第30話 勇者は真っ直ぐ進み、サブは近場を歩む
♧
ライトニングは霊山サーファの麓で立ち尽くしていた。
生まれた時から存在は知っていたが、実際に目にすると自信を失ってしまう。
ユリ「だ、だ、大丈夫…だよね、レベルは17もあるんだし」
トオル「標高一万メートル。本当にそんなにあるかは怪しいがな」
壁にしか見えないソレ。
目の前は岩の色をしているが、上は真っ白でそのまま空に続く。
薄暗いのはこの山のせいじゃないかとさえ思ってしまう。
ライトニングのメンバーは5人。そして今日はその横に2つの影があった。
古めかしい衣類の男女はまるで別世界の住民だ。
女の名はセリカ。男の名はシャニム。
セリカ「冒険者様、サーファ様をどうかお救いください」
内側に白地のチュニックに黒色のレギンスを履き、その上から水色の貫頭衣を被った女。
ロゼッタ「そのつもりよ。で、どこから登るのかしら」
ケンヤ「だな。大階段とかありそうなのに。どこにも見当たらねえや」
シャニム「えっと、ここから先を行ったり来たりしながら、少しずつ登れば大丈夫…」
2人の特徴的な部分は髪色である。
髪は桃色の髪で、二人ともが不安そうな顔をしている。
トオル「何が大丈夫なのものか。サーファ大神殿と言えば、アルテナム王国一の神殿だぞ」
シュウ「トオル、止せ。とにかくこの壁を上らないとなんだろうね。勇者の試練ってやつ」
ケンヤ「マジかよ。いっちょやってみっか」
セリカ「シャニム、変な事言わないの。あ、あの…。弟は言葉が足りなすぎて。あちらに洞窟があります。そこをお使いください。ただ…」
ユリ「ただ…?」
セリカ「今、内部がどうなっているのか、私たちにも分からないのです」
♧
未だに夢を見る。
最近は、勇者たちと共に冒険をしているかのような夢。
本当は今も一緒にサーファを目指していた、なんて心のどこかで思っているのかもしれない。
っていうか、未だにレベルアップの謎は解けていない。
あの事件で、召喚組もピアノの音が流れると知ってしまったし。
自分はなんで、こうなのか。何をするべきなのか。
考えると胸が苦しい。苦しい。…くるし…
「ぶはぁあああああ‼」
上半身を起こした瞬間、べちゃっと壁に粘体がへばりついた。
それがゆっくり壁から剥がれ落ちると、とある形に戻る。
「って、お前かよ‼逃げたんじゃなかったのか」
「ゲゲーロ」
「馬鹿にしやがって、こいつ‼クソ、速い‼ってか、届かない場所に逃げる…な…」
床に張り付いて、ベッドの下に手を伸ばす。
その時、コンコンとノックの音が聞こえる。
因みに、このカエルとの戦いが毎朝続くことになるのだが。
「フィーゼオ大陸の東側って何があるかっすか?自分で調べたらどうっすか?」
「調べたって。でも、地図には何も載ってなかったぞ」
「えっと、昔から危険な獣がいる森って有名だよ?」
「そ。深い深い森。元から猛獣が出るんだったら、マジで、ヤバそっすよね」
あの日から、朝食メンバーにリューズが加わった。
クリプトはリューズの顔を見ない。
彼はとても人見知りでリューズのようなタイプは苦手そうだが、リューズの方は全然気にしないという様子。
クリプトのことを考えたら、別で食事をとった方が良いかもと思ったけれど、俺とリューズの仲間は借金まみれのまま、冒険者をやめてしまった。
今までリューズはリヒトとトーコと一緒にいたのだから、それはそれで可哀そうと思ったし、クリプトも何も言わないからこうなった。
「猛獣が魔物化…。確かにそこは避けた方が良さそうだな」
「僕、ちょっとだけ入ったことがあるんだけど、ずっと視線を感じてて、凄く怖かった。お化けが出るって噂もあったし」
「ちょ、クリプトっち。お化けは駄目っすよ。あー、駄目だ。この話を聞いたら三人に伝えなきゃ、呪い殺されるぅぅ」
「なーに言ってんだよ。俺達は冒険者で、化け物と戦ってるだろ」
「それとこれとは違うんすよぉ」
リューズは青い顔で首を横に振った。
その隣で俺はポテトフライを摘まみ、溜め息を吐いた。
向かいには眼鏡っ子が座り、隣のリューズと同じ色の青い顔。
自分で話しておいてと思っていると
「滅多なことを言うものではありません!」
「ひっ」
俺の背筋がピーンと伸びた。内臓まで響く低音と言えば。
「その森はアルテナス教区です。一般人の立ち入りは許可されていません」
「なーんだ、フォグさんか。イッチ、びびりすぎぃ」
「す、すみません。僕、昔勝手に入っちゃって」
「いけませんねぇ。ですが、今は問題ありませんので聞かなかったことにします」
「あ、ありがとうございます」
チーム・草原の良心、フォグがこれからの隊長になる。
ゼオビスとイルマは、ウーエル関係で貴族たちと交渉をするという話。
メンバーも減ったんだから、暫くは大きな一部隊として動くらしい。
「びびってねぇし。って、それじゃ猛獣の森は手付かず?いや、他の冒険者が行ってるのか」
「さて、どうでしょうか」
「あれ。フォグさんも知らないんですか?」
「いいえ。知っています。確かにレイ君は召喚組です。でも、考えることは出来る筈ですが?実力者なら、ちゃんと考えて頂かないと…」
優しい顔だが、目が怖い。
ウーエルのボス退治の一件が尾を引いている。
