第34話 嘘、乙
午後六時、魔王の象徴である太陽アレクスが沈む。
チーム草原の幹部二人からの連絡はない。
チーム草原の幹部二人に報告に行った仲間も戻ってこない。
「バレットはダーク・サムライでレベル4、レナは聖女でレベル3、リューズは魔法剣士でレベル7。んで、クリプトが細工薬師でレベル5…」
「さっきから何なの?掃除も大した仕事してないし」
シュウは毎回、ビックリするほどメリッサの街に戻っていた。
決めセリフはロゼッタの「シャワー浴びたい」だったけれど、レベルアップ直後にも拘わらず、宿に戻っていた。
「光の女神アルテナスの加護って、夜はどうなってるんだ?」
ビシュマ以南でビバークしたことはある。
馬車まで用意して、しっかり準備をして行った。
シュウの頭の中には、モンスターの情報も過去の戦いの情報も入っていた。
「魔物化は収まって安全になる。だから俺達は拠点ボスを倒すんだろ?」
午後七時、日没して石製倉庫の周囲は真っ暗になる。
チーム草原の幹部二人からの連絡はない。
チーム草原の幹部二人に報告に行った仲間も戻ってこない。
「なぁ、俺達も帰った方がいいんじゃないか?」
「アンタ、話聞いてなかったの?貴族が我が物顔で占拠するに決まってるじゃない」
「ライゼン・アールブ。アールブ侯爵の息子がいたよね。アールブ候は王の左腕と呼ばれていたらしい。今のところ、王様とか見ないから…」
ゲームみたいな世界なら、最初に王様が現れてもおかしくない。
王都奪還可能レベルは20で、リラヴァティ人はレベルが上がらない。
もしかすると、ひょっとすると?
もういないのかも。王族は既にやられているのかもしれない。
「レベル15だっけ。子孫組って本当にレベル上がるんだな。なんで俺達が呼ばれたんだよ…」
「それは…、うん。五百年前も貴族たちは戦ってる…みたい」
「下克上のチャンスってとこだろうね。そもそも、毎回人間側が勝つのがおかしいんじゃない?」
「あぁ、確かに…、って、おいぃ‼俺達は負けねぇっての‼」
リューズが場を和ませて、建物の中は暖かい雰囲気。
でも、俺の背中はじっとりと冷たい。
時間はどんどん進む。夜も更けていく。
和気あいあいと盛り上がると、そろそろアレが立ち上がってきそう。
「よっこらせっと」
「なぁに?じじくさいわね」
「便所だよ、便所。こういうとこは異世界に感謝だな」
午後九時、バレットが立ち上がり、トイレに向かう。
チーム草原の幹部二人からの連絡はない。
チーム草原の幹部二人に報告に行った仲間も戻ってこない。
俺はいつかケンヤが話していた、「産業革命を目指さねぇのかよ」という言葉をふと思い出す。
都市開発で重要なのは道路の整備、そして何と言っても上下水道の開発だ。
道路はさておき、後者がまるっと魔法で解決できるから、文明開化の必要性を感じない。
なんてことは、貴族憎しのケンヤには言えなかったけれど。
「あ!」
すると、突然レナが大きな声を上げた。
何かを立ち上げようとしないで欲しいのに
「よく考えたら、女ってあたし一人じゃない。…ちょっと、変な事考えないでよ?麗しの聖女様なんだからね」
「うーん。なんていうか…。俺っちもイケメン設定なんだけど」
「白髪にオッドアイ…。ちょっとやりすぎ」
何かと思ったら突然の異性意識、からのアバター弄り。
これは大した会話じゃない。比較対象がほぼ美男美女というルッキズムが薄まる世界だ。
「ふぅ。すっきりした。んで、何の話?」
「なんでもないわよ。あっちの部屋なら一人で寝れそうね」
午後九時半。異性を意識したレナが一人で寝ると言い出す。
まずい、これは絶対にまずい。
「あー、俺達も寝るか。朝まで来ないんだろうし」
そして午後十時。俺が限界を迎えた。
「あのさ…。流石に全員寝るのは不味くね?ってか、安全って言ってもさ、外の様子とか一応見張っておく…とか」
で、ここからが問題のシーンだ。
「は?」
「え?」
「…?」
チームの皆の口から漏れ出る疑問符。
まさかの困惑顔。
あの時、あのライトニングさんたちは交代で見張りをしていた。
俺が安心して眠れるようにと、気を使ってくれた。
ライトニングさんたちでさえ、そうしていたのだ。
「レナ…さんだって、不安だろ?それに安全って分かってても、これからの為に」
四人の目が見開かれた。
そう。これは練習。シュウが教えてくれたように、今度は俺が彼らを導く。
だから、こういう場合は…、えっと
「じ、順番を決めようか。えっと斥候とか、偵察とか、敵察知とか、そういうのが得意そうな…」
午後十時五分、全員が俺を凝視した。
「得意そうって」
「いや、ちょっと待てよ」
「あ、あの」
「イッチ…」
