第32話 チーム草原の大躍進

「王が未だに見つからない…だと?王子も同じく」


 タチは触り心地の悪い無精ひげを撫でながら、眉を顰めた。

 オールバックに固めた髪は、赤い太陽に照らされて悪役にしか見えない。


「王子という事は…、神官長様ということですよね」


 その後ろ、優しい顔つきだがガタイの良い長身だから、やはり見た目は悪者に見える。


「俺の息子たちは何か知ってる筈なんだが、世界が赤く染まってからだんまりを決め込んでいる」

「例の厄災前戦争の後ってことですか。スベント伯。メゾリバリアはどうなってるんですかぃ?あれらは」


 ルネシス大平原には大きな川が流れている。

 それはアクアス山が齎す恵みの一つで、巨大な農地の間を流れるが、王都イスタ以南にも似たような場所がある。

 そこをメゾリバリアと呼び、経済の中心はそこである。

 多くの川が流れ、川を使った運送が行われる商業中心の街だ。


「ライトニングか。いくつかのエリアボスを倒してくれたが、街の中心のボスは倒してはくれなかったよ。通り道ついでに解放していっただけだな」

「なんということでしょう…。彼らは王国に育てられたようなものなのに…」

「アウターズを何人か、メゾリバリアに派遣してくれないか?」


 スベント伯は王都の反対側から、冒険者を借り入れようと態々来ていた。

 王都周辺は魔物だらけだが、西側は通り抜けられるから可能になった。

 因みにメゾリバリアはアクアス山南西に位置している。

 本来の経済の中心はメゾリバリア地帯であり、ウーエルは裏参道として栄えた街だ。

 メゾリバリア地区もアクアス大神殿のお膝元と言える。


「何故それを私らに?順番が逆じゃないすかねぇ…」

「グラスフィール卿は王に反旗を翻して以降、一度も公の場に現れていない。だが、お前は居場所を知っているのだろ」

「さぁてねぇ…。なぁ、フォグ」

「主人は大変心を痛めております。それにメゾリバリアと旧ガンプ領には転生組の英雄の卵たちが向かった筈です」


 チーム・草原は、グラスフィール家のいう事しか聞かない。

 分かっていたことだが、とスベント伯ジョージは訝しみつつ、魔馬に乗って自分の戦場へと戻っていった。


「グラスフィール卿は私兵を投下し、そして失ったと聞いた。改心したかと思ったが、やはりままならぬな」


     ◇


 ライトニング部隊は霊山サーファの洞窟を進んでいる。

 どうして分かるかというと、


『まだ、中腹にも至っておらん。1万メートルくらいぴょーんじゃろがい』

「そんなぴょーんって、カエルじゃねぇんだから。…てか、カエルでも無理だろ!イチマンメートルってなんだよ‼小学生か‼」


 例のカエルが俺の体の何処かに張り付いていて、イチイチ教えてくれるからだ。

 因みに、


「クリプト!次の貰える?」

「う、うん。でも、もう少ないかも」


 誰もその姿を見ていない。

 霊体というわけではなく、カメレオンのように体表面の色を変えているからだ。


「あるだけ全部くれ。フォグさんが行けるって言ってくれたんだ」


 このカエルがただのカエルでないのは、火を見るより明らかだった。

 しかも、何か知った風だから無碍には出来ない。

 俺は周りから聞く噂と、シュウに聞かされた計画の両方で、ライトニングの動きが大体分かる。

 そして、このカエルは感覚的な何かで、ライトニングの行動を観察している。

 やっぱりライトニングは特別な存在なのだ。

 世界が彼らの活躍を待っている。


 ——でも、それは俺達の知らない場所で起きているわけで


「行ける…って、今から行くのか?」

「チッ。ライトニング的には遅すぎるって言いたいのかよ」

「いや、そうじゃなくて」


 彼らは彼らで、ずっと沼地で戦っていたのだ。

