第29話 ひと時の休息

 転職はレベル20で攻略できる大神殿で行う。

 これはマジでゲームみたいな世界。

 ケンヤとトオルはコッソリ考えているかもだし、シュウも最後までソーサラーのままとは思えない。

 そもそも、剣を握っていた気もするし。


「もう一度言います。彼らに死ねと言うんですか?」

「…そんなことは言ってない…です」


 これまでの草原の活動ならそうなってしまうかも。

 フォグは弱者の味方、クリプトからもそう聞かされている。

 無碍には出来ない存在だから、ふとすると流されそうになる。

 仲間を危険にさらす行為だと、自分で自分を咎めそうになる。


 でも、今回はそうじゃなかった筈だ。


「ちゃんと分かってます。でも、俺の知らない場所で始まった戦いです。これはリヒト…、じゃなくて、リューズなら分かるよな?」

「俺にふる?んと…、そういうのはイルマさんにぃ」

「オレじゃねぇぞ。ゼオが先に動いたんだよ」

「ってことなんです、フォグさん。俺はいつも通り…、あ、いや」


 最後だけ話されているのがおかしい。

 そもそも——


「知らないやつも死んでた。何日も前じゃない。あの戦いであの日死んだヤツがいた」


 すると、フォグは口を噤んだ。

 大きな会議室に静寂が宿る。でもそれは一分も持たなかった。


「がはははは」


 親の仇かもしれないローテーブルを蹴りまくっていた男が笑い始めた。

 それを合図に、ゼオビスは顔を引き攣らせ、イルマは肩を竦めた。


「なーるほど。流石は元・ライトニングだ。死んだヤツも覚えていたとはなぁ」

「…はい?」 

「ゼオ、何があったか教えてやれ」

「へいへい。チーム・草原の幹部を名乗っちゃいるが、俺らが一番偉いってわけじゃねぇ」

「…グラスフィール伯爵家のこと?」

「あ?なんだ、知ってんじゃねぇか。その中にゃ、お前みたいに血気盛んな連中もいるわけよ」


 ゼオビスは、ロックでアシメトリーの髪形を鬱陶しそうに払いながら話す。

 そういえば、この四人からバックの貴族の話を聞いたことはなかったかもしれない。


「しょっちゅうせっつかれるわけよ。オレらだってちゃーんとやってんのにね。で、こいつがバカやって計画をバラした」

「馬鹿はやってねぇよ!高貴な方々がこんな酒場に来る方が悪いんだよ」


 漸く、落ち着いて見れるようになってきた。

 イルマが見せたあの場の行動は、彼女が数えで十七だと言っているようなものだ。


「あ?なんでオレの顔見てんだよ」

「い、いえ。話を聞いてただけ…、そ、それはつまりグラスフィール家の貴族兵だったってこと…」


 そして見れば見るほど、やはりロゼッタが重なる。

 そういえば、ロゼッタという名前は和風じゃない。

 名前で判断するのは危険だし、外見だって信用ならないけど。


「んなわけ…」


 その瞬間、俺の首をイルマの腕が締め上げた。


「ねぇだろ。仮にそうだったら、オレらは今頃宴でもやってんよ」

「うぐ…。じゃあ、関係な…、く、くるし」

「なんだよ。レベル10が聞いて呆れるな。ま、いいや。全くの無関係ってことはないぜ。貴族でも騎士でもねぇが、グラスフィールの息子セドンが雇った兵隊だからな」


 腕のロックが外されて、新鮮な空気と、羨ましそうなリューズの吐息が肺に流れ込む。

 後半をどうにか吐き出したいと思いながら、俺は考えた。


「あの日までにハウンディの巣は特定できていた。だからゼオビスさんがセドンさんの私兵と一緒に反対側の入り口から突入したってことか。多分じゃなくて、その私兵も十七歳の子孫組…ってこと?」

