第28話 エリアボスを倒したら怒られた。

 パン‼も巨大ガエルの爆発となると笑えない。

 カエルの雨が降り注ぐ。

 今、井戸の心配をするのはどうかと思うが、それでも心配してしまう。


 ここの井戸の水は絶対に飲まないと心に誓ってしまう。


 と、そんなことはさて置き。


 俺はくるりと振り返った。そして無意識に半眼になる。


 ピアノの旋律と桜吹雪のような光の粒子の舞い。

 顔見知りの二人の周りにだけ、女神からの祝福を二人占めにしているヤツら。


「あ…れ?あたし…。リヒト…は」

「う…、うう…」


 祝福したということは、井戸の邪神ウーエルを倒せたという事。

 祝福された二人にとっては関係ないが、毒成分もウドから出来ていたらしく、顔のヒリヒリが治まっている。

 爛れた一張羅は、そのままだけれど。


「俺は…、死んだ…のか?」

「リヒトしっかり!…それにしても、これって」


 三チームということは15人以上。

 地上にリューズがいて、二人は立ち上がったんだから、残るは12人以上。

 そして確かに


「1、2、…12人。いや、もしかしたらもっと居たかも…」

「レイ!どうしてここに?あたしは一体」

「リューズの顔が見えない…が」

「あいつは井戸の上で待ってるよ」

「そう…か」

「でも、何がどうなったのか。どうしてあたしたち…だけが」


 このエリアはボスがいなくなったことで明るくなっただろう。

 ただここは井戸の中、持ってきた僅かな光源が周囲を照らす。

 一番煌々と輝いているのは、巨大ガエルの頭部がはじけ飛んだであろう場所にある『ウド特殊弾』の残骸だった。

 それらが死体を照らしている。

 精神も回復する筈だが、あまりの惨状であっという間に精神が擦り切れてしまったらしい二人。

 

