第33話 攻略の順番

『トゥルルルルルルルンッ』


 少しカールがかかった短髪に光の粉が舞う。

 女神の威光はガラスにも写るらしく、メガネにも鱗粉が反射する。


『トゥルルルルルルルンッ』


「わぁ…。凄い。こんなに、こんなに!」


 砦の中で光が舞う。

 畑の番人の名はホッピー。

 神であった頃は、人々に親しまれたに違いない。


 そこに息を切らした銀髪がやってくる。


「う…げ…。やっと辿り着いた…。って、もうレベルアップイベント終わってるし」

「なーに、やってたんすか。もう、倒しちゃいましたよ!イッチ、このままじゃ追い抜かれるっすね。…って、冗談すけど」


 相変わらずの柔らかゲームな世界だ。

 俺以外の11人は全員レベルアップして、薄汚れているが完全健康体に戻っている。


「これが力…。俺達にもアルテナス様はご加護を下さった」

「はぁ?バレットって今までレベル上がって無かったわけ?」

「そうじゃねぇって。レナにも分かるだろ?」


 ライトニング時代に何度も目にした光景だ。

 彼らは今、光り輝いている。

 石造り元兵舎は貯蔵庫として利用されていたようだが、光女神の祝福で明るく照らされている。

 残念ながら大鼠大量発生で、今はただ悪臭が漂っているのだが。


「まぁね。レベル2とか3とか、頑張ったから体力がついた、って言われても分からないくらいだったし」

「ってか、クリプトのお陰だな」

「え…、僕は」

「…ほんと、ね。今までゴメンね」


 光の粉の影響で、MPも超回復。

 疲弊した精神力も超回復、というより彼らフォグ隊にとって、これが初めてのエリア解放劇だった。

 超独走態勢の勇者パーティがいるだけに、心のゆとりを欠いていたのだ。

 解放されたエリアは、完全とは行かないが光の女神アルテナスのご加護で少し明るくなる。

 心も明るくなるに違いないが——


「ってか、早く帰りましょ。ここに居たら絶対に病気になっちゃうわよ」


 それは確かにそう。野生の大ネズミの巣って、言葉だけで吐き気を催しそうだった。

 ただ、この日もウーエル村の時と同じことが起きる。


「あれ?っていうか、俺たちって帰っていいんだっけ」

「いいんじゃないの?いつも夕方までには帰ってたし」

「ねぇ、クリプト。フォグ先生はなんて言ってた?」


 俺を合わせて、今日は十一人で石製の建物を目指せと言われた。

 途中でレベルアップして、その勢いのまま突撃した。


「僕…聞いてない。レイは」

「俺も聞いてないって、ってかウーエル村の時はゼオビスとイルマがいて、その後始末を色々してたんだけど」


 フォグとタチは十七歳かどうかも怪しい、というより絶対に違う。

 だから、ゼオビスとイルマのように経験値を漁る必要がなかったのだろう。


「ふーん。そうなんだ。ま、いっか。臭いし帰りましょ」


 指揮官がいないが、やるべきことはやった。

 早く、メリッサホテルでシャワーを浴びたい、が全員の本音だろう。


 だが、この中で一人だけは違ったらしい。


「あ、そうか。タチさんのあの言葉ってそういう…」

「何?アンタって確か」

「リューズだよ。皆と同じ召喚組の」

「あぁ、そうだったな。ゼオビス隊だったか?タチさんがどうだってんだよ」

「ほら。西側に子孫組ってやつ?貴族が兵隊ならべてたじゃん」


 フォグ隊の皆が目を剥いた。

 今まで、転生組と召喚組の違いについて考えていた。

 ここに来て、子孫組が絡んでくる。


 そして、俺は首を傾げる。


「リューズ、あのさ。それと帰ること、関係ある?」


 するとビックリだ。背筋が凍り付く三白眼がたちどころに並ぶ。

 その後は、ホッピー砦の悪臭が攪拌されてしまうくらい、大きな溜め息が溢れ出る。

 それでも俺にはサッパリだったので、白髪の彼は俺の耳元で囁いた。


「イッチ、何考えてるんすか。イッチは元・ライトニングで、しかもウーエルのボスを倒してんすよ」

「アレは偶々で」

「いい気なものね。今日だって後ろで斜に構えて何のつもり?」

「えっと、何を言って」

「イッチ。それ以上はやめるっす」


 白髪、オッドアイの厨二病だが、真剣な顔で俺を止める。

 クリプトも口を噤んで、首を横に振る。


 元・ライトニングの肩書きのせい?