 フォグとタチのグループとは出会ったばかりで、顔も名前も一致しない。

 だだっ広いから、大した会話も出来ないまま作戦が進む。


「どうなってんだ…」

「俺達は新参者、イッチも戦うんすよ‼」


 リューズはフォグ隊と馴染みつつある、というより俺より早くから草原に居た。

 レベルが上がったのもあって、今回は最前線で活躍している。

 そりゃそうだ。分かってしまえば、ソレを活かして積極的に戦える。

 特にレベルが10近くになれば、この辺りのジャイダやドッカエルは敵じゃない。

 ハウンディだって、今の彼らなら恐れることなく戦えるだろう。

 シュウが言った通り、必要なのはキッカケだった。


 そして俺だけが取り残される。

 ここは世界の中心じゃない。そこにモブとして取り残される。


 だからか…


「やっぱりおかしい…」


 何かが変。でも、分かるのは物語の中心であるライトニングの運命だ。

 関係ない場所で起きている違和感の正体は、誰も答えてくれない。

 カメレオンカエルも知らないらしく、何も語ってはくれない。


「ウーエル村と同じで、今日突撃するみたい…だよ?」


 2つの部隊に分かれていて、片側に進展があったからコッチも前に進む。

 方針としては正しいように思える。

 イスタと大聖堂が部分的に繋がっているなら尚更だ。


 畑の真ん中に小さな見張り塔がある。

 遥か昔、ポセイダムとアポロニアが戦っていた時の名残りらしい。


「ホッピー?随分、ポップな名前だな」

「畑の神様…だから?レイ……くんも行こ?」

「うん。でも、さ」

「僕、頑張る。レベル低いけど、レイ…くんがいたら…。あ、ゴメン。僕…、心細くて…。あ、…なんでも…な…い」


 光の女神アルテナス様はとても視野が狭くていらっしゃるか、本当は人なんかに興味がないのか。

 それか別のものが見えているのか。

 俺はレベルが上がらない。それ以上に、クリプトのレベルの上がらなさの方がずっと心配だった。

 元大平原の沼地地帯で少しずつでも拠点を伸ばせたのは、細工薬師のクリプトの道具に他ならない。


「な。クリプトはその才能を自分の為に使わないの?」

「え…。えと…。僕はあんまり投げるの上手くないし、ロゼッタちゃんとかケンヤくん、それからシュウくん、ユリちゃん、トオルくんは勇敢だし」

「まぁ、レベルの差が生まれるとなかなか難しいか。アルテナス様も気を使うべきだよな。ゼータたちがドロドロモンスター倒せたのは、クリプトのお陰なのに」

「それを言ったら、アイディアを出してくれたレイ…君も?」


 本当はどうだったのか。

 シュウは俺と言う刺激が、良い方向に行ったと言った。

 あの中にクリプトがいれば、俺ではなくて…


「あ、…レイ、か。ゴメン。呼び捨てなれなくて。それにね、レイく…。レイ。その理屈だと、鍛冶屋さんが一番レベルが上がるってことにならない…かな」

「お、言えてる。なーんか、法則はあるんだろうけど」

「レイの場合は、周りが弱すぎるから上がらないんだよね。僕に構わず、先に行っていいよ」


 流石に気付くだろうと、敢えて説明していなかったが、折角なので触れておく。

 皆は俺のレベルをかなり高く見積もっている。

 リラヴァティがゲームのような世界だ、というのはアウターズなら気付く。

 アウターズでなくとも、過去の記録を漁ればこの情報に辿り着く。


 即ち、弱い敵と戦ってもレベルは上がらない。途方もない数倒せば上がるかもしれないが、他の英雄のひなを気遣うから、普通はそんなことはしない。

 前例がないから、そうだと本気で思っている。

 ウーエル村の井戸の中で、ボスを倒したのにレベルアップしなかった。

 リューズのみならず、リヒトもトーコも現場を見ているから、本当のレベルは15くらいと見積もられている、らしい。