「前にも似たことがあった。俺と同じチームって認定だったんじゃないかな」


 …俺は上がらなかったけど


「…それで助かった?」

「レイって、僧侶だったの?」


 レイは軽く目を剥く。

 ライトニングのメンバーも、自分が何レベル上がったかを何度も確かめていた。

 ゲームじゃあるまいし、ステータス画面の確認は出来ない。

 レベルアップの度に全回復すると思っていなかったのだ。

 知っていた筈のライトニングが序盤で、なんか実感がないと言っていたのだから、何も知らない彼は知らなくて当然だ。


「それは——」


 俯いて説明する。


「…そう…だったのか。なら、ナオヤも」


 この事実を知らなかったからこそ、無意味な場所の捜索をしていた。


「あの時は死んでいなかった。それどころかナオヤたちもここに。そしてあたし達と同じように毒で…。やっぱり…僧侶のあたしがついていくべきだった。ナオヤ…」

「本当かどうかは俺達自身が身を以て体験した。トーコ。今は遺品の捜索だ」

「うん…」


 そこから一時間、もしかしたら二時間ほど捜索すると、トーコの弟の所持品らしきものが見つかった。

 残念ながら遺体は見つからなかったけれど、今日入ったばかりの冒険者の遺体の損耗度合いから、そちらは諦めざるを得なかった。


 それに


「おーーーーーい‼エリアボス倒したんすよねー‼タチさんが呼んでますよー‼」


 上に居た筈のリューズの声で、捜索はここまでになった。

 一つ心残りがあるとすれば、


「イルマとゼオビスの死体が…ない?もしくはレベルが上がって逃げた…か」


     ◇


 ウーエル村はチーム・草原により解放された。

 これで召喚組も大きな顔ができると思われたのだが


「レイ。今までありがと。最初は酷いこと言ってゴメン」

「俺もだ。感じ悪かったよな」


 メリッサホテル行きの馬車に乗る前に、二人はそう言って頭を下げた。

 レベルアップで疲れは取れている筈なのに、疲れた顔もしくは憑かれた顔をしていた。

 この後、何を言おうとしているかも分かるような顔。


「ん?リヒトっちとトーコっちは何のつもりなんすか?」

「俺達はここで」

「ウーエルって済み易そうだし。…ナオヤも眠ってるし」


 異世界に召喚されて、最初の冒険で仲間を、弟を失って、更には自分達も毒殺されかけた。

 そして漸く手にした家族の遺品、友の遺品。

 加えて、ウーエルを解放したんだから、ビシュマでライトニングがそうであったように、人々も暖かく迎えてくれるだろう。


「そっか。一休みするのもいいかもな。パルーの祭壇とかバルーツ砦に比べたら、建物の被害が出てるから、重宝されると思…」


 因みに、井戸の中に入ったのかを覚えていないらしい。

 それが怖くて溜まらない。何かに操られているようで怖い。

 トーコの弟も仲間も、そのせいで無茶をした可能性が高い。


 こうやって引退するのかもしれない、なんて思った。


「いいんすか?簡単には返せる借金じゃないっすよ」


 そして、俺の両肩が跳ねる。

 そして、やっとあの話を聞かされる。


「えええ?借金?いやいや、俺達は来たばっかだぞ。そもそも娯楽なんて」

「なーに言ってんすか。イッチもホテルメリッサに泊まってるじゃないすか」

「は?だってアレは俺がライトニング出身だからで…」

「それ。ちゃんと言われたっすか?失パーティ契約書に書いてあったっすか?」

「え…、ええ?そこまで読んで…」


 周りが気になって読んでない。

 そう言われたら確かに、ギルドの職員とホテルのおばちゃんが仲良く話していた。


 騙された…。ってか、最初から根回しされてた…


「リューズ。ボスには分かっていると伝えてくれ。頑張って働いてどうにか返すって」

「簡単な依頼なら受けてもいいし。レイは大丈夫よ。あたし達を助けたのは間違いなくアナタなんだから。草原として依頼を受けている限り、返済の必要はないんだから」


 そこでポンと誰かが肩を叩いた。


「分かってるよ。俺は馬車に乗るから」

「うん。それなら良しっす。それじゃ」


 そして再び、ポンと肩に何かが置かれる。


「だから、分かってるって。イチイチ肩に手を回さなくても…」

「何言ってんすか、イッチ。俺は肩に手を回し…。何、そのカエル」

「へ?」


 振り返った瞬間、ひんやりとした何かが当たる。

 同時に「ゲコ」と鳴き声もした。


「い、イッチ。もしかして魔法少女の契約をしたんじゃ…」

「どう見てもカエルじゃねぇか‼とってくれ。早くとってくれ、気持ち悪い」

「えー。触るの嫌っすよ。アルテナス様の光で照らされたんだし、ただの蛙っすよ。ほら、ボスが呼んでますって。俺っちも怒られたくないんすから、急ぐっす」


 どうにか払いのけようとするも、上手く躱される。

 さっさと車のように速く走る馬車に乗るリューズにせかされて、仕方なくそのまま馬車に乗り込んだ。

 せっかくの一張羅にぬめぬめがつくのは嫌だったんだけれど、俺を待っていたのはそんなぬめぬめ甘っちょろいものではなかった。


     ◇


 メリッサホテルの二階の大きな部屋の前で、俺とリューズは一度立ち止まる。

 リューズが一度ノックして暫く待つ。返事がないので同じ指で再び戸を叩くと、今度は女の声がした。


「あれ…。今の声」

「イッチ。しゃんとするっす」


 いつもは自分から戯ける男が、今日は直立不動。

 その意味は分からなくはないが。


「分かってる。安全第一のチーム・草原だ。犠牲が出てしまったのは…」

「うーん。そんな感じじゃなかったような…。とにかく、大人しくするっすよ」


