第27話 井の中の蛙

「俺っちはレベルアップに間に合わなかったんすよ」

「あ、そっか。最後尾だったっけ」

「イッチはいいっすよね。あの程度の経験値に焦る必要ないんだし」

「なことねぇよ」

「みんな、大変だったんすから。今ならボスを倒せるぅぅぅうううって。あれ、何なんすか?」


 リューズが井戸の真下に居たのは、彼だけレベルアップの恩恵に授かれなかったかららしい。

 皆の勢いに流されたのと、あの場に残されたくなかったのとで、一応井戸の中に入ったらしいが。


「説明は後だ。まだ、助けられるかもしれない」

「無理っすよ…。俺がいる限り…」

「そんなことないって…、って、リューズ?」


 レイは目を剥いた。そういえば、白髪の彼の話は来ていない。

 洗礼式で五人一組に組まされた——ライトニングを除いてだが——のに彼は一人でチーム・草原にいる。

 追い出されたとばかり思っていたが…


「死神っす。俺っちの最初のパーティは、俺以外全滅。だから誰も俺を拾ってくれなかったんすよ。今回もこれで…」

「なわけないだろ。元々、召喚組はハンデを背負ってるんだ。そんなことより下はどんな感じだ?ゼオビス隊もいるんだろ?イルマだって」

「入ってったっすよ。でも色々、ちょっと変だったっす」

「変っていつも変だろ、今はそんな時間は」

「井戸に入ったのは三つのチームだったんすよ。人が多くて、イルマっちとゼオっちがいたかどうか。あの暗さだし……って、イッチ‼何をするつもりっすか?」


 リューズは全滅と言った。

 でも、レイは井戸から離れられずにいた。

 いくつかのロープを掴んで、その重さを確かめたりもしている。


「死んだところは見てないんだろ?それに…、ハウンディはそのまま。邪神はまだ倒されていない」

「だからぁ、下は毒ガスっすよ?」

「分かってる。だからこその新武器だ」

「ただの便利ランプじゃないすか」

「それは余りで作った便利アイテム。本命はこっち——」


 盗賊の服は四次元に繋がっているのか、色んな所にポケットがある。

 そこから取り出したのは、幾何学模様が刻まれたまん丸い球だ。


「なぁに、それ」

「交換条件で作ってもらった。転生組の知識、しかも薬師の力を使ったもの」

「それってつまり解毒の魔法具?」

「いや。レベルが足りないって。それに解毒じゃ意味がない。ってことで、言ってくる…」

「って、なんで?もしかしてイッチもレベルアップ…」

「決まってる。俺達の仕事は遺留品の採集だろ」


     ◇


 リューズの話によると、井戸に入ったのは俺を除いて14人。

 以前にリヒトの仲間が三人入っているが、そのロープを利用しただろうから、ロープの本数は15。

 しかも、上から分からなかったが、何本かは縄梯子になっていた。


「三組が同時に入った。普通に考えたら、罠の有無にかかわらず余裕でクリアなんだけど…」


 リューズの制止を振り切って、一人で井戸の中に入る。

 なんでかって言われたら、分からないが正解だ。

 白髪の彼は勘違いをしていたようだけれど。


 下を見ると、点々と明かりが転がっている。

 あれは俺がリヒトたちに渡したものだ。


「結構深いところまで行っている。…それにしても手前で倒れてる人間は…。いや、知らない人は無視で…」


 英雄ではないし、成人君主でもない。

 そして世界を救う救世主でもない。

 では、どうして井戸の中に入ったのか。


「これだけの人数で戦ったんだ。無から発生するならいざ知らず、元々生息していた生物が魔物化する…」


 つまり井戸の中は比較的安全だ。

 にも拘らず、ボスはまだ倒されていない。


 あと一歩足りなかった。

 レベルが上がらなかった。理由は倒れている知らない人が沢山いるせいだ。


「…って、そんな場合じゃない。気合を入れろ。全滅なんて絶対にさせない」


 俺は不思議な感覚に浸っていた。

 俺はもっと死にそうだったのに生きてる。

 ってことは、レベルが上がった彼らならきっと大丈夫。


 なんて、打算的じゃない。


 っていうか、人を助けるのに理由は必要か?