 レベルが上がらないせい?


 心がざわつく。この場の空気とは関係なく。


「そうね。折角の活躍だもの。今帰ったら、横取りするに決まってるわ」

「確かに。あぁ、なんつったっけ?」

「ライゼン・アールブ。アールブ侯の息子。あのレベルって本当のことなの?」

「さぁな。でも、イルマっちとゼオビスっちはレベル上がってたぜ」

「ってことは、やっぱり子孫組も勇者候補なのかよ」


 会話に参加していない召喚組も、ヒソヒソと話をしている。

 だからか、クリプトの顔色が悪くなっていく。


「大丈夫?」

「う…ん。ちょっと。でも、ここにいなきゃいけないのは分かったし」


 アウターズは共に戦う仲間ではなく、競争するライバルになった。

 ボスを倒して、レベルアップに成功しても、その場を見ないと判断できない。

 今度は経験値の横取りではなく、成果の横取りを気にする必要があるらしい。


 その場を解放できたから、リヒトとトーコはウーエル村に留まれた。

 村の解放を確定させる為にゼオビスとイルマが駆け回っている。


 彼ら彼女らの言い分はわかった。

 今回はやっぱりシュウの言葉を借りると、顔と名前を覚えられることが重要なのだ。

 だって、世界が救われることは確定している。

 勇者のその後理論ありきの考え方、だけど——


「あの…さ。俺がフォグさんに報告しに行こうか?俺は何も活躍してないんだし」

「お前が行ったら意味ないだろ」

「意味ないって…」


 やっぱり胸がざわつく。

 なんとか行動したい、せずにはいられない。


「それなら…、僕が」

「確かにクリプトっちなら資格ありっすねぇ」

「じゃ、フォグ先生のとこに…」

「いや、やっぱ駄目」

「どうして?僕はフォグ先生のチームで」


 そして悪臭漂う倉庫もざわつく。

 クリプトは俺と同じ時期にチーム入りした転生組だ。

 ただ、今回の征圧劇はクリプトのお陰だと皆思っている。

 俺の時とは違っていて、全員が反対という感じじゃない。


 だから俺も困惑した。だって、何人かは渋い顔をしている。


「だって、フレン隊…でしょ?」

「え⁈」


 クリプトなら、と考えていた青少年よりも早く俺が反応した。

 と言っても、本当の意味での疑問符だった。


「リューズ。フレン隊って何?」

「成程、フレン隊か。って、あれ…。イッチはフレン隊を知らないんすか?」

「いや、知らないし。厨二病的なアレか?」

「なーに言ってんすか。イッチが元・ライトニングで、クリプトは元・フレン隊っすよ」


 俺は目を剥いた。

 そしてクリプトは視線を逸らした。逸らした意味なんて知らない。

 単に自分のど忘れに驚いただけだったが、彼の目の逸らしで何となく意味を察せた。


「フレン隊は別の貴族に召し抱えられて、裏で活躍してるって話っす。確か、スベントっていう伯爵だったような」

「でも、僕はフレン隊との繋がりは」

「クリプトっち。分かってるけど、今は駄目っス。んじゃあ、イッチとクリプッチと俺っちは居残り確定、後はじゃんけんか何かで決めたらいいんじゃないすか?」


 そして結局、この案が採用される。

 リューズの案は、半分だけ残すというもので簡単だが、分かりやすいものだが。


「成程。裏で繋がっている…か」

「違う、僕は」

「いや、分かってる。確かに俺はそうなってだけ。今後出会っても、シュウとユリとは普通に話せるし」

「シュウ君とユリさん?」

「ま、そこはさて置き。で、なんでリューズも含まれるんだ?確かにフォグ隊の新参だけど、チーム・草原としてはそれなりに古参だろ?」


 チーム・草原に来てからこっち、リューズは非常に行動的に見える。

 愛想も良くて、リヒトとトーコを説得までしてくれた。

 そこまで出来る彼が、草原にいること自体が不思議に思えた。


 ただ、彼は何処かの誰かのように肩を竦めて、こう言っただけだった。


「なんとなくっすよ。一緒に朝ご飯を食べる仲じゃないすか」


     ◇