「いやぁ。元・ライトニングってだけで嫌がられるんだよなぁ。人数が多いと一人当たりの経験値も少なくなるし」

「あ…。そっか」

「だから、クリプトも俺に遠慮しなくていいから。後ろは任せとけ」


 結局、クリプトは俺の後ろを歩いた。

 目的地は広い畑だった場所の中央にある石造りの建物。

 俺から見て右には、中世にタイムスリップしたような兵隊が並んでいる。

 誰かさんが西側を安全にしたから、そちらから回ってきた各地の気高そうな兵士たちだ。


「右は見なくていいから、安心だね」

「うん。…あっちは元々安全そうだけど」

「ん?何?」

「なんでもないよ。クリプトの手製爆弾が素晴らしいなって思ったんだ」

「へ…。そ、そんなことないよ」


 今までのチーム・草原なら、ここまでで良しとして撤退する。

 ウーエルはグラスフィールの親戚がちょっかいを出してから、あっという間に動き出した。

 もしかしたら、今回も似たような作戦かもしれない。

 フィーゼオ大陸の人間にしてみれば、王都イスタとアクアス大神殿の早期解放が望まれる。


 でも嫌な予感しかしない。全く違う思惑の中で動かされている気がする。


「なんかおかしい。あのさ…」

「ド・ゴート‼」

「吹き飛べ、フィーゼ‼」


 最初は遠くから、クリプトお手製魔法焼夷弾を使っていたから経験値が入らなかった。

 その距離が徐々に短くなり、漸く光の女神も功績を認め始めた。

 故に、レベルアップが元々いたクリプトを除く九人に齎される。


『トゥルルルルルルルンッ』


 前方から聞こえてきた光女神のピアノの旋律が、ウーエルの再現を引き起こしてしまう。

 とは言え、あの時とは違うことがある。


「いける…」

「俺達も英雄になれる」

「私も転職して…」


 ウーエルは小さな宿と井戸から発展した大きな街。

 井戸の神がいて、周囲に街が作られたから、野犬の魔物と地下の魔物というギャップが生じてしまった。

 でも、ここは昔から畑作地帯。

 あの時のような魔物のギャップは生じない。

 井戸の中のように暗闇に突入なんてことにはならない。


 だから、スムーズに予定通りに辿り着く。


「なんだ、あれ⁈」

「ひぃぃぃいいいい‼化け物ぉぉおおお‼」

「いや、行けるって‼」


 化け物の名前を俺は知らない。

 あの感じだと彼らも知らない。

 知っているとすればクリプトだけれど、俺の後ろで声を失っている。


 今まで見てきたエリアボスは、そこに居てもおかしくない生物が魔物化したもの。

 魔物自体がそうなんだから、ボスも多分同じ。


「よく見ろ‼ただの鼠だ‼」

「そんなの分かってるって‼なんだよ、あのデカさは‼」


 中央に見える石造りの建物、過去の戦争の遺産は貯蔵庫として使われていたのだろう。

 やっぱり、居てもおかしくない。

 そして、どうやら——


『ホッピーか。ま、これだけ加護持ち人間がいれば容易いじゃろうな』


 俺の予想を無駄にするやつが耳元に居る。


「クリプト。行けるってさ。だから、お前も参加して来い」

「え?レイ…は?」

「気にするな。なんたって俺は邪神ウーエル…、は?邪なる神ウーエル様を倒してんだ。経験値が勿体ない。俺みたいに倒してこい」


 すると彼はズレた眼鏡を直して走り出した。


「がんばるね、レイ‼」


 栗色の髪の毛をわさわさと揺らし、多分仲間のもとへ駆けつける細工薬師、その背中を呆然と見つめながら、俺はアレに話した。


「そのホッピーってのは同朋なんだろ?殺されるの、嫌じゃないのか?」


 するとアレはこう言う。


『聞くまでもなかろうに』

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