「アイツらまで井戸に飛び込んだのは意外だったけど」


 こんな時にこんなことを考えてはいけないかもだが、一つ気付いた。

 イルマさんは、敢えてこの喋り方をしている。


 まぁ、俺には絶対に関係ないことだけれど


「ってことだよ、坊主ぅ」


 んで、このタチって男は絶対に十七歳じゃない。

 そもそも、上に立つ人間が十七歳である必要はない。


「グラスフィールから派遣された兵が死んだんだから、アイツらも少しは大人しくなんだろ。だから、今回の件は大目に瞑ってやる。フォグもいいな?」

「ええ、ですが…」

「分かってる。レイ、これからは気をつけろよ。エリアボスを倒すときは先に報告だ」


     ◇


 今日も今日とて、メリッサホテルでダラダラと過ごす。

 今日もということは


「レイさんってやっぱり凄い‼エリアボスをたった一人で倒しちゃうなんて」

「あれは…、完全にクリプトのお陰なんだよなぁ」

「そんなこと…ないです。僕はどんくさいから絶対に外しますし」

「練習すれば大丈夫。でも、レベルが上がったら必要ないかもな」

「え?レベル…って」

「あ、なんでもない。…そういや、まだ言ってなかったんだった」


 彼には話していいかもしれない。

 でも、もう少しだけ先延ばししたかった。

 もしも、現地人認定されてしまったら、俺だけじゃなくクリプトも追い出され、しかも借金まで背負わされてしまうからだ。


「ん?なんです?」

「あ、だから。なんでもなくて…」

「なんでも…?そのカエルがですか?」


 そういえば先ほどから、クリプトの眼鏡が右肩に向いていた。


「げ!まだいた‼こいつ、ウーエルのカエル。もう逃げたと思ったんだけど」

「ふふ。レイさん、あまりに似合ってなくて、逆に似合ってますね」

「やめてくれよ。そだ。コイツを使って新たな魔法できない?カエルとか薬になりそう…」

「あ!…逃げちゃいました。それに僕たちが知ってる魔女じゃないんですからぁ」

「それもそうか。逃げたんならそれでいいし」


 っていうか、そんな話よりも先ず、聞きたいことがあった。


「で、どうだった?」


 作って貰ってばかりじゃ申し訳ないから、戦い方のアドバイスをしていた。

『細工薬師』という珍しい職種で、名前からして前衛ではないし、後衛かどうかも分からない。

 どっちかというと、裏方っぽい役職だ。

 今更ながら、召喚組の職業について話そう。と言っても俺の話じゃない。

 リヒトやトーコ、それからリューズから聞いた話だ。

 この世界に来るときに、色々と作り変えられると話したのは目の前のクリプトだ。

 ただ、彼は転生組だからそれ以上のことは知らなかった。


 で、正解はゲームとほぼ同じ。外見も名前も職業も選べたらしい。

 だから、前回のメンバーで魔法剣士が二人、なんて組み合わせになったのだ。


 いや、そもそも。殆どの召喚組は魔法剣士を選択したと俺は見ている。


「だ…」

「駄目…だった?」

「ううん!大成功だった!イブ・ランタンで沼地のジャイダを牽制できました!お蔭で一歩…、三歩くらい拠点を前に進められました!それもこれも全部、レイさんの」

「レイでいいよ」

「は、はい…」

「レイ………さんの作戦って言ったら皆、ちゃんと動いてくれたんです!」


 因みにこれだけだ。

 そもそも、転生組で勉強家のクリプトの方が俺よりもずっと優秀なのだ。

 だけど、彼は過去に色々あって、自分に自信が持てていない。

 加えて、転生組への当たりの強さもあるから、「元・ライトニングで召喚組のレイ」が言ったというだけで違う。


 ただの名義貸しでしかない。


「それは良かったな。俺は…、めちゃ怒られたし。あのタチさんが各地を回って、待ってくださいって言いまくってるらしいし…」


 それだけは本当に申し訳ない。

 パルーの祭壇の時にも起きたが、フィールドモンスターを倒してもレベルは上がる。

 アクアス大神殿を取り戻すまで、徐々に徐々にとレベルを上げていくしかない。


 その間にライトニングが世界を救うに一万ゴールド賭けたいとこだけど…


「あ、やっぱここに居たんすね」


 ということで、他にも暇人がいる。


「おやおや。イッチの竹馬の友のクリプトっすね?」

「あ…あの」

「召喚組のリューズ。結構頼りになるから、頼っちゃっていいっすよ」

「いつ、どこで、だれが頼れたっけ?」

「いやだなー、イッチ。ちゃーんと背中を守ってたじゃないすか」

「井戸の入り口が背中ならな」

「ばっちりっすよ」


 本当に調子のよいヤツ。だからこそ、話しやすいのもあるけれど。


「あ、あの」


 でも、クリプトはそうはいかないらしい。


「大丈夫っすよ。転生組も召喚組も子孫組もみーんな同じっス。俺はそんなこと気にしないよぉ」

「リューズ。クリプトは」

「なーに言ってんすか。明日から合同で探索っすよ。今から話せてた方がいいっしょ」

「え?それマジ?」

「マジだよ。ってか、さっき決まった」

「ほ、本当?」

「本当だって。レイがやっちゃって、レベル上げ場所失ったって話は聞いてんだろ?」

「う…」


 エリアボスを失えば、アルテナスの加護が届くようになる。

 ライトニング時代もそうだったから、こっちも同じ。

 だけど、ボスを倒さなければ、魔法毒は分解されなかった。


「イッチ。トロッコ問題じゃないんすから、考えるの禁止すよ」

「トロッコ…問題?」

「クリプト、後で教えてやる。…ま、そうだな。お前のノー天気さが羨ましいよ」

「そりゃどうもっす」


 ここが俺の部屋だというのに、リューズはベッドにボンと腰を下ろした。


「舞台は南じゃなく、南西。今は畑がぐちゃぐちゃだから、そこをどうにか越えて、カシム砦まで」

「そこにもエリアボスはいるんだろ?」

「居るにはいるけど、解放されるのは畑だけだから、問題ないってさ。にしても、まーだ、砦を落とせてないんすね」

「おい、リューズ」

「そうっした。俺達も似たようなものでしたしねー」


 明日からは舞台が変わる。


 その前に一つ、お調子者に聞いてみようと思った。


「なぁ、リューズ。お前が最初に居たチームは…どうなったんだ?答えたくなきゃ、答えなくていいんだけど」


 ここにいる三人は、元々他のチームに属していた。

 リヒトとトーコは死別。


 クリプトは「肌が合わなかった」というのが理由。


 因みに俺は「現地人かもしれない疑惑」が理由。


 やはり言いたくないこともある。


 けれど、彼はあっけらかんとこう言った。


「イッチ。フィーゼオ大陸の東側って何があるか知ってるっすか?」

「ん?東…?今までは北から北西、最近は南、明日からは南西で王都の方面。そういえば、考えたこともなかった」

「えっと、そこは確か…。危険な獣がいる…」

「そ。深い深い森。俺っちは都会がいいんすよ。だから、方向性の違いっすね」

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