 反社会的な組織の事務所に入る時ってこんな感じだろうか。

 でも、寝泊まりしているメリッサホテルでもあるが。


「失礼します」

「…します」


 大人しく、リューズに続く。

 呼び出されたのは最初の一度きり。

 理由については、人死にが出てしまったことか。


 ただ、ソレに関して疑問もあるのだが


 隊長の第一声に両肩が跳ねあがった。


「お疲れだったなぁあ、二人とも」


 内容は大したことではなかった。でも、かなり低い声だから内臓まで響く。

 それに部屋に入った瞬間に、例の二人の姿が目に飛び込んできた。

 隣の白髪を睨むが、彼はどこ吹く風。


「にしても、よくやってくれたなぁ、レイ」

「え?あ、あぁ。ぐ、偶然です。思ったより…上手く行ったというか…」


 ドン‼


「ひ…」


 タチ・バサミーは相変わらずローテーブルに足を乗せていて、その片足の踵がテーブルに落とされて、大きな音が鳴る。

 その表情にうっかり、と書かれていないのだが。


「ちげぇよ。てめぇが何やったか考えてみろや」

「ゼオビス?…なんでお前が。俺は作戦通りにハウンディの巣に潜り込んだだけだ。そもそもお前が」

「あ?俺のせいだっつーのか?」

「お前のせいだろ。なんで、リーダーが変わってたんだよ」

「はぁぁあ?今度はオレのせいかぁぁああ?」


 どう考えてもそう。

 多くの犠牲を出したのは、間違いなく二人のせい。


 だって


「二人とも子孫組だろ。なら知っていた筈だ。レベルが上がると気が大きくなる。そのままボスに挑もうとすることだって…」

「レイ、てめぇがぼさっとしてっからだろ」

「それに俺らより、てめぇのがレベルが高ぇ。その理屈だとてめぇが真っ先に止めるべきだろ」


 確かに、そういうことになっている。

 レベルアップの音が鬱陶しくて、背を向けていたのは本当のことだ。

 だけど、


「それは」


 ドン‼

 ここでまた、ボスの踵堕としがテーブルに決まる。

 そして怒られる。だが、内容は驚くべきものだった。


「まぁ、待てや二人とも。それとレイ。てめぇ、勘違いしてねぇか。犠牲が出ちまうのは仕方ねぇことだ」

「勘違いって…、それに犠牲は…」

「だからよぉ。なんで、エリアボスを倒したぁ?」


 レイの目も口もポカンとあく。

 まるで意味が分からずに、隣の白髪に助けを求めるも、彼はずっと瞑目していた。

 自分は関係ありませんと一向に見向きもしない。


「なんでって、それが俺達アウターズの役目で…」

「かー、やっぱ分かってねぇ。ライトニングをやめたっつーんで多少は見込みがあると思ってたのによぉ」

「な…。何を言って。第一、ウーエルの人達はずっと待ち侘びていた。解放されて嬉しそうにしてた」


 こいつらは信じられないことを言いやがる。


 確かに俺はレベルアップしない。女神に見捨てられてるから?

 でも、もう関係ない。借金だかなんだか知らないけど——


「本気でサボる、英雄のフリ…、そういう団体だったのかよ。だったら」


 ここで、パン‼

 タチは今度は踵落としではなく、単に手を叩いた。 


 そして、今まで無言を貫いていた男に視線を流す。

 大男、フォグに。


「聞き捨てなりませんね。まるで我々が悪の組織かのような言いぶり」

「実際…そうだろ」

「いいえ違います。では逆に聞きますが、ウーエルを解放した後、民は何を望むでしょうか」

「民…って。そりゃ、安心して暮らせるように」

「レイ君。ウーエルはどのようにして栄えたか、召喚組の君でもお分かりでしょう」

「それは…、アクアス大神殿とメリッサとを」

「そうです‼その通りです‼民はこういう筈です。ギルドに依頼をする筈です。大神殿の解放を‼」


 フォグの態度は多少大袈裟だが、粗暴ではない。

 でも、大男だから圧倒される。


「…レイ。どうして僕たちが怒られたか…、分かった?」


 普段はイッチとか言うくせに、こんな時だけ真面目ぶる。

 というより、彼は知っていたのだ。それはそう。


 だって、俺はチーム・草原では新参者だ。


「…道は開かれた。次は大神殿、確かにそうなる…かも」

「でーすがー‼大神殿はレベル20‼王都解放と同等の力がいるのです。あぁ、ライトニングは何をしている。ライトニングは何を考えている?…と、失礼。あなたはそんなライトニングが許せずに離脱したのでした」

「えっと、その」

「そうです。ライトニングが目指すサーファ大神殿も同じくレベル20。この意味、おわかりですか?」


 厳密にどれくらい必要かを、シュウはなんとなくしか言わなかった。

 ただハッキリしているのはレベル20にすることが、フィーゼオ大陸での目標だった。

 その20という文字が、ここに来て連発される。


 そしてレベル20と言えば、更に大神殿と言えば、から連想されるゲームのような話…とは


「レベル20…?それって転職の」

「お。レイは知ってたんだ。そそ。北のアクアス大神殿と南のサーファ大神殿で、自分がなりたい職業に転職が出来るんだ」


 マジでゲーム。

 ライトニングはバランスが取れているから必要ないとは思う。


 でも、ケンヤとトオルはコッソリ考えているかも。

 シュウも魔法剣士に転職しようと思っているのかも。


 在り得る話。なら、やっぱりレベル20を目指さないといけない…が、その前に


「レイ君。レイ君ならお分かりでしょう。私たちチーム・草原は命を大事にしています。だからレベルが低いのです。そんな彼らに死ねと言うんですか?」

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