 居残る者、上司に報告する者と、チームを二つに分けた。

 とは言え、元々五人一組での行動がしきたりの世界だ。


「んじゃ、行くっすよ。——フィーゼ‼」


 しかも、俺が見ていない間にホッピーを倒した英雄の卵たちだった。

 既に殻は割れて、愛らしい姿のひよこになっているだろう。


「次はあたし。——アクア‼」


 元気いっぱいの彼ら、彼女らは魔法で拠点の掃除を始めた。

 拠点に残ったのは、俺とクリプトとリューズの三人と、銀髪のバレットと金髪のレナの合計五人だ。


「バレットも手伝いなさいよ」

「俺はダーク・サムライだっての‼鼠のフンなんて切れねぇよ」


 チーム草原に入ってしばらく経ったから、召喚組の特性が少しずつ分かって来る。


「それにしても。なぁんで盗賊?男子ってバレットとかリューズみたいにカッコよさそうな何かを選ぶもんじゃないの?」

「聖女とか恥ずかしげもなく言えるお前レナも大概だけどな」

「まぁまぁ、二人とも。盗賊って渋いチョイスと思わない?しかも転生組の中でやってけたんだしね」


 皆、自分がなりたいと思っていた職業に就いている。

 俺にそんな瞬間があったかは思い出せない。

 多分、なかったんじゃないかと思う。

 俺はギリギリの滑り込み、かつ存在するか怪しい団体によって呼び出された。

 だから、呼び出され方を間違えた可能性だってある。


 だからってスカ‼とか言うか?なんて俺の不満はさておき、召喚組はそれ故の問題を抱えていた。


「まぁ、一理あるか。レベルの上がり方に差があるとか考えてなかったしな」

「そうそう。俺っちも魔法剣士なんて選んだから、まだレベル7だし」

「げ?レベル7もあんのかよ」

「それはそうでしょ。ウーエルをクリアしてるんだから」


 特殊な職業を選んだ弊害は、レベルの低さとして現れる。

 スタートダッシュしづらいが、いつかは素晴らしい英雄になれる。


 だけど、リラヴァティに置いてはミスチョイスだったりする。


「イッチは、そこでもレベル上がらなかったってことはそういうことっすよね」

「盗賊はレベルが上がりやすいのか。んで、レベル20になったら転職可能。マジでズルいな」

「いや…。そんなことないと思うけど…」

「そんなことあるわよ。一応、頼りにしてるんだからね」


 なんと、俺は頼りにされている。

 キャラメイクしたとはいえ、金髪の聖女様に頼られている。

 スカ‼レベル0のこの俺が、だ。


 俺はこの場でカミングアウトするタイミングを完全に失っていた。


 っていうか、喋るカエルの件も話せずにいた。


 そんな中、一人で黙々と掃除をしていた彼がポツリと呟いた。


「日が暮れちゃう…」

「そりゃ、日も暮れるって。本来の予定だと攻略はまだまだ後だろ?」

「でも、大丈夫でしょ。邪神ホッピーを攻略したからアルテナス様の光が戻ってるんだし」


 心臓が一瞬、動きを忘れた気がした。

 気が付いて、遅れた分だけ早くポンピングした気がした。


 それが、ずっと胸の奥で痞えていたイガイガを押し出し、違和感を脳内に駆け巡らせる。


「…クリプトって、イブファーサで勉強したんだよな?」

「え…。う…、うん」


 眼鏡っ子の顔が曇る。

 嫌な思い出が詰まっていそうだったから、そうなることは知っている。


 それでも聞かなければならない…気がした。


「クリプト、教えてくれ‼」

「イッチ、急にどした?その話、あんまりしない方が」

「いいから‼過去の厄災、大神殿と王都、どっちを先に攻略していた⁈」


 既にダンジョン攻略は四つ目だけど、いやだからか、早鐘が鳴り響く。


「えっと。今までの記録だと大神殿の方が先…。今回は同時にって話になってるけど」


 ——成程。大変だったけど、ちゃんと意味があったんだな。


 なんて声が頭の中に響く。


「俺達はここに残っちゃダメだ。早く、逃げないと」

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