午後十時五分五秒、遂に俺は気が付いた。
「あ…、って、俺か‼盗賊の俺が…」
究極、爆絶、超絶、轟絶な致命的なミスをしていた。
誰がやるべきか自明の理、天地明察だ。
さっき、散々職業の話をしたばかり。
「って‼信じられない‼何もしてなかったの?」
「レイはレベル15…とかだよね?えっと」
「何もしてなくても、察知くらい出来るんだよな?」
レベルの話をしたばかり。
そして、俺以外の全員が立ち上がった。
半眼で睨みつつも、顔が次第に蒼褪めていく。
「その…」
「その顔はスキルを使ってなかったってことっすね」
「だ、大丈夫って思って…」
「頼りにしてるって言ったのに…、信じられない」
「で、でも大丈夫…だろ?お、俺達ボスを倒したんだし」
あのライトニング出身で、ただでさえレベルが上がりやすい盗賊。
しかも、ボスを倒してもレベルが上がらないんだから相当なもの。
談笑していたのも、トイレに行ったのも、一人で寝ようとしていたのも、俺がいたから。
この四時間、フラグの建築をしていたのは、一番心配していた俺自身だったってわけだ。
そして、このタイミングでドン‼ドン‼と戸が叩かれる。
「ひ…」
「フォグ先生?」
「いや、どうかな…。草原幹部が危ない行動をするとは思えない」
「もしかして…、川の邪神…」
「うーん。イッチはどう思う?」
ここで俺に質問をする。違和感しかない。
こんなの映画とかで良くある光景なのに、コイツはどうして落ち着いているのか。
「とにかく逃げないと。絶対アンデッドだ…、囲まれたら不味い…」
「あぁ。流石はイッチ。確かに大神殿ならアンデッドか。ん?そういえば、ライトニングが最初に戦ったのって」
「よっしゃー!このままレベルアップも狙おうぜ‼」
「レイがいれば楽勝よね」
「ちが、俺は…」
午後十時三十分、がーう、あーうー、ばぁぁ、など、人の口のような何かから発生していた側の扉が遂に壊される。
破壊された後になって、過去に何度も修繕された後を見つける。
やはり、エリア解放にも順路があったのだ。
侵入してきたのはやはりアンデッドだった。
俺は少しだけ安堵する。
「ほら、頑張って‼」
聖女の声援を受け、俺は走り出す。
俺が最初に戦ったのはラジラットという大ネズミで、その次はアンデッド。
アンデッドと直接戦っていないとここで思い出す。
でも、問題ない。シュウたちがアンデッドと戦った時はレベル2だ。
その頃は一般人と大差ない。確か、こんな感じにアンデッドの体は簡単に
ガキィィン‼
「へ…?」
「ぐべぐべ、ごどず…」
だが、短剣が男型アンデッドの腕の骨に当たって弾かれた。
短剣だから?いや、短剣でも両手持ちで思い切り叩いた。
何度も斬りつけた。でも、結果は同じ。というより最初から全然違う。
「バレット抜刀術‼な、こ、こいつら…、硬いぞ‼普通のアンデッドじゃねぇ」
俺の突撃から一分も経たず、バレットがアンデッドの特徴を教えてくれた。
同時に俺は目の前のアンデッドの反撃を受けて、吹き飛ばされる。
「強いアンデッドってこと?だったら聖女の力で、
飛ばされた先に聖女がいて、アンデッド特化の魔法を放つ。
そして見事に一体のアンデッドを浄化。でも、横に居たアンデッドに払いのけられる。
「痛っ…。痛いんだけどぉぉおおお!」
「だ、大丈夫?これ…塗って」
「クリプト、その…、あ、ありがとう。」
「硬い色違いのアンデッド。ライカで一体しか浄化できない。…グレートアンデッド、かも」
クリプトは即座にレナの介抱に向かった。
転生組の知識で、アンデッドの正体が「グレートアンデッド」だと分かる。
「成程。グレートアンデッド。必要レベルはどれくらい?」
「えっと、確かレベル10」
「成程。俺たちより強い。でも、倒せない程じゃない。問題は数だね」
厨二病青年、白髪のリューズが更に意見を求め、うんうんと頷く。
俺はその間、片腕に食らった傷と転倒の痛みに悶絶中。
そんな中で戦いの方針が決まる。
「俺達にはイッチがいる。イッチを前面に置いて、僕たちは散らばったモンスターを各個撃破で行こう」
午後十一時、俺以外の全員が頷いた。
その直後、俺の背中がドンと押される。
「ほら、イッチ。ウーエルの時みたいに頼むよ」
「ライトニングの戦いであたしたちを引っ張って」
チーム草原とはなんだったのか。安心安全はどこに行ったのか。
俺が加入する前はそうだったらしい。
それがどうしてこうなったのか…
「クソ。考えても仕方ない。俺がひきつける。頼むぞ、みんな‼」
一般人と相違ない能力で、化け物と戦う。
アンデッドもののワンシーン、群がるアンデッドに食われる未来が一瞬浮かぶ。
いや、傷口から感染して俺もあんな風に…?