とは言え、これは流石に簡単だ。
「強い敵がいるなら、全員のレベルを上げないと挑めない…から」
「なるほど。ちゃんと学びましたね。…ですが、不正解です」
「んぇ?」
「クリプト君はさて置き、リューズ君。君には正解が分かりますね」
「へっへー。そりゃまぁね」
「はぁ?なんで、お前には分かるんだよ。俺と同じ召喚組だろ?」
「ったくイッチは仕方ねぇ奴だな。いいか?猛獣の森は元々猛獣の森だぞ。何処の誰が解放の依頼をするんだよ」
「な…。そんな理由?危険だけど、見返り無し…。でも英雄なら」
「えぇ、英雄ならば。ですが、残念ながらリューズ君、正解です。それにそもそも、あの森には過去の英雄は一度も立ち寄っていません。さて、話し過ぎました。そろそろ行きますよ」
言われてみれば、確かに。
シュウの計画は大陸の西側をなぞるもので、東側の話は一度も出ていない。
王都と中央の大神殿の解放を目指す「草原」でも、全く触れられない。
俺が偶に見る妙な夢にも、やはり東側は出ない。
ここで取り上げる必要もない話。だけど、果たして——
◇
王都イスタ。遥か昔、アポロニア王国が栄えた巨大な都市だ。
ポセイダム王国とアポロニア王国の戦争はアポロニア王国が勝利した。
アポロニア王国、王女イスタルの美貌でポセイダムの王子は一目ぼれをして、国を裏切ったことが勝因だった。
「て、伝説だっけ」
「お。そういうのは習ってんだ。イスタルたまぁ。どれくらい美人だったんだろ…」
「お前なぁ」
「冗談っスよ。ほら、美人の定義なんて時代によって変わるっす。経国の美女って当時は言われてても案外…」
ただ、その水面下では別の出来事が進行していた。
戦争で疲弊した下層の人々の間で、とある宗教が広まっていたのだ。
当時で言えばたかが新興宗教だったが、信者の数は膨大であったとされる。
「リューズ、余計な事を言うな。クリプトも引いてるぞ…、ってクリプト?」
ポセイダムを取り込んだ新生アポロニア帝国にとって、最初の課題は民を纏め上げることだった。
そこでポセイダムが崇めた雷神と海神、アポロニアが崇めていた太陽神以外の神を最高神に崇め奉ることになった。
「ふぇ?え…えっと、素敵な話だな…って」
「おやおや。クリプトっちも案外、美女に弱いんすね」
「それは…、その」
そこで最高神とされたのが光の女神アルテナスであり、「アルテナス教」である。
つまり王都と大神殿は切っても切り離せない関係にある。
サーファ大神殿は今も残っているが、フィーゼオ大陸の中心はあくまで北部だから、あまり話には登場しない。
「駄目…だった?」
「いや。ダメってことはないけど、ほら。コイツ見ろって」
「ん?俺っすか?」
「召喚組はキャラデザインが自由だし、ルッキズムって概念も怪しいとこだし」
ありそうな話だが、この世界に多くの神がいる。
だのに、多くの人間はアルテナスを最高神にした。
その結果、他の神々が怒り狂って、厄災として地上に顕現するようになった。
「ううん。こ、この話はやめよっか。そろそろ見えてくるし」
まぁ、確かに。神が怒るのは分からんでもない。
人間の都合で偉い、偉くない、大事、大事じゃないを決められた。
それこそ、猛獣の森と同じ。
「あれがアルテナス王国の王城。どう見ても、魔王城っすね」
「その手前の城塞都市も厄介だな。で、アレは…、そういうこと…か。クリプトたちはあの沼地の整備をしてたってこと?」
「レイく…、レイのお蔭で三歩くらい拠点を前に進められたけど、まだまだで…」
チーム・草原が目指す大神殿と王都の解放は、別々の仕事じゃない。
歴史上、アルテナス教とアルテナス王国の二つはセットだった。
それは地形的にも言えることなのだ。
「かつては広大な畑風景が広がっていたんだろうか。今は川が氾濫しててとんでもないことになってるけど」
「そうだよ。凄くきれいな景色だった。…アクアス大神殿からの景色は本当に」
川の流れに魔物の姿が見える。
ウーエルの井戸も、もしかするとアクアス山から流れ出た地下水かもしれない。
だから、地上と井戸の中で魔物の種類が異なっていた。
地形的に考えれば、最初に抑えるべきはアクアス大神殿かもしれない。
「だから、シュウは避けた。いや、理由はほかにも…」
「レイ君‼君はまた‼」
「す、すみません‼」
ドスの利いた声で再び俺の背筋が伸びる。
だが、伸びだ先に特徴的な角刈りの大男がいた。
振り返ってみると、白髪がニヤニヤとしていたから、半眼で睨みつけた。
ただ、その隣でクリプトもクスっとしていたから怒る気は失せた。
「はぁ、それにしても難しい」
「ちょ、ちゃんとツッコんでくださいよ」
「そんな気分じゃないよ」
「なんで?って、リューズやないかい‼って言うだけっすよ」
「どっちも正しい気がする。ヒーローものの裏側見てるみたいで嫌な感じだな…」
すると、ツッコまれを諦めたリューズは珍しく真面目な顔で頷いた。
「そっすね。差し伸べられた手をとるか、無視して諸悪の根源を断つか。今までもそういうのがあったから、こんなに異世界人を呼び出したんじゃないすか?」
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