第31話 王都奪還の道
肩で風を切る男、タチ・バサミー。
その背後に立つのは、何故かスーツ姿の大男フォグ。
もう一度、ハッキリと言おう。この二人は絶対に二十歳を越えている。
もしかしたら三十も視野に入っている。
「てめぇら。やることは分かってんだろうなぁ」
あれらは確かに英雄の子孫かもしれないが、英雄の卵ではない。
卵でない者が、卵たちに命令をする。
当初、俺とクリプトと幹部四人を合わせた人数は20人だった。
後で聞いた話だが、あの日井戸の中でゼオビスに連れられた四人は戦死した。
その後、リヒトとトーコが離脱したわけだから、残るは14人。
ここにゼオビスとイルマはおらず、壇上にいる二人は卵じゃないんだから、たったの10人。
「その筈なのに…。百人以上は余裕でいるぞ…」
「そっすね。十人ずつが二十個くらい。なんか、肩身が狭いっすね」
「あの…、えっといつもはここまでじゃないんですけど」
「え?草原ってそんなに居たの?」
「い、いえ。だって、ここは王都奪還の拠点になるところだから」
「そこぉ‼今、俺様が喋ってんだろ。貴族連中に後れを取るんじゃあねぇぞ‼」
クリプトの話によると、今までタチが姿を見せたことはない。
そして今日にいたるまで、ゼオビスとイルマとタチとで貴族らと話し合っていた。
グラスフィール伯のセドンが抱えていた私兵の死が絶対に悪さをしている。
タチは気味が良いと言っていたが、セドンにとっては可愛い部下だったのかもしれない。
それがここに繋がったとは思えないけど…。
だって、他力本願がモットーの人達だし。
なーんて思っていた時だった。
「タチ。ちょっといいかなぁ?」
「な。いや、ですが、ここは召喚組の…」
強面のタチの顔が歪む。
声を掛けたのは紺色の髪の若い男だ。
煌びやかな白い鎧に青のマント。戦場だとめちゃくちゃ目立つ格好だ。
「あぁ、他所者の部隊ね」
「他所者…では」
「フォグ。つれないねぇ。オレと君の中じゃあないか」
「…御意。タチさま。ここは」
「チッ」
草原の四幹部はグラスフィール伯に雇われている。
だったら、彼こそがセドン・グラスフィール、そう思った。
「やぁやぁ、アウターズの諸君。これで全部じゃないのは知ってるけど、それはまぁいいや。噂のライトニングは南の端っこにいるみたいだしね」
その男は鷹揚に手を掲げ、マントをはためかせた。
気になったのは、にこやかすぎる表情だ。
その大袈裟さが、「アウターズ」という言葉が差別的に聞こえさせる。
「でもオレは君たちを役立たずとは思っていないよ。何せ、これから一緒に王都を取り戻すんだから」
と思ったら、本当に見下していたらしい。
背後でフォグが軽く咳ばらいをすると、「失敬」と言わんばかりに会釈をした。
そんな彼の名は
「あ、そうだそうだ。君たちはオレを知らないんだった。オレの名はライゼンだ。アールブの三男で、君たちの同級生にあたる。年齢だけに限った話だけどね」
ライゼン・アールブ。
アールブ侯爵の息子、遂にお貴族様の登場だ。
後で知る話だが、平和な時代のアールブ侯爵は王の左腕と呼ばれていた。
ならば、彼らが仕切るべき状況だ。
更には、王は何をしているのかと庶民も思っているだろう。
なんて考えが一気に吹き飛ばされる。
「年齢は同じ。でも、オレはレベル15の英雄だ」
「レベル…15⁈」
俺が知っている頃のシュウたちは、15には至っていない。
「だっは‼その顔、いいねぇ、君。どうだい?オレの下で働いてみないかい…、って、残念。君たちは雑魚だった。ま、働きによっちゃ、盾持ちくらいにはしてやってもいい…。あぁ、分かってるよ、フォグ。それじゃ、期待してるよ。元、ライトニング、銀髪のレイ」
最後は横目で俺を睨みながら、やはりマントをはためかせて立ち去った。
偉い人なのに護衛もつけず、一人で来たことからも、余裕が感じられる。
「イッチ。めっちゃ睨まれてたっすよ。有名人っすね」
「だって、レイは凄いんだもん」
「い、いや…。俺はライトニングを脱退してるんだけど…。でも、ライトニングがどれだけ疎まれた存在か、改めて思い知らされたよ」
俺は苦笑いを浮かべただけ。
それに、ライゼン・アールブはライトニングの居場所まで把握していた。
あいつの一人称、「オレ」だった。
もう、離れて結構経つけど、やっぱり心配だ。
ライゼンって奴とシュウが合流して、シュウたちに手柄を上げさせない為に邪魔をするんじゃ…
例の映像を忘れたわけじゃない。
まだ、ケンヤとロゼッタそしてユリの死が回避された訳ではない。
◇
ルネシス大平原、肥沃の大地、でも今は大湿地帯。
厄災前に急いで収穫したのだろうが、その時の落ち穂さえ見当たらないくらい、川が荒れている。
「ほら。あそこに柱があるでしょ?」
クリプトの言葉に俺の口角が片方だけ上がる。
きっと隣の白髪も同じ表情をしている。
「俺、あっちが良かったっすー‼」
「だから言うなって」
「え…、と。でも、危なくはないから」
遥か向こうに城があって、手前に城塞都市の塀がある。
5mほどの城壁の外には沼地と化した一帯が広がっていて、途中に兵士の駐屯基地がある。
そこに邪神化した麦穂の神「ホッピー」がいる。
「にしても果てしないっすよ。沼地をあそこまでって、これなら戦った方が」