勇敢に立ち向かう戦士はこういう場合、なんやかんやで生き残るって…主人公?
「ぐっ…は…」
両手持ちじゃないと簡単に弾かれる。食い込みもしないことは最初から知ってる。
渾身の力でぶった切る。
だけど腐りかけの腕さえ落とせない。
だって俺はレベルが上がっていない。体力回復もしていない。
その場に立つことさえできない。アンデッド数体を引き連れて、アンデッドに群がられることさえも出来ない。
ただ、跳ね返されて転がる。
「テメェ!何やってんだよ‼」
「ライカ‼…何?どういうこと?真面目にやってよ‼」
光の女神アルテナスの加護を持つ英雄たち、彼らが邪神たちと戦う物語。
「レイ!大丈夫⁈」
傷だらけで、致命傷も喰らわずに、地味に無様に転がる。
舞台に立つことさえも許されない…
きっとアルテナスは俺を認めていないんだ。
っていうか、なんで?
「クリプト。気にしなくていいよ。そのまま戦って‼」
「でも、だって‼」
なんで、コイツは余裕なんだ?
なんで、笑ってるんだ?
「…イッチ、嘘、乙」
俺は目を剥いた。
「え…?どういう意味?」
「いいから。ほら、クリプト弾だっけ。アレ投げて。あと十分持たせたら行けるから」
「ちょっとどういう意味よ‼」
「手を止めない。レベルアップしなきゃ、みんな死んじゃうよ」
「んなことぁ、分かってるよ‼」
そして、白髪は顔を歪めた。
「釣りスレにしても、…やっぱくだらないね」
午後十一時十五分。
俺はクリプト弾を手に取るリューズを見て気付く。
愚かな自分に気付く。今の状況を作り出した正体を見上げて呆然とする。
「釣りスレにせっかく乗って盛りあげたのに、イッチが愉快なオチを用意してないなんて——」
人間離れした大跳躍、そこからの投擲。
レベル7の跳躍。いや、それ以上に驚異的な肩の力。
「嘘つきはお前…」という俺の声は、倉庫入り口近くで起きた爆発音で掻き消される。
そして…
『トゥルルルルルルルンッ‼』
女神の祝福の音。光の粉を体に纏って降り立つ姿は天使のよう。
だが、その顔は普段のものとは異なり、とても冷たいものだった。
「証明完了。やっぱりレベルが上がった…。スレ主に付き合うのもここまでだ」
爆発の影響でグレートアンデッドが騒ぎ出す。
そのお陰か、白髪の天使の魅力か、バレットとレナが後退する。
呆然とする俺の周りに集まって来る。
「リューズ。今のってアナタの?」
「って、どういうことだよ。説明してくれ」
「…だって。ほら、スレ主イッチ。ちゃんと宣言してくれなきゃ終われないよ」
ズキンと胸が痛む。
腸は煮えたぎりたかったらしいが、体温は逆に低下していく。
リューズは、イッチと呼び出した時から気付いていた。
スレに見立てて遊んでいた。
どう考えてもスレ主はリューズだ。
でも…
「全部…、俺の釣りだ。俺は英雄でもなんでもない。レベル0…ただの一般人…だ」
俺の口が、俺の精神状態がそう言わせた。
こんなの匿名掲示板だから許されるのに。
「マジかよ‼てめぇ、召喚組のフリして」
「どうするのよ‼嘘つき‼まだまだ、アンデッドはいるのよ‼」
そう、命がかかった場面だ、許されるわけがない。
だが奴は肩を竦め、俺の語りを受け継ぐ形でこう言った。
「午後十一時三十分。時間は少し早いけど、さっきので助けに来てくれる筈だよ。ライゼン・アールブ様がね」
そして彼奴の言葉通り、俺達は助かった。
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