 それに、ハウンディという魔物がいる件もある。


「おい‼邪神ウーエル‼ここに居るのは分かってるぞ‼」


 すると、ズーンと空洞の何処かで音がした。

 でも、今はそれだけ。


 だから


「俺の名はレイ。レイがお前の為に来てやった。…邪神でも神は神。もしかして日和ってんの?」


 あの映像を利用する。

 臨死の幻でないなら反応する筈だ。


 あれからずっと考えてた。

 やっぱりアレは死ぬ間際の夢かもって。

 だって、俺の名前が出た時点で色々ケチがつく。


 つまり夢確定…、ってことにしたい。

 実は、こっちも井戸の中に入った目的だったりもする。


 俺は無関係でぬくぬく行きたいんだよ。


 だが、無情。

 クリプトランプの明かりが何かを照らす。

 空洞の奥を照らす。次第に輪郭が見えてくる。

 巨大すぎるカエルの姿。

 一体どこにいたのかと思っていたら、物陰に隠れていなかった。

 単に擬態していただけ、色を変えていただけだった。


「ユウシャ…レイ…、サーファ様からそのナはキいている…」


 人間の言葉を喋るカエル。鳥のくちばしよりは滑舌が良い、なんてどうでもよいことはさて置き。


 やはり——


 銀髪レイの口角が歪む。


「マジかよ…。あ、あのさ。俺は勇者じゃないんだけど?」

「ユウシャの名前はレイ。畏れ多いサーファ様から聞いている」

「さっきより、言葉上手くなってんじゃん‼…って、そうじゃなくて‼」

「勇者よ。我、邪神ウーエルと一戦交えようということか」

「こいつ、話を…。って、サーファ?ほら、サーファの近くまで来てるだろ!」


 そして、話を聞かない大ガエルは大きく跳躍した。

 そのまま、バシャンッッッ‼と毒が混じった地下水が飛び散る。

 更に水の波動が冒険者たちの体を、レイの側に流す。


「…やっぱりまだ、息がある。皆、前の俺みたいに毒で倒れただけだ」


 人数が多く、光源も持っていたから、ちゃんと戦えていた。

 とは言え、小さな灯りだから、全てを防ぐことは出来なかった。


 ならば…


「サーファの近くに勇者が行ってる‼そういうの、報告する義務ってあるんじゃないのか?」

「英雄の…ひよこか。サーファ様もお喜びになる。そして我も」

「だったら…、…ちぃぃいいいい‼マジで戦うのかよ‼一般人だぞ、俺は‼」


 人語を喋る巨大なカエル。

 幸い、先に渡したイブの光のお陰で、暗闇でもある程度場所が分かる。


 だけど、相手はエリアボスだ。勝てっこない。


げろげろげろげろ毒の嘔吐ぉぉぉぉぉ』

「ひっ‼」


 大ガエルは口から毒を吐き出し、俺は辛うじてソレを躱した。

 すると地面がジュウジュウと音を立てて溶け始めた。

 飛沫が僅かにかかり、顔からも白い煙が発生する。


 その程度で済んだのは、やはり特別な部隊ライトニングの装備のお陰だった。


「ここは井戸なんだけど?」

『ならば、我を倒すがよい。脆弱な勇者め』

「一般人って言ってんだけど。ってか、どんどん日本語上手くなってるじゃん。ここはひとつ、文明人同士話しあ…」

『ぐげ…グぼぼぼぼぼ』

「——って、雰囲気じゃない…かな。でも、どうするか…。はぁ…、勿体ないけど」


 死ぬのは嫌だし、ここには助かる命だってある。


 だから俺は、クリプトから貰った大事な大事な球体をとある装置にあてがった。

 チーム・草原として一度も戦っていないから、殆ど新品の代物に。


     ◇


 ウーエル村は元々小さな宿場町だった。

 フィーゼオ大陸には二つの大きな山がある。

 一番大きな山は南方にある霊山サーファ。そしてもう一つはアクアス山。

 そのどちらにも神殿があるが、都市部が北に集中している為、普段はアクアス山の中ほどにあるアクアス大神殿の方が賑わっている。


 そもそも霊峰サーファは余りにも巨大で、今だって英雄たちライトニングは登山に苦戦している。


 そしてこのウーエルとの戦いは、ライトニングが登山中の出来事である。