「リューズって戦ってたのか?井戸から助けを呼ぶ声しか聞こえなかったけど」
「皆みたいにレベルアップ祭りしなかったっすけど、ハウンディくらい倒しましたって」
「あぁ、そっか。で、クリプト弾は」
「ちょっと!新入りが馴れ馴れしいわよ!」
ただ、話しはここで中断される。
赤毛の少女が、三人の会話に割り込んでくる。
因みにその赤毛は所謂赤毛、金と茶色に赤みがかった一般的な赤毛だ。
そして、俺は少しだけ困惑した。髪の色ではなくて
「えっと…」
「クリプト君。今日も頑張ろうね!」
「う、うん。マイアさんも…ね」
クリプトの周りに、フォグ隊の冒険者が集まってきたからだ。
彼とは毎朝、一緒に朝食を食べている。
気を使われてたのは俺だったか…、なんて複雑な気分になる。
だけど、そうじゃなかった。
「クリプト。今日もアレ、頼むぜ」
「あ、うん…。はい、これ…」
「おう。サンキューな!」
クリプトのリュックから、あっという間にクリプト玉が無くなった。
そして、各々が散らばっていく。
だだっ広さを考えたら、確かに効率的なのだが
「いけ。風の神フィーゼ‼」
「焼け落ちろ、ゴート‼」
「スキル・大投擲‼」
クリプトから例のアイテムを受け取って、それぞれが飛び出して沼地に投げる。
魔法が使えない俺でも、序盤のボスを倒せたイブの炎の炸裂弾だ。
風で遠くに飛ばしても良し、ソレ単体を燃やしても良し、スキルでぶん投げるのも良し。
最初にクリプトが言ったように、広さはあるが凶悪な魔物は少ない。
せいぜいが毒持ちの魔物だが、要塞内で彷徨ったり、井戸の中に閉じ込められたりもしない。
「うお‼マジっすか⁉」
広大な沼地のあちこちから炎の柱があがる。
レベルが上がったら、こんな魔法もうてるのだろうが、現段階では難しい。
リューズもはしゃいで走り回る。
「えっと…。レイ…のお陰で。僕も活躍できるようになった…」
これが朝に見せた笑顔の理由。
眼鏡の彼はそれでも嬉しそうだった。
確かに、クリプトあっての広範囲攻撃ではある。
だけど
「なぁ、クリプト。一緒に行かないのか?あんなに離れてたら経験値が貰えないだろ?」
「それは…。でも、僕の職業って戦闘向きじゃないし」
「いやいや。レベルが上がったらもっとさ」
「レイ…さんは、華がありますよね。僕なんて…」
これは転生組全員に言えることかもしれない。
召喚組に比べてアドバンテージを持っているかもしれないが、何か影を感じる。
勿論、ケンヤやロゼッタみたいに明るいキャラもいたけれど、内弁慶だとシュウは言った。
「何があったか聞かないけど、一応経験値のおこぼれを——」
もしかしたらシュウよりも話しているかもしれない少年に前に出るように促そうとした。
その時——
『なんじゃ、あれは。ウドまではじけ飛ぶ。勿体ない戦い方じゃ』
「へ…?」
頭の中で誰かが愚痴った気がした。
左右に首を振るも誰もない。
クリプトはこてりと首を傾げているし、彼の声はもっと高い。
また、いつもの幻聴?
——だったら楽勝じゃない。建物ごとぶっ壊しちゃえばいいんでしょ?
——ううん。それだと経験値が貯まらないんだ。
そう、これも俺は知っている。勇者たちから学んだことは多い。
無意識に、経験値が勿体ないと思ったのは事実だし。
「今、何か言った?」
「え…?俺、口に出してた?」
「ん。そう言われてみれば、ちょっと違ってたような。でも、レイしかいないし?」
今は本当にそうで、二人きり。
貴族組は反対側で編隊を組んでいる。
「あの馬、なんかすごいな。沼地でも平気で歩いてる。んで、上からランスで確実に倒してる」
『ほれ見ろ。あちらは女神の加護を分かっておる』
「あぁ、確かに。ってか、さっきの金髪。護衛に全部任せてんじゃねぇか‼」
『それがパーティというものじゃからな』
「はぁ、そういえばそうか…」
「レイ?あの…、さっきから誰と話してるのかな?」
そこでクリプトの柔らかな声、俺はハッと目を剥いた。
「そっか。そうやって考えを纏めてるんだ」
「あ…、あれ。そういうことかも…」
どう考えても二人きり。
フォグは後ろで後方腕組み。タチに至っては、貴族側の誰かと話し合っている。
だから独り言だと思った。
理由は、俺の知識がシュウに叩き込まれたものだからだ…が。
『そういうことにしておけ』
「って、やっぱお前じゃないか‼」
べちゃ‼
俺は頭の上に何故か居たカエルを引っぺがし、地面に投げつけた。
「え?えええ?か、か、か…」
「喋るカエル…。異形の奸物に違いない。丁度いいからここで…」
「ちょ、ちょっと待つんじゃ…。じゃのうて。プルプル。ワシは悪いカエルじゃないお」
「悪いカエルってなんだよ。ますます怪しい…」
「ちょっと待って。レイ…くん。なんか可哀そうだよ」
心優しい眼鏡っ青年が俺の前に立ちはだかる。
だが、俺の浅い知識によると、フィーゼオ大陸の動物たちに知性はない。
あるのは魔物化したモノだけ。ならば、英雄として
クリプトの横をすり抜けて、短剣を振り上げる。
そこで
「…レイ。お主が抱えておる問題。ワシに分るかもしれんぞ」
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