるらしい。

 没収だけで済んだのは、やはりライトニングのお陰だろうか。


「西海道…、まだ霊山サーファはクリアしていない。まだ間に合う…か」

「あ?今更ライトニングの戻れるわけねぇだろ。にしても、リューズがレベル10の魔法剣士だったとはなぁ。ま、もう関係ねぇか。ナンバー1チームに参加。いいんじゃねぇの」


 確かにそう、…って考えるのが普通だ。

 俺が見たのは死の間際の夢で、なーんにも関係ない、…って考えるべきだ。


 だって、そもそも


「まだなんか聞きてぇのか?冒険者は毎日忙しいんだよ‼」


 冒険者の在り方として間違っていると思っていたぬるま湯、草原。

 心の何処かで怪しいと思っていたチーム・草原。

 だが、蓋を開けてみれば、オーナーはビシュマの領主。

 シュウ曰く、ビシュマと霊山サーファは必ず通るポイントだ。


「グラスフィール卿は本当にアウターズのセーフティネットを買って出ていただけだった…」

「何度も言わせんな。さっさと故郷に帰りやがれ」

「故郷…」


 故郷がある冒険者はそこの解放を目指す。

 その必要がないから、水先案内役をやっている。

 メリッサのギルドを運営している。

 そして俺は…


「もう、冒険者じゃない…」

「最初からだ…ろ‼」


 そこでドンと背中を蹴られて、俺は道端に倒れ込んだ。

 目の前を物凄い形相で物凄い速さで駆ける魔物馬車が通り過ぎる。


「そう…なのかも」


 この発想に至らなかったのが不思議なくらいだ。

 本当は本当に現地民だったとしたら、だ。


 俺はふらつく足でメリッサの大通りを歩く。

 ここは始まりの地、アルテナスの星の真下に位置する聖地。

 周辺の街は解放されて、最初に感じた忙しなさは和らいでいる。


「生きていける。いや、生きていたのかも」


 異世界云々の全てが幻想だとしたら、妄想だとしたら、植え付けられた記憶だとしたら、何もなかったとしたら。


「英雄の卵と勘違いした俺の代わりに、貴族とのパイプまで築いてるリューズが仲間になるんだ。これはもう…、人類が勝ったようなもの」


 翼が生えた気分、所謂ハイってやつだ。

 一周回って、清々しい。


 もしくは殴られすぎて変になったか。


「あぁ、でも。ケンヤは心底嫌ってたからなぁ…」


 革靴は取り上げられなかった。

 麻っぽい素材のズボンを履いて、同じく麻っぽい素材の上着を頭からすっぽり被っている。

 これが所謂、村人の服と呼ばれるらしい。


「服装にも決まりがあるって、確かに古臭い社会ってなるか」


 大したことは言っていない。

 何も考えずにとにかく歩く。

 メリッサの街にいる限りは魔物に襲われることはない。


「ん?でも、トオルってそれなりの権力者の子供だったような…。庄屋さんポジションかな。あ…、トオルと言えば」


 先程まで街の中心に居て、大通りを真っ直ぐに人の少ない方に歩く。

 通りの向こう側に、見たことのある建物が見える。

 一棟だけ多層建ての宿だ。流石に間違えない。


 つまり、フラフラ歩いていた道は


「あの日、トオルが歩いた道。俺はあそこに泊まっていて…。そうだ!この辺りで見失って…」 


 あの日見た、反対側の景色に続いていたのだ。


 関係ない…筈。魔物はいないし、安全な街だし。


 当時は後ろを気にしながら、まだ戻れる、まだ戻れると心の中で念じながら、闇を歩いたが、まだ太陽が見える時間。

 勿論、未だに赤い太陽には慣れないけれど。


 この先だ。


「お、俺はもう関係ないし?」


 路地裏に一、二本入った程度だし、街を囲む城壁の内側だから、人がいない訳ではないし。

 結局あの日以来、ソレらしい動きはなかった。

 改めて考えると、アレはやっぱり変だ。


「いや、まさかそんなこと」


 ここで人工の薄明かりを見つけて、俺は聞いた筈だ。


 ──シカクが死んだ?全員がか?

 ──はい。彼奴等は想像以上にレベルが上がっていたもので


 リラヴァティは長い歴史を持つ世界だ。

 そして、厄災は権力の転換期でしかない。


「俺は異世界人じゃない。アクターズじゃない。ただの村人…」


 息が詰まる。

 俺は何者でもないし、何もかも失った。

 何者でもないのに、英雄の真似をして何度も死にかけた。


「村人って、何?」


 異世界の路地裏なんて、きっと日本よりも治安が悪い。

 いやいや、日本なんて知らない。


 たった一人で召喚されたとかほざいてただけ。


「なんなら、闇の組織に入ったっていい」


 少なくとも、光の女神アルテナスは俺を見ていない。

 なんて斜に構えて、俺は路地裏を歩いた。

 だって気になるものは気になるではないか。


「パルーの祭壇のエリアボスは人間…いやいやまさか」


 一般人でも、村人でも、偽物だっていい。

 この人間として目覚めて、今世紀最大の疑問だ。


 そもそも人間って、なんだっけ?


「えっと、このマークって…」


 きっと、いや多分。

 間違いなく、ここだと分かる。


「月…、万国共通のマーク」


 月の女神ルーネリアの邪神に堕ちた。

 だけど、厄災前はれっきとした神なのだ。


「…って、何を言ってるんだか。俺の仕事じゃないだろ。その前に先ずは仕事を」


 あの時、ここに来なければ、トオルにだる絡みされることなく脱退していたに違いない。

 そうだったなら、チーム草原に加入することもなかったに違いない。

 リューズって奴に目をつけられることもなかったに違いない。

 偽物冒険者の悪名がつくこともなかったろうに。


「仕事…、見つかるかな…」


 最悪な人生のやり直しだ、…って思った時だった。


 ゴン!!


 頭の中の中枢神経が揺れて、その場で倒れた。

 その直後、痛みが走ったような気がしたけど、それよりも


「コイツ、元ライトニングのレイだ!」

「マジかよ。何か探ってやがったぞ。カシラに連絡を」


 やはりここには何者かがいたらしい。

 内耳と脳が近いからか、目も見えない、体も動かないのに声だけは聞こえた。


 1日後に来ていたら、 俺が何者でもないと彼らも見逃しただろう、…なんて考える前に意識を失った。

 しつこいくらい、意識を失った。今度こそ、死んだ…かも

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