「それが伝説の武器げろか?」

「喋り方どうした⁈…違うし。これ、ただのクロスボウよ」

「げろげろ…。やはり伝説げろ。その技術はドヴェルグのものゲロ」


 銀髪は目を剥いた。

 同時に首も傾げる。


「ドヴェルグ…って。フォーセリア大陸の?いやいや、まさか。文明レベル的に作れるって」

「いや、間違いないでゲロ。なんて話は邪魔ゲロ。いざ、尋常に勝負ゲロぉぉぉぉおおおおおおおろろろろっろろろろっろろ」

「勢いで吐くなよ‼ったく、どうなっても知らねぇからな‼」


 どうしてレイがクロスボウを持っているのか。

 このクロスボウはクリプトの家に伝わっていた武器で、彼には扱えないという理由でお借りしていた。

 実はこの、クリプト特製のボールは二つ作っていて、その一つをレイはクリプトにお守りとして渡していた。

 その御返しだったが、借りるだけとレイは断っていた。

 イブ・ランタンを買い占めたのは、元ライトニング時代の貯金だ。

 でも、それにしたって良く出来たクロスボウだったのだ。


 そのクロスボウから、クリプトボールが発射される。

 一般人が見事に発射させた。しかも、こんな言葉も添えて——


「ウーエル、吐くのを止めろ‼そのままじゃお前は——」

「何を愚かな。勇者が俺様をろろろっろろろっろろろろろろ」


 二本足というか、カエルのソレである座り方から吐き出される毒の体液。

 紫色の体液は銀髪の盗賊レイめがけて飛ばされる。


 実はこれ、とてもおかしい。


 相当な勢いで噴出されなければ、いやそれでも僅かに放物線を描く筈だ。

 クロスボウの超速度を以てしても、同じく軌道からやや逸れる筈だ。

 真円、真球に近く加工した彼の技術には舌を巻くが、それでも——


「マジ…?」


 レイの片方の口角が上がる、歪む。

 勿論、当てるつもりで撃ったから、当たらなくてはならない。

 とはいえ、難しいだろうと思っていた。彼の言葉を信じることが出来なかった。


 ——魔力の源、『ウド』



 眼鏡の彼は言った。


「神の力、アークは精霊によってウドに変わる。ウドは僕たちの体内でマナに変わる。マナは魔力とも呼ばれて、人それぞれに貯蔵できる魔力量エムゲージがある。えっと、習わなかった?」

「習った!…気がする。多分…」

「多分って…。それじゃ半分も理解出来てないじゃん。神々の回路リデンメイズはただでさえ難しいんだから」


 目を見張るような知識量。眼鏡っ子の知識は左耳と右耳にバイパスを繋げるには十分すぎたけれど。


 要するに…


「クリプトを信用して使えばいいんだな?」


 すると彼は少し俯いて、大いに照れながら言った。


「…うん。でも、魔法を使う時、詠唱したり色々しないといけなくて」

「大丈夫。俺、盗賊だから!」


 ——つまり魔物も人間も力の根源は同じ。


 特に、下等生物になるほどに、その力の加工はより原始的になる。


 因って。


 ドンドンドン‼ドドドドドン‼


 クリプトに言わせると、初歩的なメイズを寄せ集めた魔法花火玉に燃料が足されていく。


 勢いは押されている筈なのに、紫の嘔吐物を滑るように昇っていく。


「俺様の吐瀉物を貪り食って昇って来る…だと?…これが」

「…これがマジックアイテムだ。凡夫を英雄に変える、魔法のアイテムだよ‼」

「やはり…、貴様がぁぁあああああああ、——ぐへ」


 レイの体が震えた。

 本当に、たった一発で邪神が吹き飛んだ。


 ウドを操れる魔物には効かないとも言っていたけれど、やはり序盤のエリアボス。

 クリプトお手製のメイズトラップで、一般人が化け物を倒してしまった。

 やっぱり、予習が出来る転生組は一味違う、と身が震える。


 そして、レイは目を剥いてしまう。


『トゥルルルルルルルンッ‼』

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